第78話「少年と将軍」
『…………』
静かな空間だ。この時間が、この空間が今は救いだ。
何も聞こえないし、何も届かない空間。
この閉ざされた空間なら、何も考えずに居られる。
「……これは、結界?どうして!」
ドンドンと叩きながら、彼女は何も無い所を叩いている。
視覚的には何も無いとしても、物理的にそこに何かがあるのは彼女を見れば分かる。
一言で言うなら、壁があるのだ。
この空間に居る私と同じように、この中に閉じ込められている訳だ。
いや、違う。私は自ら閉じこもっているだけだ。
自らの意志で、ここに居たいと逃げているだけだ。
だが何を彼女は焦っているのだろうか。
あれぐらいの結界なら、彼の頼めば良いではないか。
そう思って周囲を確認するが、ふと違和感にすぐ気づいた。
『居ない。何で?』
透明な身体でも物に近寄ったり、彼女のいる範囲なら空中浮遊する事が出来る。
それで周囲を確認しても、彼の姿は見つからない。
「……どうしていつも、私は足手まといにしか……!」
壁を叩いていた姿勢のまま、彼女はその場にへたり込む。
手を伸ばそうとするが、閉じこもってしまっている私には触れる事は出来ない。
本来ならば魔力を共有すれば触れられるのだが、今は完全に
お互いの気持ちが揺れ過ぎて、とても不安定な状態なのだ。
触れようとしても触れられず、伝えようとしても届く事はない。
近くても遠いのだ。何もかもが……。
「ここに姉さんがいれば……まだ間に合うのに……」
『…………ハク?』
自分の胸を抱いて、「出てきて」と願う彼女の姿を見続ける。
それはずっと見ていれば辛い物なのに、いつも二人で居た事を思い出してしまった。
私はずっと、
それを再び気づくとは、何とも情けない姉なのだろうか。
私は通り抜けてしまうと分かっていても、抱き締めたいという欲求を抑える事はなかった。
そんな事は分かっていても、今ならまた抱き締められると思ったから。
「姉さん……?」
『ごめんね、ハク。一人にさせて……ごめんなさい』
もし届いてないにしても、こうして抱き締められるのなら何も要らない。
「…………あれ?」
もう離れようと思って目を開けたら、私はいつの間にか外に居た。
空間の中ではなく、ちゃんとした現実世界の上に立っていた。
『――シロ、早速お願い致します!』
「あれ?ハク?えっと……何をすれば?」
『寝惚けないで下さい!結界を破って下さるのでしょう?その為に出て来たのでは無いのですか!?』
「あれ~、ハクが怒ってる?何でぇ?!」
『良いから!早く結界をなんとかして下さい!シロ!』
「も、も~分かったよぉ」
そう言いながら、訳も分からず張られた結界を解除していく。
『…………(おかえり、姉さん)』
その最中に心の中ではなく、背中から何かの体重が重なってくる。
私は解除する事に集中しなくてはならなくて、自分の後ろを見れなかったのだが……。
その乗せられた体重には、優しい温かさが伝わってくる。
私の知っている、大好きな空気に身体を包まれていったのだった。
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「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」
ディグルが気合十分に槍を振り、フレアがそれを回避していく。
だが回避し切れずに、かすり傷が徐々に増えていった。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
回避に精一杯で、間合いに入り込めなくなっているのだ。
このまま無闇に駆け出してしまえば、恐らくは消耗して敗北するだろう。
そうフレアは思いながら、何度も様子を伺っている。
「どうした?少年。君は私と私が仕えているこの国を破壊するのだろう?ならば、こんな場所で休んでいる暇はないのではないかね?」
「流石に槍を使い慣れてますね。近づける気配も、攻撃をさせてくれる隙が見当たりませんよ。休んでいる時間は確かにありませんが、貴方を倒さなければ先へは進めないでしょう!」
フレアは前へ進み、ディグルの懐へと目指す。
彼の持つ槍の懐に入ってしまえば、格闘戦に持ち込む事の出来る範囲になる。
だがそれは、ディグルも熟知しているから対処が出来るのである。
「踏み込みが甘い!!」
「ぐっ!?」
フレアは薙ぎ払われる。
体勢を崩された彼は、転がるように地面に倒れる。
すぐに立ち上がるが、ディグルは立ち上がった瞬間に距離を詰めていた。
持ち手で腹部に打ち込まれ、口の中に苦い物が逆流してくる。
「……(強い。このままだと先に進めない)」
「私の槍の前で、こうも長く立っていた相手は久方振りだ!」
高揚感に満たされているのか、ディグルは槍を振り回して地面に突き立てる。
だがそんな高揚感に満たされていようと、彼はフレアに不満を見せたのだ。
「――だがしかし、君の立ち振る舞いが気に入らない。何故本気でやらない?あの化け物のような強さを持った者が傍に居るのだろう?ならば君も、相当の実力者だと思って良いのだろうと思っていた」
「勝手な想像ですね。ありがた迷惑ですよ!」
フレアはそう言って、ディグルに向かって行く。
だがディグルはその拳を避けて、彼の腕を掴む。
そのまま遠心力を使って、壁へと放り投げた。
壁にぶつかる前に体勢を直したフレアは、ディグルの様子を伺うように視線を動かす。
「ありがた迷惑か。だが君は強いはずだろう?何故なら『魔眼』を持っている!君居はその力を、何故使おうとしない!これ以上私を侮辱するならば、万死に値するぞ!」
侮辱。ディグルにとっては、これは真剣勝負。
だが一方で魔法を使ってしまえば、周囲に被害が及ぶかもしれない。
そうフレアは考えて、戦っていたのだが……。
「確かにこのままの攻め方では、貴方を倒す事は難しいですね。でも僕は、この
フレアは自分の腕を掴みながら、冷たい視線を向けてそう言った。
そして掴んだ腕を放し、近くにあった建物にそっと手を触れる。
「――これが、その理由ですよ」
「……っ!?」
ディグルは目を疑った。
彼が触れた建物が、跡形も無く消滅していったのだ。
まるで触れられた瞬間、灰になってしまうかのように。
そこには最初から何も無かったかのように。
『あ、悪魔だ……あの子供、魔眼の持ち主だ!』
『食い殺されるぞぉ!逃げろぉ!』
彼らの戦いを覗いていた野次馬が、次々と叫びながらその場を離れて行く。
逃げるように走る人々。
「……君はまさか、悪魔と契約しているのか?」
ディグルは槍を構え、戦闘態勢を取りながら聞いた。
それは真意に聞きたい事なのだろう。
ディグルは生唾を飲み込み、まるで何かを決心するように奥歯を噛む。
その様子を見たフレアは、小さく深呼吸をしてから言葉を口にした。
「悪魔と契約なんてしてませんよ。これは僕自身に与えられた、呪いの
フレアは準備運動をしながら、彼を見据えてそう言った。
「いちについて、よーい――――どん!」
そして、陸上選手のようにクラウチングスタートのポーズを取るのだった。
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