許されざる舞踏会
「お母様!私、明後日開かれる丘の上のお城の舞踏会に招待されたの!凄いでしょう!」
玄関の戸を元気よく開け放ったびしょ濡れのダフネは丁寧に結われた金髪から水滴を散らして丁度湯を沸かしていた白髪混じりの母チェルシアに言い放った。
「あら、それじゃあお支度をしなければいけないのではないの?」
「いいえ!大丈夫よお母様!あのね、全部シャモアくんの家が用意してくれるの!」
「大丈夫なのかい?…ダフネ!!シャモアといったらあのドミスト公爵家の御子息じゃないのかい!?」
「うん!彼ね、とっても優しいの!だから大丈夫よ!」
ダフネは自信に満ち溢れた可愛らしい瞳を心配する母に向ける。そんなダフネは人形職人が精魂込めて作ったどんな精巧な洋人形も敵わない輝きのある美しさがあった。
ダフネの住む家はシスル公国北側のフィルンの町にあり、緑豊かなフィルンの町は円形外壁に囲まれたシスル公国を大きく東西2つに分割する東平民層の工場や市場と密集住宅街のあるファイアーンス区と西富裕層のカジノや都市部と豪邸が立ち並ぶ地域のあるフェルメール区の間に小さく存在する。中央のシスル城を見て奥にあるフィルンの町の反対側には平民層と富裕層が入り混じる大きなブリュトン横丁がある。
シスル公国はそんなシスル城、ファイアーンス区とフェルメール区、フィルンの町とブリュトン横丁の5つの味が楽しめるミックスピザのような構造なのである。
シャガール・ブラウは城外の貴族庭園で巻煙草の煙を吹かし一服していた。後ろに聳えるシスル城を見上げる。
シスル城は赤いレンガと散りばめられた黄金と白い漆喰で築かれている。屋根は青空の清々しさを宿したオリオン・ブルーの少しばかり濃い水色。城の中央に座する一際大きな塔には大広間と床から金のシャンデリアがいくつも吊るされた天井まで高く伸びた大窓があり、そこから円形に築き上げられた外壁に守られているシスル公国を一望することができる。その景色はとても美しく胸が打たれた。お昼時になると城の入り口となる城門の下から流れ出ているセラドン川に合流する大きな水の流れが太陽の光を反射し、正面の外壁と分厚い城門を密林に潜む鰐が泳いでいるような鱗模様の光の海を浮かび上がらせる。
年に何度か国で祭りが取り行われるが、そのうち一際盛大な祭事が3つ、この城で行われる。
1つは戦勝記念日、もう1つは冬の風神の日。そして明後日のシスル公国立国記念日の3つだ。
その祭りじゃ-
「夜空に放たれた凄く綺麗な沢山の花火がシスル城の大広間から見れるのよ!そこにシャモアくんが連れて行ってくれるの、本当よ!」
「それでもダメよ、許すことは出来ません」
ダフネは人生の頂点にでもいるように母チェルシアに許しを得ようとした。しかしいくら愛する娘でもチェルシアはそれを許さなかった。いや、愛しているが故である。
灰色戦争が終結してからというもの、平穏と安堵が象徴であるシスル公国の裏では密かに格差社会が広がっていた。その格差社会でもチェルシアとダフネの住むフィルンの町で暮らす貧しい人々は職場や学校、街中において特に差別され工場などでの職場では行き場を失い学校ではいじめの対象となり、街中では理由のない暴力に耐えるしかない。
そんなフィルンの町で暮らす人々はいつしかフィルンの町のみで自給自足の生活を送るようになり、北側の駅から出ている汽車に乗る者は稼ぎの無いチェルシアとダフネのようにブリュトン横丁やファイアーンス区に出稼ぎに出ている人ぐらいのものであった。近頃ではシスル公国の闇社会のルートで家族のためフェルメール区の富豪に人身売買されに行く者もいるらしい。
それを知っているが故にチェルシアはダフネを許しはしなかったのだ。
「ひどいわ!お母様は私を愛していないのね!!」
「そんなことはないわダフネ、私はあなたを愛してる。シスルの貴族は私達にとっては恐ろしい存在なの、だからダフネお願いよ。舞踏会になんて行かないで」
ダフネの両肩を掴んでより真剣に事を荒立てるチェルシア。
「お母様はシャモアくんを知らないからそんなことが言えるのよ!他の人が違っても、彼はとっても優しいわ」
白髪の生えたチェルシアの皺だらけの顔としわがれた声が幼いダフネに危険を訴える。
「ダフネ、ごめんなさい」
「お母様…」
「お母さんを許しておくれ」
「…わかったわ、私お母様の言う通りにする」
それを聞いて力の抜けたチェルシアは地面に膝をつき、対面するダフネを抱きしめた。男達が農作業をする音と外で子供達が水遊びをして楽しむ声が入り混じって微かに聞こえてくる。
「ああダフネ、お前は父さんに似て良い子に育った…」
チェルシアは節だらけの手で温かみを与えられた美しい洋人形のようなダフネの金髪の髪を優しく撫でた。
父から受け継いだダフネの青い瞳は母親の肩口から窓に映る気高いシスル城を真っ直ぐに、そして静かに見つめていた。
そしてシスル公国立国記念日の当日。
ダフネは忽然と姿を消した-
『ゆるしてください』と書かれた手紙を部屋のベッドに残して。
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