第19話 聖ノ島の攻防①
月夜の下に大木の森を駆け抜ける二つの影。その駆け抜けるスピードは常人のスポーツ選手の走るスピードよりも遥かに速いことは確かで、亜人の筋力は常人でいる限り決して届くことの出来ない領域であることがわかる。その二人は並行しては走っていて、ある人物を追いかけていた。そして、二人はさっきのことについて話をしている。
「まさか、セイト以外に・・・。本当だったってことか?」
ジンが言っているのは、アヤナのことだった。
「あのギャル女がこっちに来ているなんて、しかも、アマテラス。雰囲気も随分、変わってた」
「そう言えば前にそんな話聞いたような。負けそうになったとかって。今のセイトを見たらありえない話だ!」
「今は俺の方があの女より明らかに上だ!」
聖斗は自信満々に言う。そして、話題はエリとレナのことになる。
「お前の知り合いともう一人の女、ここのトップクラスの力を持っているが、あの二人の力なら殺れるはずだ!」
対面したアヤナとサエから准士達の中でもトップクラスの実力ではないかと感じ取ったジンは二人のことを心配しなかった。
「二人の能力は特殊だからな。あいつらでもそう簡単には見破れないだろうな」
「とにかく、俺たちはやるべきことをやる」
「しくじれば、終わりだからな!」
すると、ジンはある気配を感じ取った。
「今気づいたが奴ら気づいて、すでに動き出しているようだ」
「俺も感じ取った。だが、一部を除いて、俺たちに敵うレベルじゃない」
二人が感じ取れたのはアマテラスの准士達の圧気の動きが激しくなったことによる。しかし、気づいたところで力の差があれば無駄だと聖斗は言った。
「もう一つ、教官が足止めを食らっているようだ。二つの圧気がぶつかっている」
二人の行先で睨み合いが始まっていることをジンは付け加えた。准士レベルに教官が止められるわけがないと二人が矯正所でその力を実感していた。
「敵も教官か隊長クラスってことになるな。さらに、もう一つ・・・」
「それは、大したことはなさそうだ!俺たちはそいつを殺るか?」
敵の教官クラスと比べると遥かに弱い圧気がある。そいつを狙えば、守ろうとするからスキが出来るのではないかとジンは考えた。要は一種の人質作戦である。
「全ては教官の命令通りにやるのみ。俺たちが勝手にやることではない」
聖斗は上官の命令には従わなければならないとそして、自分たちがどうするのかを考えることではないと言った。
「聖斗、お前の言う通りだ。もう、あの時の聖斗の面影が無いな」
「あの環境が今の俺を生み出した!」
矯正所の日々を思い出しているであろう聖斗は自分が生まれ変わったことを断言した。
「もうすぐ合流だ」
そして、少し先に人影が見えてくる。向こう側に2、こちら側は1。大木の枝に一対一で向かい合っているようで、残りの1は後ろに下がって、見守っている様子であることを遠くから伺えた。
「やはり、ヘタに割って入るのは危険か!」
「なぁー、さっきから急に寒くなってないか?」
「そう言われると、そうだ」
聖斗がこの当たりが冷え込んでいることをジンに指摘した。
「八薙教官」
聖斗は段々近づき、姿が見えてくると教官の名を呟いた。
聖斗達4人の隊長であり、矯正所の教官である八薙は敵の向かい合っている4人を置いて、先に進んでいった。相変わらず露出の激しい戦闘服が目に付くのが印象的である。
オロチの女性の戦闘服は露出があるのが特徴的で八薙は特別な一人でだった。
「ふふ、今のあの子達ならあの小娘二人でも大丈夫でしょう」
そう、言いながら大木の森を速いスピードで駆け抜けていく八薙は聖斗達に対して、さほど心配はしていない。部下が強いと自信でもあるのだろう。
「懐かしいわ!」
八薙は笑みを浮かべている。この島の中心部から懐かしい圧気を感じていた。
「でも、その前に・・・」
その中心部からこちらに近づいてくる気配が大小と二つ感じた。
「邪魔!我々の存在に気づいたようね」
不愉快な表情に変わり、圧気を放ち、こちらに来ている存在に威圧をかける。そして、一旦、移動を止め、大木の枝で待ち構える。八薙の圧気により周囲の雰囲気が重く、緊張に包まれる。常人が仮にそこにいたのならば、恐怖で目すら動かせず、また唾も飲み込むことが出来ない状況でだった。そして、これ以上、威圧されるのならば個人によっては心臓が止まってもおかしくはない。
「ふふ、動きが止まったわね。様子見かしら?」
「・・・」
少しの間、沈黙が続く。
「出てきなさい。殺すわよ!」
それを言った後、弓矢がまず一発飛んでくる。それは、スピードはあったがなんてことのない矢であったので、手で掴んだ。
「ふふ、まだ来る!」
続けて、勢いのある矢が飛んでくる。今度は様子が少し違う。
「水気を・・・」
二発目の矢は水気を纏っていたので今度は避けることにした。さらに同じように三発目も飛んでくる。もちろん、避けた。
「教官クラス実力者。面白いわね。でも、焦れったいわっ!」
向こうからも圧気が放たれる。
「ふふ、他の子だったら、飲まれるところだけど、私に効くと思っているのかしら」
さらに圧を周囲一帯にかけていくと、とうとう二人が姿を表した。その二人はアマテラスの戦闘服を着用していた。オロチの女性の戦闘服と違って、露出は控えめになっている。教官と思われる雰囲気や圧気を持つ一人の女性は八薙を鋭い目つきで警戒感を持って様子を観察していた。それと同時に弓を構えた状態だった。
「中々の殺気よ。あなた!しかも、それ・・・」
向こうは弓を構えている動作なのだが、弓矢の矢が無かった。一見、どういうことなのだろうかと思ってしまうところである。
「それで、私を殺すと。ふふ。ところで後ろの子はもつのかしらぁー!」
後ろのサクヤを見ると、片膝を着いていた。しかし、たとうともがいている。
(あの子を人質に取れば・・・」
八薙が姑息なことを考えていると、水波がこっちを向けて、水の矢を放ってくるが、軽く、避ける。避けた水の矢は地面に落ちると、刺さり、亀裂を入れると消滅した。
「この子には手は出させないわ!」
「ふふ、その力で私は殺せない!そろそろ、どいてもらおうかしら」
後ろ気配を八薙は一瞬、感じ取る。あの4人の状況を確認した。
(二人に任せて、こちらに来るようね)
「舐めないでもらえない!」
八薙が振り向いた瞬間的に再び水の矢を射るとそれに、同じくすぐに気づき腕一つで弾く。
「雑魚の小娘ちゃんが調子に乗るんじゃない!」
それを言った後に、八薙に圧気が変化し始める。上がったのはもちろん、地面にハイている雑草が元気が無い色に変わり始める。そして、その異変に水波は気づいた。
(能力を出してくる。おそらく、姫城さんに匹敵する力を持っている。でも、教え子の手前逃げるわけにはいかないわ)
八薙は瞬間的な速さで水波に距離を詰め、ブーツの先端から針が出てくると、回し蹴りを入れようとする。それに気づいた水波はギリギリで回避した。しかし、二発目もおなじように攻撃を繰り出す。
「ふふ、水の防御ね!」
水波は二発目が来ることを予想していたので、自分の水の力で水泡のような防御膜を張り、これを防いだ。防ぐと同時に膜は消滅する。そして、そこから数回の組手の攻防に突入し、実力の差か水波が押され気味になる。この瞬間を見逃さなかった八薙は水波の体を掴むと、自分の圧気を流し込んだ。
「これは、まずい!」
水波は手に水気を纏い、抵抗をしようとすると、八薙は離れていく。
「きょきょ水波教官!」
後方に八薙の圧気にあてられ、立とうと藻掻いていたサクヤは一部始終を見ていたが、手が出せるレベルの雰囲気では無かった。
「そろそろ・・・」
