第5話 草原の林檎
あっという間に夕焼けは去り、夜が訪れた。
倉田が空を見上げると、大小三つの月が浮かんでいた。それらに照らされ、あたりは薄明るい。月影を浴びて光る石や花もある。蛍みたいな虫も飛んでいる。
女騎士は剣を無造作に置き、あたりを警戒する様子もない。ローブの青年はあたりで花を摘んでいる。
彼らの様子は倉田の知る「夜」とはあまりにもかけ離れていた。
ほとんど人のいない電車。無機質な蛍光灯の下、みんな死にそうな顔をしている。
もしくは、暗く、寒く、物陰から何が出てくるかわからないような恐怖。それらを歩きスマフォで紛らわせながら急いだ、狭い農道。
倉田は大きく深呼吸した。ため息でない深呼吸など、何年ぶりだろう。
草花の甘い香りが倉田の胸に満ちた。
騎士が器具を組み立て、焚き火の上に鍋をつるした。ローブの青年が戻り、摘んできた花々を鍋に入れる。ローブの中から小瓶を取り出す。おそらく調味料だろう。それも何種類か鍋に入れる。
やがて色とりどりの花の煮物ができあがった。
騎士が荷物をあさり、椀とスプーンみたいな食器を取りだした。透明な緑の石でできている。
青年がそれに花の煮物をよそい、笑顔で倉田に差し出した。
「ざ、斬新な料理だな……」
倉田は思わず呟く。見た目は美しいが、色鮮やかすぎて食える気がしない。
とりあえず受け取ってみた。甘いような辛いような、初めてのにおいがする。
気付くと青年と女騎士は食事をはじめていた。談笑しながら普通に食べている。
倉田は改めて椀を覗きこむ。器が緑なせいで、料理全体も少し緑がかって見える。みずみずしい極彩色の花が、花びらが、てんこもり。
だめだ。食欲が出ない。
倉田は器から目をそらし、あたりの景色など眺めてみた。
「……ん?」
すぐ近くに、木が生えていた。広大な草原にぽつんと、取り残されたように一本だけ立っている。
その木になっているのは、赤く丸い実。どう見ても林檎の実だった。
俺はこっちの方がいいですね……。
声に出さずに呟き、倉田は立ち上がる。
木に近づいてみると、林檎はひとつだけしかなっていなかった。少し考えてみたが、広大な草原のまんなか、誰かの所有物というわけでもないだろう。
倉田は林檎に触れた。あっけなく枝から離れる。
見れば見るほどうまそうな林檎だ。食欲があふれてくるのを感じ、倉田は唾を飲む。
軽くスーツの袖で埃をぬぐい、早速ひとくち、かじる。
うまい。
ゆっくり咀嚼してのみくだす。後味も申し分ない。こんな場所にこんな美味い林檎がなっているなんて。
感嘆しながら、倉田が二口目をいただこうとした、その時。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます