第32話「氷の華は美しく」

「いやぁ、演説みたいな事は久しぶりで疲れちゃったなぁ」

「言いたい事は終わったか、小童……」

後ろから歩み寄る彼女からそんな事を聞かれる。

「はぁ……まだ生きてるんだ、本当にしぶといねぇ?ハーベスト」

「フレアを返せ」

「傷だらけで何を言ってるんだ?大丈夫かハーベスト」

「フレアと同じ顔で、フレアと同じ声で喋るでない!お主は何故、今になってここへ来たのじゃ。世界はもう十分に平和じゃろうが!」

「……平和?」

彼女の言った一言を呟く。

その言葉を目の前で、彼女が言うと無償に怒りが込み上げてくるものがある。

「ふはははははっ、はっはっはっは……平和だって?お前の目は節穴かよ、ハーベスト」

「なんじゃと?」

彼女の表情が一変する。それは驚きなのか、悲しみなのかは不明。

だが少なくとも、俺には分かる。ボクにも分かる。

「当たり前かな、ずっと目を逸らしてきたんだから。でも安心しなよ。フレアには少し眠ってもらっているだけだ。死んではいない。むしろボクらにとっては『死』という言葉自体は意味を成さないだろ?」

「お主がやろうとしている事は間違っているのじゃ!だからお主らは決別したのじゃぞ!それを分かっておるのか」

「ぁあ、うるさいなぁ……」

「――くっ!!」

影が彼女の身を包み、彼女の身体が縛られていく。

それは形を変えて鎖になり、彼女の姿は囚われの姫のような姿になった。

「無様な姿、あの頃に戻ったようだな」

「妾に喧嘩を売っておるのか?こうしたのはお主じゃろうが」

「まぁね~」

「お主はこれからどうするつもりじゃ?あんな演説すれば、全種族を敵に回すぞ」

「それがどうかした?」

彼女の言葉通り、世界に喧嘩を売ったようなものだ。

『全種族を粛清する』という事は、生半可な覚悟では出来ない事なのだ。

だが敵になろうが味方になろうが、正直関係ないしどうでもいい事である。

「どうかしたではない。お主の身体はお主だけのものではないのじゃぞ!」

「親みたいな事を言うね、ハーベスト。だけどいつからキミはボクの親になったんだい?今も昔も、さ。キミが居てもいなくても変わらないさ」

彼女から見た彼の瞳は、真っ暗な闇を抱えているように見えた。

ただあるのは、空虚な瞳と微かに見える薄い魔法陣だけ。

彼女はそれを見た瞬間、彼との過去を思い出し目を伏せる。

「――では行こうかな。まずはゲートを開けに行かないと……それじゃあね、ハーベスト」

彼は昔のような笑みを浮かべて姿を消した。

その場に残され、鎖に繋がれた彼女は呟く。

悲しげに。

儚げに。

「……もう良いのだ……」

その呟きは誰にも拾われず、彼女はただ降り出す雨に打たれるのだった――。


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――雨が降ってきた。

そんな中で彼らは動きを止める気配はなさそうだ。

「はあぁぁぁあっっ!!」

「何故、貴様はこのエルフにこだわる!何を貴様をそうさせる!」

皐月が格闘戦を申し込む中、イザベルは飛び道具で牽制していく。

距離を詰めようとしても、彼は防戦一方なのである。

圧倒的な不利でも、彼は何も諦める素振りが全くない。

その姿を見続けている所為で、イザベルは恐怖すら感じていたのだ。

「何かとか考えてないですよ!ただ――僕にはこれしか無いんで!」

「……っ!?」

降り続ける氷の刃の中をひたすら前に進んでいる。

闇雲にも見えるが、致命傷だけは避けるように進む。

「……(でもそのやり方じゃ、長くは持たないわよ皐月)」

アリアはそう思いながらこの戦いを見守る。

「(世の力をここまで押し切ろうとするとは、なんと忌まわしい力なのだ)」

イザベルは恐れているのだ。

背後のアリアには見えないだろうが、致命傷は避けていても皐月は傷だらけだ。

その状況でもなお、彼の動きは怯む所かむしろ勢いが増しているのだ。

ただの人族だと思っていたイザベルにとって、その状況は奇妙から恐怖へと徐々に変化していく。

「そんな奴さっさと殺しちゃいなよ、イザベル……」

「お、オルクス様っ!?」

イザベルが突然現れた彼を見て、羨望の眼差しでそう言った。

また忠誠を誓えるだろうか、やはり必要としてくれるのだろうかと願いを込めた一言だった。

だが……。

「――イザベル、キミはその程度の人間も倒せないのかい?そんなキミはボクには必要ないから……」

目の前から姿を消し、オルクスはイザベルの間近へと迫る。

手を伸ばしたイザベルを、オルクスは彼女の身体を真っ二つに切り裂いた。

「……っ!?」

「イザベル?!イザベル!」

皐月は駆け寄り、イザベルを抱き起こす。

「――何でこんな事するんだ、フレア!」

「ボクがフレア?……あぁ、この見た目だからか。違うよボクはフレアだけど、フレアじゃない。ボクの名はオルクスだ。間違えるなよ、人間」

オルクスはそう言って皐月を見下す。

その目は嫌悪にも似た雰囲気を纏っている。

「イザベル?イザベル?――……エルフィ!?」

「な、なぜ、ですか?オルクス、さま……世は、あなたのために……」

力を入れようとしているだろうが、イザベルの声には覇気がない。

「――キミがボクに必要?ふざけるな。ボクがキミを傍に置いていたのは、駒として優秀だったからだ。こうしてボクの力が戻った今、キミには何も期待なんかしていない。安心して死ぬといい」

震える手は氷のように冷たい。

彼女の頬に流れる涙は儚げで、とても綺麗で美しかった。

「――っ……。(ディーネ……イザベル……エルフィ……僕が不甲斐無かったから、僕が無力だったから……彼女たちは)」

「さてこの王都も邪魔だし、そこの姫様も邪魔だ。あぁ、キミは生きていてもらおうよ、キミは鍵だからさ」

「鍵?」

アリアが言葉を繰り返した。

「――キミはそこで待っていなよ」

イザベルを抱える皐月の横を通り過ぎていくオルクス。

「……ふざけるな……」

「何か言ったか、人間」

「…………」

「何か言ったかぁ、ボクに逆らうとどうなるか。教えてやるよ」

そう言って、オルクスは皐月を彼女と共に蹴り飛ばした。

木々を抜け、王都の城壁まで飛ばされる。

転がり、傷ついた結果……皐月の身体は先程よりも傷が増えた。

イザベルを庇いながらなら尚更である。

「あぁ~あ、キミもそんなのを助けようとしなければ、持って帰るまでに首だけでも残してあげようと思ってたのに。――残念だよ」

オルクスから影が伸び、皐月の身体を貫いた。

真っ赤に染まった光景を見て、アリアたちは皐月の名を叫んだ。

だがオルクスは目を見開いていた。

彼女たちの叫びが気にならないほど、目の前にいる彼が異常だからだ。

身体を貫かれ、普通なら立っているだけでやっとの状態のはず。

だが彼は、影を掴んでその場から一歩も動かないのだから――。


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ドクン、ドクン……。

自分の身体が脈を激しく打っている。

真っ白な世界の中で、足元から徐々に黒く染まっていく。

黒く染まった場所から、無数の腕が伸びてくる。

僕はそれに引っ張られるようにして、真っ暗な闇へ引きずり込まれたのだった。

ただ一つの感情を抱えて……――。


『…………殺してやる』

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