八薙は不敵な笑みを浮かべて、水波を観察している。
「お腹当たりの感覚が無くなってきている。あの雑草と言い、これは毒!」
「ふふ、そう。毒の力、今回は麻痺を使ったのよ!」
水波はお腹周辺を触っているが触っているという感覚が無くなっている。
「いづれ内蔵までいくでしょうけど、まだ戦えないわけじゃない。木花さん、あなあたは先にいって合流しなさい」
「一人で先になんて・・・」
「ふふ、私の横をただで通れると思ってるのかしら!」
八薙が圧気をさらに周囲に放つと、水波からは今までと違う感じの圧気が凝縮されつつ、放たれる。同時に、周囲の気温が夜ということもあるのか急激に下がっていく。
(今までこんなの・・・)
サクヤはこの島に来てから水波のこのような圧気を感じたことが無かった。もちろん、厳しい修練中の時でも。人間的な教官の怖さを越え、生物的にその場にいるだけで体の全体が拒否反応を起こしてしまうような状況で、同じ人間の上位種たる"亜人"であるがそれでも異次元の存在に感じてしまうほどだった。
「殺させもしないし邪魔もさせない。そして、あなたをここから先にもいかせない!」
両者の圧気による睨み合いが続き、空気は緊張していた。そして、水波の腕から冷気のようなものが表れた。
「ここで教えているだけのことはあるわね!」
八薙はこれから水波が自分に何の力を見せてくるのか想像がつき、それに対して、褒めるが、最後の方に言葉を付け加える。
「ふふでも、勝てないのは変わらないわよ!」
「自信があるのは後ろから部下が来ているから?」
八薙の後ろから急速に接近してくる存在に気づいていた水波はこの会話のやり取りを機会に嫌味も込めて指摘した。
「後ろの子達には手出しはさせないわ。安心していいわ!」
水波を倒すのに自分一人で充分であると、宣言しているようなものである。そして、八薙の後ろの方から二つの人影が見えたので、水波はそれに対して、圧気によるプレッシャーをかけた。
すると、向こうから突風が吹いてくる。
「教官。俺たちがやりますよ!」
「あなた達じゃまだ、後ろはともかくこの女は殺れないわ!」
聖斗とジンが八薙に追いついてきて、目の前の敵を代わりに二人で処理したいと言ったが八薙は水波は二人でも殺せないと止めた。
「置いてきた二人はどうなの?」
ここへ来るまでの経緯を二人に聞いた。
「ふふ、なるほど面白いわ!」
ジンは水波の様子を観察している。圧気の規模からして八薙の言う通り、殺ることはまだ無理だとわかった。
「セイト。教官の言う通り。前の女は圧気が違う!」
「なら、後ろはいいですか?」
水波の後ろにいるサクヤをターゲットにしようとしたが、八薙がそれを止める。
「あなた達は、先へいきなさい!雑魚は相手にしなくていいわ」
サクヤに時間と力を使うのはもったいないので、無視して良いという命令だった。
「あなたが私にさっき言った言葉を返させてもらう」
「・・・」
八薙達の話を聞いていると、自分たちがまるで居ないかのような眼中にないみたいなことを言っていたので水波は少し前に自分に言ってきたセリフを返す。
「私の横をただで通れると思って!」
それを聞いた八薙達は笑みを零し、それを見た水波は三人を睨みつける。同時に圧気による威圧が増す。聖斗とジンは少し後ずさりしてしまう。
「教官によくそんなこと言えるな。驚いたぜまったく。ハッハ!」
「ふふ、そうね。でも、聖斗君そんなこと言ったらダメよ!」
「どうしてです!」
聖斗が不思議そうに聞いた。敵になぜ、そんなことを言うのか?しかし、次のセリフで理解する。
「強がり言わないと精神が持たないじゃない。力の差があるんだもの!」
「それも、そうですね!」
「精神は戦士にとっては大事だからな!」
八薙達三人がバカにしていると、一本の弓が飛んできて、後ろに刺さる。亀裂までは入らなかった。
