第2話
次の日、ネズミは部屋の隅で目を覚ました。大きな洋服を巣のように丸め、その中で眠ったのだった。チーズを食べ、よく眠って、体が疲れから回復していた。喉は渇いていたが、仕方ないと思って諦めた。窓を眺めると、窓が汚れていたので、曇り空がずっと続いているように思う。空はうっすらと青かった。
窓はネズミには高いところにあり、近くには上れる台のようなものもない。背伸びをしたが、ふとアンドロイドを思い出して、駆け寄って前足で足にそっと触った。昨日と同じように、アンドロイドが目を覚ます。小さなモーター音が鳴って、肩のあたりに赤いランプが灯る。
––AD-6700、タイプBD–39Ⅵ。動作正常。何かご用ですか?
––オレだよ。朝だよ。窓のところに連れて行ってくれよ。
ネズミがアンドロイドを見上げてそう言うと、アンドロイドは少しの沈黙の後、立ち上がった。
––起こしてくれてありがとうございます。
ほっとしているような声だった。
––窓の外が見たいのですね。
アンドロイドは、ダイニングテーブルにあった椅子を一脚、埃を払ってから窓の近くに持っていった。
ネズミは前足で、自分の顔が入るくらいの大きさに窓を拭った。そこから外を覗き込むと、高いビル群は壊れもせず建っていたが、何かが違っていた。
人がいる世界は、人が造ったものに、人が命を吹きこんで動かしている。スイッチひとつをオンにすることで、巨大なビルは息をしはじめるのだ。夜、人がいなくなっても、アンドロイドのように眠りにつくだけで、また明日、目覚める気配を持っている。
今、天を突くような高い建物は、朝日を浴びても目を覚ますような気配を見せなかった。ビルは空洞で、大きな何かの死骸のようだった。例えば、どこかの海の底に沈む、巨大なクジラの骨。海の底と違うのは、その高さの半分ほどまで這い上がってきていた、植物だった。
死骸のようなビルから植物に視線を下ろし、さらに下の方を見ると、もう少し低いビル群は、すでにその最上階まで、植物が覆い尽くしかけていた。蔓、ツタだろうか。かつて、美しく並んで植えられた街路樹は、光を追う蔓やツタの勢いに負け、緑の森に埋もれていた。高さは不揃いになり、枯れた葉っぱと、新しく出てきた葉っぱが混じって枝に絡まっていた。
ネズミとアンドロイドがいる高層階からは、そこまでは見えなかった。二人とも目は良かったが、そんなに遠くをはっきりと見えるようにはできていない。それでも、何か動物がいるような気配がないことは、ネズミも、後ろから覗き込んでいるアンドロイドも感じ取った。
––何もいないな。
ネズミが言った。光はあるが、風がないのか、葉がそよぐ様子もない。時間が止まったようだが、植物だけは、ジリジリと生長しているのだろうと思った。
––何の気配もしませんね。
アンドロイドも同調するような声音で言った。
––チーズ、まだ少しあっただろ。俺がそれを食べたら、出かけないか。お前がいるなら、何か分かるかもしれない。
––私は、ここから出たことはほとんどありませんよ。家の中のことしか分かりません。ちょっとした電化製品の故障などなら、直せますが、電気が丸っきりなければ、それも何の意味も持ちません。土地勘もないです。
ネズミは考えて、
––それでも、行こうよ。もう、ここにいる必要はないだろ。ずっとじゃなくても、多分、少なくとも今日はいいだろ。また帰ってきたらいいんだから。この建物は、高いからどこからでもすぐ見えるよ。すぐに見つけて帰ってこれる。
そう言うと、アンドロイドは首を傾げ、
––そうですね。眠っているだけでも、何も変わりません。
と言った。ネズミは笑ってうなづき、チーズをかじった。
家を出るとき、アンドロイドはリュックに様々なものを入れた。また少し見つけたチーズ、ネズミがその中で眠るためのショール、帽子、傘。そして、アンドロイドのための、予備のバッテリー。
玄関を出るとき、アンドロイドは少し寂しそうで、不安そうだった。ネズミは確信はなかったが、
––帰ってきたら、お前の家族も帰って来てるといいな。
と声をかけた。
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