第13話「傭兵、アルフレド」

――はぁ、疲れた。

歩きながら、そんな事を考える。

廃墟と化したかつての都は、昔より何も変わっていない。

破壊され続けて、放置され続けて、それでもなお姿を保っている。

大したもんだな、ここは。

「フレアよ、何をアホづらをしておる。さっさと調べるぞ?」

「誰がアホ面だ、万年まんねんチビ」

「だ、誰が万年チビじゃ!この……むぐっ……」

…………。

……。

「どうした?早く反論しろよ」

「う、うるさい!」

間が長いから悪い。言う事決めてから反論しろよ。

――旧都きゅうとアモルファス。

かつて水の都アトランティスと並んだ国であり、鉄で出来た王都として有名な場所。

武器や防具の発展を促した国もあり、数百年前の戦争においては腐敗ふはいの都として恐れられていた。

「しっかし、お主。良くあの者に勝ったな。久しぶりに動くだろうに」

「オレを舐めてるのか?舐めんな。それよりハーベスト、早く見つけてくれ。夜になれば、魔物の対処が面倒になる」

「分かっておるよ。そうかすな」

急かすなと言われても、こっちには時間が無いんだがまぁ良いだろう。

ヘヴンズゲートが出現したとは聞いていたが、まだ他のゲートは出現していないらしい。

ハーベストが瓦礫がれきの上を歩きながら、岩の下や建物の中を探っていく。

小さい体にも関わらず、自分より大きい岩を持ち上げる。

魔族の中でも、彼女の強さは指の数に入るだろう。

両手か片手かのどっちかだが、それぐらいの強さには入っているだろう。

「――見つけたぞ、フレア!」

「ん、見せてみろ」

ハーベストの場所へ向かって、彼女の手元を覗き込む。

ボロボロで埃を被り、完全にカビだらけになっている書物だ。

少しでも無造作に扱えば、破けてしまうだろう。

だが……。

「あぁ、これだ。やっぱりここにあったか」

本の中身を見て、オレはそう呟いた。

――錬金術れんきんじゅつに関する書物。

オレたちは目的のモノを見つけ出し、彼女と共にかつての都を後にした……。


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アルフの森を始まりとして、僕の旅は始まった。

水の大精霊ウンディーネ。傭兵のアルフレド――そして僕。

正直、僕以外の二人が目立つ旅となるだろう。

き火したり、野宿したりで数日が過ぎていた。

「――これも何かの縁だ。俺たちの親睦しんぼくを深めようじゃないか」

焚き火を囲んで、アルフレドさんがそんな事を言う。

「またですか?これで何回目ですか」

「全くだ。私と我が主はもう飽きたぞ?」

ちなみに彼がこう言い出すのは三回目であり、毎晩のように切り出すのだ。

親睦を深めるといっても、最初は改めての自己紹介だった。

――ディーネ・ホルステイン。

元々は神族だった彼女は、過去に魔女堕ちを経験している。

そして戦争によって世界がまた火に囲まれていた時、彼女は水の大精霊と契約をしていたらしい。

だがその契約した当時のウンディーネは、世界の為に身を犠牲ぎせいにし、彼女が今その意志を継いでいるようだ。

彼女の話によれば、他の四大精霊も、彼女同様に身を犠牲にして誰かが引き継いでいるという話だ。

運がよければ会えるだろうとも言っていた。

――アルフレド・ディヴァイン。

小さな村からの出身で、人族にも関わらず傭兵稼業に取り組んでいるらしい。

現在は王都に住んでおり、ギルドなどに貼ってある依頼書で依頼を受け取っている。

そして彼は、『オルクスの民』を追って、アルフの森まで来ていた。

そこで契約を切ったディーネと再会し、結託けったくして調査および討伐を目論もくろんでいたらしいのだが、失敗に終わってしまった。

「しっかし、お前と再会した時は流石に驚いたぜ」

「それは私もだ。またこんな奴と旅をする事になるなんてな」

「また契約してもいんだぜ?」

「今の私には新しい契約者がいる。そしていなかったとしても、またお前と組むのは二度とごめんだ」

水を飲みながら、彼女はジト目で彼を見ている。

傍目はためで見ていても分かるぐらい、凄く嫌そうにしているのが分かる。

「何でだよぉ、ディーネ」

「知っているか。精霊契約をすると、意思の疎通そつうが出来るんだがな?」

「??」

彼女の言葉を聞きながら、彼は首を傾げている。

「――これで本当に分からないと顔するから腹が立つ。聞いてくれ我が主。こいつは女と見れば、平気でちょっかいをする奴でな?意思の疎通が出来るようになってる時は、毎晩毎晩、変な妄想が頭の中に流れてくるんだぞ?分かるか?私の気持ちが!」

「あぁ、えっと……」

顔が近いです……。でも自分が嫌な妄想が、自分の意思と関係なく流れ込んできたら眠れないと思う。僕だったら正直耐えられないが、そこまで言われる妄想がどんな内容なのかが少し気になる。

「我が主、悪い事は言わない。変な事になる前にやめておけ」

「うわっ!無闇に近づかないでよ、ディーネ!」

僕が考え事をしていると、彼女がさっきより顔が近づいて思わず叫んだ。

あまりに近すぎて、視線が彼女の口へと行く。

その瞬間、キスされた時の事を思い出してしまった……。

「ぬふぅ。我が主ぃ~、何を思い出しているんだぁ?」

イタズラっぽい笑みを浮かべ、煽るような声を出してくる。

どうせ意思の疎通しているんだから、分かってるだろうに。

「――ア、アルフレドさん!オルクスの民ってどういう人たち何ですか?!」

僕はバレている事は分かっていても、恥ずかしいので話題を変える事にした。

「ん?そうだなぁ……世界を破滅へ導こうとする悪い奴ら、だったかな」

何だか曖昧な答え方をする。

「世界を破滅って、どうやって?」

「それは……――ん?」

彼は言葉を止め、真剣な表情で視線だけを動かした。

「我が主……気をつけろ」

「え?」

彼だけではなく、彼女も同じく何かを警戒している様子だった。

気づいていないのは僕だけ。何が起きているのか、把握なんか出来なかった。


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……いち、に……――二桁はいるな。かなりの数だ。

焚き火を囲んでいた所為で、面倒な奴らに狙われたようだ。

俺は大剣を掴み、臨戦態勢に入る。

「サツキ……小さい魔法を複数用意しといてくれ」

「え?……あ、はい」

少し考えた後に、サツキは理解したようにそう返事をした。

ディーネも分かってるらしく、目が合えばお互いに頷く。

おそらくは、この辺に住み着いている盗賊だろうな。

数が多く、複数で少数の敵を叩く非道な連中と聞いていたが……噂は本当らしい。

ディーネはともかく、サツキは戦闘経験が浅い。

サツキが小さめの魔法陣をいくつか作り、先手を打つつもりだったがそれは甘かったようだ。

『――おらぁぁああ!』

そんな力強い声と共に、盗賊が数十人が襲い掛かってくる。

――くっ、少し早いがやるか。

「ディーネ!」

「言われなくてもやっている!――風よ切り裂けっ、ウインドカッター!」

小さな風の刃が盗賊に向かって放たれる。

致命傷を与える魔法ではなく、軽い切り傷が入る程度の力だ。

だが素早い応戦が出来る。

特に非常事態には効果はあるだろう。

「おぉおぉぅらぁあぁあぁ!!」

大剣を大きく振り回し、ある程度の力で吹き飛ばす。

盗賊は好きではないが、『殺せ』と依頼が無い限り殺す事はない。

傭兵となれば、そういう依頼はやってくる。

だが、依頼を受けていない今は別だ。

「……テメェら安心しろ。俺は無駄な殺しはしねぇ主義だ。テメェらがしようとした事は嫌いだが、恨みがある訳じゃねぇ。俺の気が変わらねぇうちに消えな」

大剣を片手で肩に持ち上げ、倒れた盗賊共を見下して言い放つ。

「おい、アルフレド。こっちも終わったぞ」

「おー、お疲れさん」

『ア、アルフレドだって!?お前、あの番犬のアルフレド・ディヴァインか!?』

俺の名前を聞いた途端、盗賊の一人が怯えた声でそう言った。

『くっ、コノヤロウ!』

何を焦ったのか。

無闇に一人で攻撃してきた。

怯えている所為で肩に力が入っている。

無駄な力は、無駄なリズムを呼ぶ。

盗賊の振るった剣は――俺に向かって振り下ろされた。


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「ア、アルフレド、さん?」

いきなり僕たちを襲った盗賊の一人が、声を上げながら剣を振り下ろしている。

だが僕は目を見開いた。

彼は避けようともせず。

反撃しようともせず。

その場を動く気配すらしなかった。

「(低級魔法を……)」

魔法を発動しようとするが、肩を掴まれる。

「ディーネさん、何で?」

「安心しろ。奴は馬鹿だが――」

彼女はそう言いながら、視線を彼に向ける。

僕はそれに釣られて彼を見た。

「――フンッ!!」

『ば、ばかなっ?!』

力一杯に振り下ろされた剣は、確実に彼の身体に触れていた。

斬られても可笑しくないのに。

彼の様子は変わらない。

その代わり、盗賊が一歩後ずさる。

「――実力は本物だ」

その様子を見て、彼女はさっきの続きを言った。

「あれが傭兵……アルフレド・ディヴァインだ」

「すごい……」

僕はそれしか言えなかった。

そして僕は憧れた。

憧れて。

僕は彼の背中をずっと眺めた。

剣を背負うその背中に僕は、とても魅入みいられたのだった――。



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