「教官をバカにしないでぇー!」
さらに、弓が飛んでくるが、今度は聖斗が前に出て素手で掴む。
「勇気ある行動だ。だが、不愉快だからお前を殺って先に行くか!」
「あの女は私が抑えるわ!」
聖斗とジンは動き出す。そして、八薙は水波の抑えに入ろうとする。しかし、水波も黙っていない。
「行かせないと言ったはずよ!」
水波は矢の無い弓を構えると、水の矢を作り、さらにそこから水波が目を見開くとその矢が氷始める。
「二人共、上の力よ!」
氷の矢は聖斗のいる方にめがけて放たれる。スピードと威力があると聖斗は感じたので避けようとする。氷矢は地面に落ち、突き刺さると、大き目のヒビを入り、さらに地面の一部が凍った。
「まずいぞ。あれ!」
「あいつを人質に取るか?」
聖斗は一緒にいるジンに言う。その様子を見て、悟った八薙は突き刺さっていた矢を引き抜き、自分の武器にし、毒気を纏わせる。
「あの子達の邪魔はさせないわ!」
八薙が水波を抑えている内に通ろうとするが、再び氷の矢が自分たちに飛んでくるも、八薙が纏わせた毒気で弾いた。さらに、水波の後ろからも矢が飛んでくる。威力はほとんど無いと判断し聖斗は風の力で吹き飛ばした。しかし、サクヤはもう一発、もう一発と矢を放ってくる。そのたびに風で弾いたり、素手で止めて、へし折ったりとサクヤの精神を追い込む。そして、聖斗はサクヤへと近づく。
「勇気も度胸もあるな。お前、東条の友達か?」
「・・・」
サクヤは思いもよらないことを聞かれたので、なぜかと戸惑っている。
(なんで、アヤナちゃんを・・・」
「お前の命が決まることだがな!」
すると、サクヤは口に出すことがもう怖くて出来なかったので、コクリとうなづく。
「そうか。じゃあ、死ね!」
そう言うと、聖斗はサクヤに近づいて、手のひらでサクヤの胸当たりを押すと、サクヤは白目を向けて、地面に崩れ、倒れ込んだ。
「木花さん!」
水波が珍しく大きな声で叫ぶ。サクヤはピクリともしないしさらに圧気も感じない。
「ふふ!圧気を流して、殺したのね。成長したわね。セイト君は」
聖斗は倒れ込んだサクヤを見て、笑みを浮かべる。
「聖斗、行くぞ!」
ジンが声をかける。
「ああ」
二人は中心部の方へ行こうとしたら、水波が氷の矢を二人に放つ。
「このままじゃ、済まされない。覚悟しなさい!」
氷の矢は八薙に再び弾かれる。八薙は中心部に向かう二人を見送った。
「今の言葉、あの女のことかしら。感じるのよ。懐かしい力強い圧気を」
水波はサクヤの様子を見る。動く気配が無かった。
(連れてくるべきじゃなかった。でも・・・)
「ふふ、セイト君はまだまだ優しいわね。甘いわ!」
八薙が倒れているサクヤに近付こうとすると、殺気のこもっている氷の矢を向けてきている。
「それ以上は許さない!」
「それがあなたの殺気。ゾクゾクするわ!」
水波の殺気を初めて感じて、八薙は喜んだ。
「あなたの部下はおそらくこのまま行くなら、あの人が待ち受けているはず」
「姫城のことかしら?」
ピンポイントで名前を当ててきたので水波は内心驚く。
「あの二人、たぶんもうダメね!」
「ダメならあの子達は死ぬだけ!ただ、それだけよ!」
そして、水波は気になったことを殺気を放った状態で聞く
「姫城さんとどういう関係?」
「ふふ、ただの殺し合った仲よ!もう、無駄話は終わり。ここからが本番よ」
そう言うと、笑みを浮かべながら、急激に水波に対して殺気をむき出しにする。二つの殺気がぶつかり合うと、周囲の空気がさらに重苦しくなった。ジンと共に島の中心部の方へ向かう為に大木の森を駆け抜けている所で、後ろをちらりと振り向きそれを感じていた。
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