第129話「苦悩する少女」
『下を向くな。前を見ろ!』
私の中で、誰かがそう叫ぶ。
記憶の中に居るその誰かは、顔も隠れているし名前すら思い出せない。
だけど不思議と、その言葉と声は良く胸の中へと響いていく。
だからとは言わない。
言わないけれど、誰かは知らないその人に私は願う。
――どうか、私に力を下さい。
======================================
これは何かの夢だろう。
記憶の中に居る曖昧な存在。
ユラユラと揺れている影は、その手を伸ばして僕に近寄る。
身体の自由はあっても、その場所から動く事は出来ないようだ。
いや、違う。許されていないし、望めない状態だ。
その影は僕の頬に触れ、やがて離れたと思えばただ手をこちらに差し出した。
その手を取れば良いのだろうか?
そう思った僕は、ゆっくりとその手を伸ばす。
だが夢はそこで途切れてしまい、僕は本に埋もれながら目を覚ますのだった――。
======================================
エルフィは、苦悩する。
腕を組みながら、机に地図を広げて声を唸らせる。
その姿はまるで、作業に追われた会社員のようだ。
その様子をシロとフィリスは、心配そうに眺める。
「エルフィちゃん、少しは身体を休ませないと持たないよ?」
シロは首を傾げて、エルフィに問い掛ける。
だがエルフィは、間を空けずに首を左右に振った。
「ダメ。これはわたしがわたしの為にやらなければいけないこと。それに彼が居ないなら、わたしはここに居る理由が無くなってしまうもの。――汝、我の行く道を示せ」
エルフィはそう言うと、また地図に視線を落として呪文を唱える。
その様子を見ていたシロは、小さく溜息をつくのだった。
「お姉ちゃん、フィリス達にも何か出来ないか聞かなくていいの?」
フィリスは、そんなシロの隣で首を傾げる。
そうなのだ。
シロが心配したのは、何か手伝えるか聞く為の建前だ。
何故なら、エルフィは一度決めた事を曲げるとは思えないからだ。
真っ直ぐで、純粋で、単純に強い。
それだけ彼女にとって、彼の存在は大きいという事だろう。
「――ふぅ。もう少し、まだ続けなくちゃ……」
だがこのまま続けていれば、彼女の身が保たないだろう。
疲労感に包まれた表情を浮かべ、彼女は溜息混じりに地図に手を伸ばしている。
ただひたすら、机に広げられた地図に向き合う。
エルフィがこうしているのは既に、数十時間を経過しようとしていたのだった――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます