第22話「影の中へ」
王都に滞在してから、一週間が過ぎた。
復興が意外にも早々に進んでいる。もう少し時間が掛かると思っていたのだが、これも各種族が協力し合っていたおかげである。
建物も直され、王都全体が元に戻っていく。
魔法だったり、身体能力だったり、流石異世界と思うところだ。
僕はといえば……。
「――はぁ……」
記憶が戻った事を意識した事によってなのか、思うように能力が制御できない。
小石や小さい物なら、力がちょっと入り過ぎたと言えば通じる。
だが自分の姿より大きな岩などは、言い訳が難しい。
見た目が人族と変わらないのが、黙っている理由である。
だから人の目を盗んで、誰にも見つからない場所で練習するしかないのだ。
僕自身がこの能力を制御しなければ、握手した程度でその手が消え去ってしまう。
そんな事態は防ぎたい。何よりも、誰かを傷つけるのは嫌だから……。
僕が今出来るのは、警備側に入ることぐらいだ。
「お疲れだ、サツキ!交代だ!」
頭を大きく叩かれ、そんな陽気な声が飛んでくる。
「ごふっ……アルフレドさん、お疲れ様です」
「情けないな。このぐらい足で踏ん張って見せろー」
がっはっは、と笑うアルフレドさん。
「僕より力強いんですから、無茶言わないで下さいよ」
「そうか?いやぁ、すまんすまん!」
あ、伝わってないな、この人。
高笑いしながら、こちらを見ずに手を振ってどこかへ向かう。
交代と言っていたが、僕は適当に城壁に沿って歩く事にした。
警備をしてるのだろう。他の兵士たちとすれ違う。
僕は
「よいしょっと……結構高かったなぁ。足が痺れちゃったし」
足を叩きながら、準備運動を軽く済ませる。
あまり遠くに行かなければ、怒られる事はないだろう。
それにこの能力を僕は、誰かに見られたくはない。
生えている木に手を当てた瞬間、その場所が数秒後に消失してしまう。
自分の服や身体は問題はないのだが、物や食べ物などが触れられないのだ。
昨日から何も食べてない。意識しっぱなしで制御が難しい。
常に無駄な神経を使っている所為で、記憶が無かった時の方が遥かに楽だ。
疲労感が半端ない。
元いた世界と同じように、僕は意識的に人から距離を置くようになった。
「何でここにいるんだ、サツキ。どこかに行ったかと思ったぞ?」
「ディ、ディーネ……」
見られた?特訓している所は良いけど、この能力を見られたくない。
「――はぁ~……我が主、ふざけるのも大概にしないか!」
「え?」
「え?じゃない!君が見せまいとしているその能力なんて、私はとっくに気づいてるし、君の事も私は知っているぞ!」
腰に手をあてて、怒りながら近寄ってくる。青い瞳がどんどんと間近に迫る。
水色に透き通った瞳をしているから、相変わらず綺麗な目をしている。
性格は時々悪いんだけど……。
「おい、我が主。私のどこが性格悪いと言うんだ?」
「い、いや……なんでもないです」
「別に良いんだぞ、そんな事言わなくても。君が何を思ってようが、私に対して何を考えてようがどうでもいいがね」
「どうでも良いなら、その納得いかないみたいな目を向けないでくれる?それにそれこそどうでも良くて、僕がディーネの事をどう思ってようが関係無いと思うのだけど!?」
「ほ~~う?関係ないと……ほ~う、ふ~ん」
何でちょっと怒ってるのさ。目が笑ってないんだって。
そういえば、僕の考える事って彼女に伝わっているのだったな。
距離があれば伝わらないらしいけど、精霊契約……やめようかな。
「我が主、それは酷いぞ!?やめるのか!?やめてしまうのか!?私との契約を!」
ポロポロと泣きながら、ディーネはポコポコと殴りに来た。
どうしよう。何か地雷を思い切り踏んだと思って、間違いないだろう。
「――我が主。契約紋は私の力で消す事が出来るが、消した方が良いのか?良いのか?!」
「ちょ、落ち着いてよ!?ディーネ?嘘だから!冗談だからっ……」
「……では誠意を示せっ……」
そうは言っても、半泣きで迫られれば拒否するのは難しいよ。
僕だって一応、健全な男子な訳だし。
近づけば近づくほど、
「我が主、まさか私が好きなのか!?」
「飛躍しすぎだよ!そして僕の心を読むなっ!」
頭を抱えて、悩んでいた事がどうでも良くなってきてしまった。
自然と溜息が出てしまう。
「……我が主、君は君のままで良いと思うぞ」
「……っ」
背中から抱きつかれ、僕は言葉を失う。
水の大精霊という事を忘れてしまいそうになるほど、柔らかい感触が伝わってくる。
「やっぱり君も、男という訳だな。我が主よ――ふぅ♪」
「耳に息を吹き込まないでくれ!!!」
ぱっと離れ、僕はここ一番の大声が出た。
いつからそんなキャラになったぁ、大精霊っ!
舌を舐めて、ご馳走様と言わんばかりの笑顔を見せてくる。
本当にそんなキャラだっただろうか。
何を考えてるのか、分からない。
「――――(いなくなったら許さんぞ、我が主)」
声を出さず、口だけを動かしている。だが契約している所為で、その内容が聞こえてきた。
僕は少し笑みを浮かべる彼女を見て、少しだけ口元が緩んでしまったのだった――。
ドクン……――!!
「……うぐっ……」
彼女の背中が見えなくなった瞬間、身体全体が上から潰されるように重くなる。
僕の中で、足から何かが登ってくる感覚が襲う。
見えてる訳じゃない、はずだけども……寒気に全身が包み込まれる。
『――会いたかったよ、サツキ』
頭の中で響いた声は、僕は影に飲み込まれた。完全に――。
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「――っ!?」
何かが闇に飲み込まれた気配が映り、汗まみれで起き上がる。
「お主、どうしたのじゃ?かなり
……ハーベストが本を読みながら、声だけでこちらに聞いてくる。
森の中で焚き火をして、オルクスを探していた途中だったか。
頭を抱え、覚えている所まで思い出す。
チャラチャラ、と金属音が地面を引き摺る。
「――ハーベスト、少し良いか?」
立ち上がり、彼女に近づく。
本を読んでいた彼女は、首を傾げている。
「……?何じゃ?」
オレは平然を
「なっ!?な、ななな、何をいきなり?!何をいきなりしてるのじゃ!?お主!」
「……我慢してくれ」
「が、我慢じゃと!?妾にも心の準備というモノがあって!?これをいきなりというのは決して嫌という訳ではないのじゃが、でも嬉しくない訳じゃないのじゃが!?」
言いたい事と伝えたい事が混ざり気味になって、しどろもどろになっている。
肩を掴むが引き剥がそうとはしていないし、このまま抱き締めておこう。
「悪いが本当に我慢してくれ……結構不味い状況だ」
「お、おい、お主!?(熱い、これは一体どういう事じゃ!?)」
彼女はオレの名を呼ぶ事を繰り返しているが、耳から遠くなっていく。
身体の中で流れる血が沸騰するように熱い。
小さな身体で何をしているのかが分からない程、視界が暗くなっていく。
暗くなった世界。
真っ暗な深い水の底のようだ。
上下左右、何も見えない。
やがて見えた景色は、灰色の世界の中心で光るモノが見えた。
それは大きな木。大樹だ。
緑に光る大樹は、何だろうか。
そこに倒れこむ一人の少年と大樹に手を当てる少年がいる。
『やぁ、はじめまして。会いたかったよ、バースティア王』
少年はそう言って、現実のオレは意識を失った。
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