第14話「サツキ。捕縛」

持っている技術によって、実力に大きく差が開く。

僕はその日から、それを思い知った。

「はぁ……」

「そう落ち込むな。また次があるさ」

僕が溜息を吐いていたら、背中を叩きながらアルフレドが言った。

結局ここ数日、僕はまともに戦闘への参加が出来なかった。

魔法の知識を持っていても、圧倒的に経験が無い事を思い知らされた。

盗賊の強襲や魔物に大しても、なかなか上手く行かなかったのだ。

「そりゃ落ち込みますよ。アルフレドさんみたいに剣を使える訳でもありませんし、ディーネみたいに魔法戦闘が出来る訳じゃないですからね……はぁ~」

「我が主。最初は皆、そんなものだ。最初から上手く行く者など、どこにも存在しないぞ。上手く行ったとしても、その者は後々骨が折れる事がある。苦労は最初にしておいた方が得だ」

揺れる火の向こうで、彼女はそう声を掛けられる。

「そうそう。気にするこたぁねぇよ!明日も歩くんだ、早く寝とけよ」

「おい、アルフレド。私の方に来るなよ?」

「……ちっ、バレたか」

どさくさに紛れて近づこうとしたらしい。

何してるんですか、この人は……。

「おやすみなさい」

僕はそう思いながらも、寝転がった瞬間に重いまぶたを閉じた。


「――水精霊よ、我を護りたまえ。アクアシールド」

僕は小さく呟くように魔法を発動した。

自分の身体の囲むようにして、青い色の水の膜が出来上がる。

声が小さくても、魔力さえあれば魔法は発動するらしい。

呪文を唱えている最中、集中さえミスしなければほぼ正常に魔法は成功する。

この「ほぼ」というのは、その魔法の威力に値する。

攻撃系の魔法をする際、その必要な魔力量を抽出し、マナを注ぎ込まなければならない。

発動時間が早い物に関して言うなら、魔力が少なく済む分。魔法の威力は弱い。

発動時間が長ければ長い程、その注ぎ込まれるマナの量は多くなる。時間が掛かる分、それなりの威力が期待される。

アルフレドさんは身体能力が高く、その自分に合わせた魔法を使っているらしい。

元々の力が強い分、自分の身体能力を強化出来る魔法もあるようだ。

「よし、もう一回……次は別の魔法を――」


次の日……。

「ふわぁあぁ~あ」

歩きながら、伸びをしながら欠伸をする。

「随分と長い欠伸だな」

隣にいたディーネが、こちらを覗き込みながらそう言ってくる。

「ちょっと寝不足で……あはは」

言えないよなぁ。早く戦えるようになりたい、なんて。

おまけに秘密特訓をしているのだから、恥ずかしくて言えない。

「そういえば、サツキ。俺は王都に着き次第ギルドに寄るが、お前も来るか?」

軽く前を歩くアルフレドが、こちらを見る素振りでそう言った。

「アルフレドさんは、王都にあるギルドに所属しているんでしたっけ?」

「まぁな。実力ある奴がわんさかいるぜ?だが俺のいるギルドは、その王都の中でも平和な場所だ。王都には……。」

「――王都には、複数ギルドが存在するんだ我が主」

彼の言葉を狙ったかのように遮る。

「おい、ディーネ」

「何だ?アルフレド、この程度で怒るようなら女にモテんぞ?」

「……ぐぐっ……」

ニコニコと笑みを浮かべているが、内心はしてやったりと思っているのだろう。

ディーネVSアルフレドさん――結果は、ディーネの勝ち。

僕の頭の中で、ゴングがカンカンカーンと終了の鐘が鳴り響く。

「……平和な場所って、王都自体は平和じゃないんですか?」

再び歩き出した時、僕はそう聞いてみた。

「ん?あぁ、王都は他の国と違って、かなり特殊でな。全種族が集るし、住んでいる奴もいる。ちょいとそれが問題でもあってだな」

「全種族が集まると何か問題でもあるんですか?」

「まぁな。サツキ、各種族の特徴を言ってみろ」

「えっと――」

まず僕とアルフレドさんは人族……魔力、身体能力などがそれぞれ比較的低い。

そして獣族……その名の通り、耳や尻尾が生えていて、魔力が劣る代わりに身体能力が高い。

ディーネの神族……耳が長いのは見た目の特徴。長い寿命を持ち、身体能力と魔力が高い。

「――そして魔族は、各種族よりも魔力、身体能力が優れていて、寿命は永遠に近い。でも見た目は人族と変わらない……でしたっけ?」

僕は覚えている限りで、自信はなかったがどうだろう。

「うむ。大体は合っている。んでだ、その種族の違いで問題があるんだが……分かったか?」

ん……――??

僕は考えながら空を見る。問題とは何だろうか。

「はぁ……アルフレド。さっさと言えばいいだろ?別に隠す事でもない」

「ディーネは分かるの?」

「まぁ当事者でもあるからな」

ディーネは腕を組んで頷く。

自分だけ分からないのがモヤモヤする。

僕は答え欲しさにアルフレドさんを見る。

「――はぁ、分かった分かった。問題は、種族の存在自体が問題なんだ」

「種族の存在自体が問題?」

「そう。人族は獣族に劣り、人族は獣族を羨む。各種族も一緒で、自分に無い物、出来ない物がある事によって、差を埋めようとする。だがそれは生まれつきで、変える事は出来ない。羨みはねたみやひがみに変わっていく。そういうものが悪循環を呼んでいるんだよ」

……なるほど。理解出来た。

自分がこうなりたいけど、出来ない。けどもしそれが目の前で成功され、こちらは何度やっても出来る事はない。

生まれた特徴だとしても、それは半ば強制で、望んだ訳じゃない。

どの世界も一緒な所はあるようだ。

あれ?――?

「ん?どうした、我が主?急に足を止めて……」

僕はちょっと考えて、自分の中にある疑問が埋まっていくのが分かった。

無意識なら気づかず、意識すればそれは容易だった。

いつ?いつからだろうか。

「おい、どうしたんだ?」

「――あ、はい。な、なんでもないです。はは」

モヤモヤする思考の中、現実に戻される。

僕は取り繕った笑顔を作った。出来るだけ自然に、やっていたように――。


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ある滅びた街。

廃墟と化した建物。

枯れ果てた草木と大地。

数百年の歴史の中で、これほど広大な場所はないだろう。

昔は繁栄の象徴だったこの街も、いまやガラクタの山だ。

「……我が君。あの者が錬金の書を持ったようです」

「へぇ、かなり早いな。牢から出たとはいえ、まだ数日だというのになぁ」

「彼の動き、どう思う?イザベル」

白き魔女。美しく、儚げな氷の魔女。

私見しけんで宜しければ」

「構わん、言ってみろ」

「……はい。では失礼を承知で言わせていただきます。あの者ならば、貴方様の力の前では無力ですが、あの者の力も厄介。それならば、野放しにしておくのは――」

「危険、だと?」

「はい」

「ふむ……だがイザベル。お前の力でも容易に倒せなかったのだ。確かに私ならば勝つのは容易だ。だがイザベルよ、力で勝っても意味は無いのだ。我らの宿願は、あの者を倒す事では無いであろう?」

「勿論でございます。貴方様の宿願は、我らの願い。必ずや――」

「……期待しているぞ」

「ははっ!」

そんな言葉を交わしているうちにも、世界は動き始めている。

既に第一段階は終了している。

さて、次はどうしようかね。

水晶に映る少年を眺め、ニヤリと笑みを浮かべる。

「……ふふふ、ははははははは」

その者は笑いながら、自分の影へと入っていったのだった。


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アルフの森から、歩いて数日が経った。

ようやく僕たちは、王都『ドミニオン』へと到着した。

「――ようやく着いたか。かぁ~、疲れた」

門をくぐった早々、アルフレドは腕を回しながら言う。

「すぐギルドへ行くんでしたっけ?」

「あぁ。もう一度聞くが、お前も来るか?」

「僕はディーネと宿を探しますよ。野宿続きで、やつれてるんで」

主にディーネが……。

「そうか。じゃあ俺はちと挨拶してくっから。王都の宿なら、往来の場所にしとけよ。それじゃな」

「はい。それじゃ!」

お互いに手を振って、一旦解散。

しかし王都ここは凄いな。人がたくさんいるし、本当に全種族がいるみたいだ。

とりあえず、宿を探して……。

「ほーう。王都は久しぶりだぁ!~~♪」

そう言って、ディーネは王都の奥へと足を進める。

「ちょっとディーネ!勝手に歩き回らないで」

そう言っても、この人込みじゃ聞こえない。早く追いかけないと……。

『――ふざけないで!』

ん……――?

彼女を追いかけていた時、建物と建物の間からそう声が聞こえた。

透き通るような綺麗な声が、僕の耳まで綺麗に入ってきた。

周囲の騒音はそれほど大きくはないが、今の声は遠い気がした。

かき消されてもおかしくはない。

「…………(見に行ってみるか)」

意を決して、僕は建物の間を通る。

道は細く、だが人が通れない程じゃない。

ある程度進んだ先、その声の主はいた。

美しく、輝く――紅い瞳。

紅き紅蓮の炎のような、凛々しい姿。

男に囲まれながらも、自分の意を曲げない。

僕はそれに魅入られた。

「その手を離しなさい。アタシは、ここの王女である!」

『王女様だぁ?嘘を吐くにも、もっとまともな嘘を吐けよぉ嬢ちゃんっ』

姿勢を崩さず、ただ一点を狙い……。

「……っ!?」

――放つ!

『ぐぼっ?!』

男の一人の腹部に当たった。手応えはあった……。

見様見真似でやってみたが出来たようだ。

「ぐっ……まだ、やりますか」

男達を睨み、戦闘姿勢を取る。

集中しろ。

敵は複数。

やる手はある!

「あ、ちょっと……?」

手を掴んだ瞬間、身を翻して走り出す。

「黙ってないと舌噛むよ」

彼女を抱え込み、建物を使って逃げ出した――。


――しばらく逃げて数分。

僕はようやく男たちを撒いたのだが……。

「どういうつもり?」

「そ、そんな怒らなくても……」

何故か怒られていたのだった。

「いやだって。君だけじゃ、あの人数は無茶だ。怪我してからじゃ遅いよ」

「それは感謝してる。……ありがと。だけどやり方が乱暴過ぎ!もう少し慎重に出来なかったの?」

んな無茶な……。

何で僕、こんなに怒られてるの?

助けたのに。

「怒るか、感謝するかどっちかにして!」

「何で?」

「ん?」

「何でアタシを助けたのよ。あんなのアタシ一人でも――」

さっきまで怒ってた様子とは違って、何やら悔しがっているように見えた。

「困ってる人を助けるのは当たり前。っていうか、考える前に身体が動いてたよ」

「……そ。ありがと」

恥ずかしいのか、彼女は目を逸らしてそう言った。

その様子が可愛らしくて、僕は自然と笑ってしまった。

「な、何が可笑しいのよ!人がお礼を言ってるのに、笑うなんて失礼よ」

「ご、ごめん。さっきと印象違うなぁって思って」

「さっきって?」

「それは――」

『いたぞ!賊だ!』

「――っ!?」

ドタバタという足音と共に、聞こえてくる叫び声。

その声とほぼ同時に、僕は地面に叩きつけられた。

『姫様、ご無事で!?』

『己、賊めが』

「へ?ちょ、ちょっと!?」

「あ、えっと……」

彼女が何か言いたげにしているが、いきなり来た人たちは聞く余裕がないらしい。

叩きつけられた僕の身体は、着々と腕に縄が縛られていく。

『覚悟したまえ。賊如きが。貴様にはオススメの地下牢がある』

「あの~、僕、何もしてないんですけど……」

『詳しい話は牢に入れてから聞いてやる』

僕は何が何だか分からないまま、逆さ吊りにされて連れて行かれる。

初めての王都。

何だかんだで楽しみにしていたはずの旅の始まり。

それは『犯罪者扱い』という幕開けとなったのだった――。

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