第129話「苦悩する少女」

『下を向くな。前を見ろ!』


私の中で、誰かがそう叫ぶ。

記憶の中に居るその誰かは、顔も隠れているし名前すら思い出せない。

だけど不思議と、その言葉と声は良く胸の中へと響いていく。

だからとは言わない。

言わないけれど、誰かは知らないその人に私は願う。


――どうか、私に力を下さい。


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これは何かの夢だろう。

記憶の中に居る曖昧な存在。

ユラユラと揺れている影は、その手を伸ばして僕に近寄る。

身体の自由はあっても、その場所から動く事は出来ないようだ。

いや、違う。許されていないし、望めない状態だ。

その影は僕の頬に触れ、やがて離れたと思えばただ手をこちらに差し出した。

その手を取れば良いのだろうか?

そう思った僕は、ゆっくりとその手を伸ばす。

だが夢はそこで途切れてしまい、僕は本に埋もれながら目を覚ますのだった――。


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エルフィは、苦悩する。

腕を組みながら、机に地図を広げて声を唸らせる。

その姿はまるで、作業に追われた会社員のようだ。

その様子をシロとフィリスは、心配そうに眺める。

「エルフィちゃん、少しは身体を休ませないと持たないよ?」

シロは首を傾げて、エルフィに問い掛ける。

だがエルフィは、間を空けずに首を左右に振った。

「ダメ。これはわたしがわたしの為にやらなければいけないこと。それに彼が居ないなら、わたしはここに居る理由が無くなってしまうもの。――汝、我の行く道を示せ」

エルフィはそう言うと、また地図に視線を落として呪文を唱える。

その様子を見ていたシロは、小さく溜息をつくのだった。

「お姉ちゃん、フィリス達にも何か出来ないか聞かなくていいの?」

フィリスは、そんなシロの隣で首を傾げる。

そうなのだ。

シロが心配したのは、何か手伝えるか聞く為の建前だ。

何故なら、エルフィは一度決めた事を曲げるとは思えないからだ。

真っ直ぐで、純粋で、単純に強い。

それだけ彼女にとって、彼の存在は大きいという事だろう。

「――ふぅ。もう少し、まだ続けなくちゃ……」

だがこのまま続けていれば、彼女の身が保たないだろう。

疲労感に包まれた表情を浮かべ、彼女は溜息混じりに地図に手を伸ばしている。

ただひたすら、机に広げられた地図に向き合う。

エルフィがこうしているのは既に、数十時間を経過しようとしていたのだった――。

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