第二章 上海・一九三一(昭和六)年 九月二十七日―二十九日 上条梓乃

「中国茶には緑茶のほか白茶、黄茶、青茶、黒茶、紅茶とあるけども、黄茶のなかでは君山銀針に勝るものはないね」

 この将校は茶の話をしているときが一番機嫌がいい。

「ええ、金に玉をはめたと言われる皇帝のお茶ですからね。将校さんだからお出しするんですよ」

「本当にいいのかね」

 男はカウンター席から身を起こした。

「満蒙問題でお忙しいときに、わざわざ刈屋珈琲店まで足を運んでくださったんですもの、珈琲だけでお帰しするわけには参りません」

 坊ちゃん育ちの白い顔がほころんだ。今年三十七歳になるというのに、その目は世間を知ってはいない。私が缶を出すと、奪いとるようにして太く短い指を突っこみ、高い声をさらに高くした。

「や、これは象牙色。新芽だ。大陸でも滅多にお目にかかれない」

「最高級品です。葉っぱを食べてもおいしいですよ。どうぞ、おひとつ味見なさって」

「もったいないだろう」

「せっかくですからご遠慮なさらずに。体にもいいですよ。江戸時代には茶を薬として売った医者もあったそうですからね」

 相手の目を覗きこむように見た。

「福安湯という名前でしたっけ。ご存じありませんか」

 将校は動きを一瞬とめたが、すぐに言った。

「はじめて聞いたよ。うん、確かに美味だ。柔らかくて甘い」

 この男の正体を私は知っているが、姪の芳子には時期がくるまで教えるわけにはいかない。

 店に来るときはたいてい中国服をまとっている。夏は風通しのよい長衫(チャンサン・・・男性用中国服)にカンカン帽。帽子を外すと、光った頭が現れる。見事に剃りあげているが、太い血管が浮き出ていて怪奇だ。体格がよく背も高いので、洋剣をさげてがちゃつかせているときなどは、露西亜の殺し屋のように見える。だが帽子をかぶれば、情けない顔立ちのおかげで軍人には見えない。目は垂れ気味で鼻は細く口も小さい。

名乗ったことはない。店では「お菓子のお兄さん」で通っている。いつも土産を持って来て、ほかの客にも配る。将校はあだ名を喜んでいる。今日は餡饅を買って来た。私も食べたが、河向こうの中国人街、旧城内の売り物だけあって油でねった餡に独特の旨みがあった。奥の席にいるいつもの四人組も喜んだ・・・・・・ふりをした。

 グラスの底に落とした君山銀針に熱湯を注ぎ入れ、ふたをする。

「やっぱりこの針が一つ一つ沈むさまがいいね」

 湯を吸った茶葉はふくらんで竹の子のかたちになり、底に落ちると菊の花のように開いた。

「上空から敵地に爆弾を次々落としている気分だ」

 将校は笑った。

「中国茶の何がいいって、こうやって眺められることだね。ゆったりできるよ」

 上層部はそうやって人殺しを高見から見物する。蓄音機はこの男の好きなベートーヴェンの『皇帝』を流している。この曲が合図になり、かかっているのを聞いたら仲間は店に入ってこない。だが今日は四人の方が先に来ていた。伝単の文案を練っていたのを、急いで中止せねばならなかった。

「うーん、蜜の香りがする」

 将校は満足げにグラスを傾け、淡い黄色の茶を心ゆくまで味わった。

「満州でも良いお茶は手に入りますか?」

「今は満州のことは忘れたいな。日曜だからね。それより上海の不幸な大和撫子たちが気になるよ」

「例の失踪事件ですか。今井市子さん、菅ケイさん、山田幸代さん、花坂みせこさんの四人でしたっけ。全員同じ日に消えたんですよね」

「厳密には別の日だけど、同じ夜に起きている。山田幸代は勤め先の茶館・翠緑閣から九月二十一日月曜午後九時に、野鶏(ヤアチイ・・・街娼)の菅ケイは錢荘(旧式の銀行)・新興荘の前から午後十時過ぎに、今井市子は勤め先のジョージ・ホテルから二十二日火曜午前一時半に、娼婦の花坂みせこは、娼館・桜花で午前三時を境に姿を消し、いまだ見つからない。今日でもう六日になる」

「四人には二十歳前後の日本人婦人で身寄りなしといったことのほかに共通点はないと言われてますけど、勤め先につながりがないのかしら」

「領事館警察は、ないと言っていた。僕は領事館にも出入りしているから直接聞いたんだよ」

「犯人はやっぱり支那人なんでしょうか」

「何とも言えないけども、同一犯のしわざにはちがいない。それぞれの勤め先に、切り落とした髪と、紙に血で書いた文字が一字ずつ残されていた。今井市子が『カ』、菅ケイが『ラ』、山田幸代が『ア』、花坂みせこが『ツ』だ。それぞれの娘の筆跡だったが、犯人に無理矢理書かされたものとみられる。いずれも目撃者はいなかった。犯人は誰もいないときを狙って襲い、四つの文字で何かを伝えようとしたのだろう」

「カラアツだか、ツラアカだか、ツラカアだかわかりませんけど、暗号なんですかねえ」

「組合わせが十六通りあるので、すぐには判然としなかった。だから領事館警察は、とりあえず四文字を時系列順に並べて、何を意味するか調べたそうだ」

「時系列順?」

「四人が消えた順に並べると、アラカツになる。日本語とも、上海語ともとれるんだ」

「上海語? ああ、支那人がよく『アラ』何とかって言ってるのを耳にしますね」

「『アラ』は上海語で『私たち』。『カツ』は上海語の『カッ』に該当する。『カッ』が意味するものにはカード、カルビルアミン、カーキ色などがある」

「『私たちカード』だと、何のことかわかりませんね。カルビルアミンというのは何ですか」

「化学物質で、脱水剤なんかに使われる。悪臭はあるが、毒ではない」

「毒なら、『私たち毒』で、ある程度意味が通りますけど、『私たち脱水剤』じゃ変ですね」

「もう一つ、『カッ』には痰や唾をカーッと吐き出すという意味もある」

「『私たち唾を吐く』・・・・・・日本人に対して、と受け取れますね。カーキ色は軍服の色だから、『私たち軍人』と解釈できる。唾とカーキ色を合わせたら、『私たちは中国兵で日本人に唾を吐く』という意味になりませんか」

「そうなんだが、大した手がかりにはならなかった。そこで領事館警察は日本語に切り換えて考えた。アラカツというのは、誰かの名前の略称かもしれない。荒川勝久、荒木克子などアラカツと略せる居留民名を徹底的に探した。数人が該当したが、全員アリバイがあり、無関係と思われる」

「将校さん、そういえば私、思い出しました。アラカツって言葉、昔よく聞きました。そういう薬があったって子どもの頃、母が言ってましたよ。母は嘉永生まれで江戸時代にあった何でも治るお薬の話を、私が風邪を引くたびにしたんです。確か、アラカツ丸という名前です」

 男の目がきらりと光った。

「ほう・・・・・・それは面白い。さっき言った、その何だ、フクアントウと関係あるのかね。それも江戸時代にあった薬なんだろう」

「いえ、二つはまったく別のものです。福安湯はお茶でしたけど、アラカツ丸は丸薬で、材料は人の体だと聞きました」

「人の体? それは変わっている。体のどの部分を使うんだね」

「それが、子どもだったせいか、教えてもらえなかったんですよ」

「調べる価値が十分あるな」


 二日連続で将校が来店したのは、はじめてだった。不意打ちだったので、陳潔を帰す暇がなかった。

 陳潔は薄絹のブラウスにシープスキンの白い靴を履いていた。どちらも一昔前のデザインで流行遅れだ。陳潔は蒋介石の妻だった。紙商人の娘だった彼女にしつこく迫って結婚したとき蒋介石は無職だったが、妻に支えられて国民党を代表する人物にまでなった。だが四年前、夫は突然妻に一人で亜米利加へ旅行するよう勧めた。陳潔が帰国したとき蒋介石はほかの女と結婚していた。中国政府の頂点に立つため、大財閥令嬢・宋美齢と一緒になった夫は、陳潔が正式の妻であることを否定したどころか、詐欺師扱いした。二十代半ばにして捨てられ、前途を奪われた陳潔は、ひどい屈辱と孤独にさいなまれている。それをわずかでも慰めるのが私の役目だ。どこの国の人間だろうと区別はしない。悩みを受けとめる。だから抗日の嵐が吹き荒れるなかでも、うちをひそかに訪れる中国人婦人は絶えなかった。

 来店した長衫の男が日本軍人とわかると、陳潔は顔をこわばらせたが、旗袍(チーパオ・・・チャイナドレス)を着ているわけではないから、黙っていれば中国人とはわからないはずだった。

 カウンターに先客がいるのを見て眉をしかめた将校に、私は愛想を言った。

「まあ、昨日もいらしてくださったのに、うれしいですねえ」

「マダムに報告があってね」

「あら、何の報告です」

「昨日領事館に行ったんだがね。アラカツ丸の話をしたら、そういう薬が江戸時代に本当にあったかどうか内地で調査してくれることになった」

 目の奥が鋭く私の反応をうかがっていた。

「まあ、そんな。お手間だけとらせて、まるきり無関係だったら、ご迷惑でしょう」

「いや、無関係とは思えない。それでまたマダムに知恵を借りたくなってね」

「私の知恵だなんて、お貸しするほどのものもありませんけど、どんなことです?」

 鼓動が早まった。

「まずは、お土産」

「昨日も頂いたのに、すみません」

 紙包みを開くと、豆の形。一瞬大好物の甘納豆かと思ったが、蜜棗(ミーザオ)――棗の蜜漬けだった。

「あなたも、よろしければどうぞ」将校は笑顔で言った。

 陳潔の視線は男の腕時計に注がれた。目が見開かれ、顔色が変わった。

「マダム、この方にも分けてあげて。僕はとりあえずマンデリンね」

 言い残して化粧室へ行った。その間に陳潔はお菓子には手をつけずに帰った。

食堂に人が流れる時間帯のため、ほかに客はいなかった。私と二人きりになったのを確認した将校は、淹れたてのマンデリンをすすり、

「そういえば、マスクのおねえさんは? 昨日もいなかったが」

「姪は、ほかに就職が決まりまして」

「ふむ」

「どこの会社」

「ま、どうして会社とわかったんです」

「・・・・・・勘だよ。ここを辞めて働くぐらいだから、よほどいいところなんだろう」

「芳子は――」

 この男の前で、私ははじめて芳子の名を口にした。相手の目は予想通り、光を帯びた。

「汎太平洋通商会社に入りました」

「聞いたことがないな」

「河向こうに新しくできた日米合弁の貿易会社です」

「へえ、この時世にね」

「本拠は羅府(ロサンゼルス)にあるんですって。姪もあの年ですから大喜びですよ」

「それはよかった。ところでマダム」

 カップを置き、懐から一枚の紙を取り出して広げた。

「昨夜、こんな伝単が武官室に投げ込まれた」

 武官室はこの男の事務所兼住居だ。

「日本語の方はいつものことで反戦文だが、その下がわからなくてね」

 上半分には日本語で、

――日本帝国主義を倒せ 銃を逆にして資本家、地主の国家を倒せ

 そう書かれてあった。下半分はアルファベットの文章だ。

「下の文章は英・・・・・・ちがう、独逸語ですね」

「さすがマダム。僕はね、この独逸語がどういう意味かを知りたいんだよ」

「上の日本語と同じ意味じゃないんですか?」

「僕もそう考えたが、どうもちがう。なぜなら『12』という数字が入っているからね。この文はおそらく失踪事件と関係があるにちがいない」

「なぜそうお考えに」

「この伝単は陸軍武官室に投げ込まれた。事件の犯人が支那人なら、四人の日本人を人質にして日本に自分たちの要求をのませようとするはずだ。だからこの文は犯人の要求内容を表している可能性が高い」

「支那人が独逸語で要求・・・・・・?」

「その理由も、これを訳せばわかるかもしれない」

「でも私、独逸語なんかわかりませんよ」

「独逸語のわかる客がいるだろう。マダムはこれを写して、見せればいい。あとで意味を教えてくれ」

目の奥に針のような光があった。

「明日までにお願いしたい」

 将校は威圧するように言った。


 いつまで経っても現れない。昼前に店を開けてから、すでに十二時間。

 深夜になると、この界隈も怪しい人影であふれる。少し先には煉瓦の崩れた小屋の並ぶ路地があり、赤い灯火の流れる通りには夜が更けるにしたがって旗袍をまとった国籍不明の野鶏たちが姿を現す。群がる黄包車(ワンポーツ・・・人力車)、たかるポン引き・・・・・・。この頃では中国人学生たちが真夜中に隊を作って「打倒日本」と叫んで歩くので、いっそう物騒だ。今日南京では四千人を超える学生が国民党に「不抵抗主義反対」を叫ぶデモを行い、日本軍が満州侵略を開始した日に西湖で遊んでいた王正廷外交部長をとり囲んで殴打し、重傷を負わせたそうだ。上海の学生もますます暴徒化するにちがいない。

 いつもは王学文や楊柳青などなじみの中国人が閉店までいるので心強いが、今日はあの将校がいつ来るかわからないから、早めに帰してしまった。今は誰もいない。

 時計は午前零時を差している。閉店時間を一時間過ぎた。いったいどうしたのだろう。あれほど言っておきながら、来ないとは。急に満州へ駆り出されでもしたのだろうか。気を静めるために煙草を吸ったとたん、胃が割れるように痛みだした。朝から緊張し通しでろくに食事をとっていなかったせいだろう。カウンターの灰皿に手を伸ばし、すぐに火を消した。年だ。無理はこたえる。

 外が急に騒がしくなった。今夜は秋とは思えないほど蒸し暑かったので、扉は開け放していた。

「打倒東洋鬼子(ダーダオ ドンヤン グイズ)!」

 叫び声が地下まで響く。もう看板を下ろそう。将校は来やしない。

 地上に出たとたん、中国服の男が近づいて来たので、ぎょっとして胃が再び痛みだした。長身で闇に坊主頭が光っている。

「間に合った」

 聞き覚えのある声。将校だった。笑顔を作り、あわてて店に入れた。

「会議で遅くなってね」

 昨日とは打って変わった弱々しい態度だった。何を思いつめているのか、

「それでマダム」吐き気をこらえるように言った。

「意味はわかったかね」

 なぜ私に翻訳を任せたか。理由は見当がついている。

「和訳は、ここに書きました」

 私はカウンターの上に紙を広げた。

――河の両岸には生命の樹があり、十二種類の実を結び、その実は毎月実る。

 男は目を走らせると、安堵したように息をつき、

「それで?」

「この文は二通りに解釈できます」

私は『新約聖書 対註改訳 安部清蔵 編』を棚から出した。

「この本は内山書店で買ったものです。内山完造夫妻は基督教徒だけに聖書を豊富に置いているので助かりました」

「何の関係がある」

「ヨハネ黙示録の二十二章が、独逸語文の内容と一致します」

 私は胃痛をこらえて読み上げた。

「『御使(みつかい:天使)また水晶のごとく透徹(とお)れる生命(いのち)の水の河を我に見せたり。この河は神と羔羊(こひつじ)との御座より出でて都の大路の眞中を流る。河の左右に生命の樹ありて十二種の實を結び、その實は月毎に生じ、その樹の葉は諸国の民を醫(いや)すなり』。十二種の實とは何か。註釈にこうあります。『毎月熟すべき十二種の果樹があると云ふのは靈的生命を養ふべき設備を意味す。其樹の葉民を醫すなりと云ふのは、心の病氣を根治すべき効力があること』」

「霊的生命を養うべき設備?」

「私は基督教徒ではないのではっきりとはわかりませんが、十二種類の実とは薬の意味ではないかと思うにいたりました。と言いますのも、例の四字が浮かんだからです。四人の娘さんがそれぞれ血で残した字を失踪した順に組み合わせるとアラカツになるということでした。私の母は江戸時代にアラカツ丸なる万病薬があったとよく口にしていました。アラカツ丸が本当に存在したかどうかは、調査結果を待たないとわかりませんが、犯人が薬にこだわっている可能性は高いです」

「つまり犯人はアラカツ丸を作ろうとしている可能性があるということか。人の体が材料だから四人を奪った? とすると犯人の要求は、さらなる人体かね」

「いいえ、犯人の要求は、日本軍が戦争をやめることでしょう」

 嘘だ。犯人の狙いは誰よりもよく知っている。真の目的は戦争とは無関係だ。しかし私は言った。

「犯人は戦争阻止のために、薬の存在を知らせたがっているのだと思います」

「いったいどういう意味だね」

「ヨハネ黙示録の三章には、ものの見えない者に対し、見えるようになるために目に差す薬を買うがよい、と神が言う場面がありますが、この薬とは、善悪を識別する力を表します。黙示録は、悪魔によって栄えた都が正義によって滅びる物語でもあります。犯人が反戦組織であれば、悪魔を日本軍になぞらえ、薬を使って戦争をやめさせようとしていると考えられます」

「アラカツ丸が戦争阻止にどう役立つ」

「そこまでは、私にもわかりません」

「そうか・・・・・・」

「もう一つの解釈についてお話ししてもよろしいですか」

「ああ」

「『河の両岸には生命の樹があり、十二種類の実を結び、その実は毎月実る』という文において、先程は『十二種類の実』に焦点をあてましたが、今度は『河』に注目します。この河とは、伝単の送り主が密告者と仮定しますと、失踪婦人の居場所つまり犯人の隠れ家を指すと考えられます」

「ほう?」

「ヨハネ黙示録に、この河は『都の大路の眞中を流る』とありますから、その河は都を代表する河といえます。上海を代表する河といえば、貿易の玄関であり、一万頓級の船でも航行できる黄浦江をおいてほかにありません。沿岸にはプラタナス並木もあるので、『両岸には生命の樹があり』という文にも合います」

「しかし木が隠れ家とは思えないが」

「木は比喩でしょう。黄浦江沿岸には桟橋、ビルヂング、倉庫、船――さまざまなものが並んでいますので、その中のどれかではないでしょうか」

「倉庫、船・・・・・・大いにあり得る。黄浦江には外国籍の客船や貨物船のほかにも、戎克(ジャンク)や舢板(サンパン)などの中国人がねぐらとする木造船がたくさん停留している。しかしビルヂングはどうかな。バンド(港通り)に並んでいるのは、領事館や外国人倶楽部、銀行、税関など警備が厳重な建物ばかりだ」

「バンドにはホテルもあります。それに少し南に行くと路地が多くて空家があちこちにありますし隠れ家にはもってこいでしょう」

「候補地が多すぎる。港だから人の出入りも多い」

「一つ一つあたって監視するしかないと思います」

「バンドは青帮(チンバン・・・上海の裏社会を支配する秘密結社)の縄張りだ。捜査は困難を極めるだろう」

 そう言いつつも、将校は生気を取り戻していた。

「とにかく、よくお調べになった方がいいと思います」

「なるほど・・・・・・」

 将校は意味深長な視線を投げつけた。

「さすがマダム、僕が見込んだだけある。ところでどうして独逸語を使ったんだと思うかね」

 探る目をまっすぐに見返した。

「さあ、私には見当がつきません。将校さんには、お心あたりがおありなのでは?」

「・・・・・・ないから聞いたんだ」動揺を隠すように言った。

「とりあえず警察に、アラカツ丸と黄浦江両岸を徹底的に調査するよう言っておくよ」

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