第23話「世界樹の下で」
灰色の世界は、やがて真っ白な世界へと移り変わる。
その世界はもう、生き物がいるのかどうか分からないほど気配がない。
でも生き物は生き物でも、一本の大樹が
自分の鼓動の音だけでなく、ざわざわと葉っぱや木が擦れる音が聞こえる。
大樹から葉が落ち、ゆっくりとその場所だけに風が吹いている。
不思議な空間だ。まるでこの世のモノではない感じだ。
「ここは一体……」
『――やぁ、皐月。久しぶりだね』
「君は……リン?!」
大樹に近寄った瞬間、反対側から僕は友に再び出会った。
僕を生まれ変わらせ、僕の住みやすい世界へ導いた存在。
前の世界の監視と審判の役目をもらっている神様。
少年の姿とは裏腹に、大事な役目を背負っている存在。
「何で君がここに……?」
『ボクはどうやら役目というか、人生を軽く最期を迎えちゃったから挨拶しに来たんだよ、えへ♪』
「え、最期?ん、どゆこと?」
『つまり――死んじゃった、あは』
「あは、じゃないよっ!てか死んじゃったの!?いつ!」
僕は思わず声を荒げる。本当にいつ死んじゃったのだろうか。
けどなら何故、僕の前に彼が現れたのだろうか。
「なるほどな。死んだから、オレも呼んだのか」
声の聞こえた方向を見たら、後頭部を掻きながら歩いてくる少年の姿があった。
王都で出会ったあの少年だ。
『やぁ、キミも来てくれたんだね』
「来てくれただぁ?勝手に引き摺っておいて、何を今更言ってるんだよ。神のくせに」
「えっと……」
何だか分からないが、僕は成り行きを見守ってみよう。
『ボクは一応神様だけど、キミだって元王様でしょうよ。永遠に近い命をもらっているくせに、何年も牢屋にいたキミには「神のくせに」なんて言われたくないなぁ』
「牢屋の事を言われちゃ何も言えねぇな。だがリン、オレはともかくそいつを呼ぶ理由は何だ?」
僕を指差して、フレアと呼ばれる人物がそう言って促した。
リンは指で口元に触れ、何かを考えている様子で首を傾げる。
『まぁキミにも、もうバレてるでしょう?今更、何を聞いてるのさ』
「まぁ、そうだが……。とりあえず座るか」
座ろうぜ、と彼に促される。
僕は指示に従うようにして、ここは座る事にした。
なんだろう、丸いテーブルも出てきたし……指ぱっちんでリンが出したのだろう。
テーブルの上に並ぶのは、お茶と――
「それで、何でオレら呼んだんだ?」
「…………」
僕はそのお茶を飲みながら、彼らの話を聞く事にした。
『キミらを呼んだのは他でもない。ここは一つ、ボクの頼みを聞いてくれないかな』
「頼みって?」
僕が問い掛ける。
『頼みって言っても、神様で無くなったボクが言えた話じゃないけどね。ボクが頼みたいのは――』
「「……っ!?」」
僕と彼は、リンの行動に目を見開く。
僕が知っているリンは、無邪気で冷血で、綺麗な笑顔をする神様だった。
だがそんなリンは、僕らの目の前では違う姿をしていた。
空中ではなく、地に足をつけて、膝と頭を地につけている。
「ちょっと頭を上げてよ、リン!」
「みっともないぞ、一応神だろ」
『ボクはもう神様とは呼べない。だからこれはボク個人のお願いなんだ。神として頼めない以上、ボクはこうするしか筋が通らない。フレア・バースティア王、そして如月皐月――これはキミらをこの世界に招いたボクの責任だ。許して欲しい』
「どういう事だ?オレはともかく、こいつまで呼ばれてる理由が、オレには理解出来ない。何の戦力にもならないだろう」
「え?待って待って、確かに僕は弱いけどさ!」
「じゃあオマエは、オレの足を引っ張らずにその呪われている能力を使えるのか?まともに制御も出来ないようだが?」
僕は反射的に自分の手に視線が落ちる。
「――どうしてそれを知ってるんだ、君は!僕の名前の事も、この能力の事も!君は一体、なんなんだ!」
「何なんだとは、また失礼な質問だな。そうやって立ち上がっても、見下ろされても、オレはオレだという返答は変わらないんだがな。まぁ座れよ。せっかくオレたちの世界の飲み物が出てるんだし、飲んどかないと損だぜ?」
『もう良いかい?キミらが仲良くしてくれないと、この話は続ける訳にはいかないのだけど。ボクとしては、キミらは同じマナの性質なんだしさ』
「……同じ?」
「……チッ……」
どういう事?と思う僕の横で、彼は舌打ちをしている。
『――詳しい話はここで話す。ただしまずは、この世界樹とボクの話から聞いてもらおうかな。約百年以上前の話だから、もう少しお茶とお菓子を出しておこうか』
そう言って、テーブルの上に言った物がポンと出てくる。
そして僕らは、向き合う形に姿勢を直す。
その様子を見た所で、リンは口角を上げて口を開き始めた。
彼の話を聞いて、僕らが協力し合うのは――まだ後の話である。
======================================
「……オルクス様、ご機嫌麗しゅう」
「イザベルか、お前の傷の具合はどうだい?」
薄暗い部屋の中で、蝋燭の灯が揺れている。
その中で、手当てを終えたであろう彼女がお辞儀をしている。
「ボクもそろそろ動くとしようかなぁ。お話の中盤とかで、真の敵の動きを見せないと、物語を読んでいる者たちが飽きてしまうからね」
「オルクス様、どちらに?」
身体の調子を確かめながら、オルクスと呼ばれる人物は包帯を巻き続ける。
「イザベル。ボクの準備が出来次第、
「世を含め、地、水、火、風の四つの属性を司る魔女。世はその風を司るのでしたね。オルクス様を信仰している者が用意した依り代は、かなり魂の制御が出来ております。他の者もいずれ世が……」
「イザベル、お前はもう一度ボクの半身をも潰せなかっただろう?そんなお前を出すなど、する事はないよ」
「そんなっ……オルクス様!」
「勘違いをするな。お前の役目は今ではなくなった――ただ、それだけの事だ」
イザベルは先を進むオルクスの背中に着いていく。
その後ろにも着いて行くように、大量の群れが集結していたのだった。
「さて、君に会いに行こうか。我が半身――フレアよ」
そう言って、彼らは群れと共に闇へと消えた。
======================================
真っ白な世界の中心かどうか分からないが、リン曰く世界樹の根元でお茶を飲む僕ら三人。
傍から見ていたら、なんともシュールな光景である。
『いやぁ、やっぱりお茶は落ち着くねぇ』
「……」
「えっと?」
呑気にお茶を飲むリン、黙々と目を瞑っているフレア、そしてその両方を見る僕。
なんていうか……気まずい。
「なぁ、神もどき――」
『もどきは酷いなぁ。確かに元神様で、もう死んじゃった訳だけど……それで何かな?元王子?』
リンは溜息混じりにそう聞いた。
「本当にオレ、こいつにも協力しないといけないのか?」
「…………」
そんな嫌そうな顔して、僕を指差さないでくれませんかね。
「あぁ?」
何で喧嘩腰にこっちを睨んでくるのさ……。
『オレ、何でこいつなんかと――みたいな顔してるよぉ?キミ、何が不満なのさ』
「テメェ、オレの真似をするな。後、似てねぇからな」
「…………」
この時、僕は少し似てるという言葉をぐっと飲み込んだ。
リンの話では、彼と僕の身体の造りが一緒らしいのである。
造りというのは見た目とか肉体という意味ではなく、体内にある魔力の資質と僕の持ってる能力が、という意味だ。
僕が元の世界で覚醒した能力は、触れたら最期みたいな能力だ。
けどその能力は、リンの話だと元々は彼の能力らしいのだ。
そんな彼は――。
「――オレの能力でこっちに来たのなら、リンの力で元の人間に戻ればいいだろ?何でオレが、こいつの新しい人生とやらに協力しなけりゃならない」
そう言って、凄く嫌そうな表情を浮かべていた。
正直僕は、この能力には苦い思い出しかない訳なんだけど……。
『あ、言い忘れてたけど――』
「「ん?」」
リンの言葉を聞いて、僕らは同時に反応した。
『――僕はもう神様じゃなく、仏様だから何も出来ないよ?死人だけに』
そんなニッコリと詰まらない事を言われても困る。
あとリン、それほど上手くないよ。
『それにキミらは一応繋がってるし、能力の所為か一部になってるよ?』
「まぁそれはオレも知ってる」
「え?……つまりどういう事?」
「オレの能力は一応、数年前にバラバラになっちまってるんだよ。それをオレは集めてるんだが、これがどうも厄介でな。オマエがそれに協力するなら、オレがオマエを元の人間に戻してやるよ」
『素直じゃないねぇ。つまり皐月、彼はキミに協力すると言ってるんだよ』
え、分かりづらっ!僕には全然伝わらないよ!
「はぁ……結局僕は、どうすればいいのさ。リン、僕は君にこの能力を使うのは良い事にって言われてるんだけど?」
「良い事に、だと?おい神もどき、マジでそんな事言ったのか?」
『うん。言ったよ。だって制御出来れば、その力は善にも悪にもなる、そう言ったんだけど何か間違ってる?』
「それは理解出来る。だがその能力を善に使う事は不可能だ。制御さえ出来れば多少ましではあるが、見た所その制御すらまともに出来てねぇみてぇだしな。そんなもん幻想だな」
彼は立ち上がって、空間に亀裂を出現させる。
『勝手に空間に穴を空けないでくれる?この空間だって、ボクの魔法で作ってるんだからさ。はぁ、全く……――皐月、彼の言う事は気にしなくていい。キミならその
空間が歪み、視界にまたノイズがやってくる。
「あ、ちょっと待ってくれ!」
手を伸ばすが、徐々に遠くなっていく彼の姿。
世界樹と呼ばれる大樹ですら、小さくなっていく。
僕は半ば無理矢理、その真っ白な世界から追い出された。
まるで現実に引き戻されるように――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます