第12話「旅立ちの一歩」

――はぁ、はぁ、はぁ……。

一つ、二つ、三つ……時が経つたびに身体が跳ね上がる。

全身が脈を打ち、鼓動が聞こえる。

身体が熱く、血が沸騰ふっとうするかのようだ。

全身が麻痺まひしている。

下を見た時、僕はそれを理解した。

何故汗がこんなに出るのか、何故こんなにも身体が熱いのか。

暗い暗い世界の中で。

僕は……――。

一本の剣に身体を貫かれていた……。


「……うわぁぁああ!!……はぁ、はぁ、はぁ……」

叫びながら起き上がり、僕は自分の身体をあちこち触る。

どこかに異常がないかというよりは、見た物が本当か嘘かを見抜く為に。

夢……――?

しかしどこにも大きな外傷はなく、あるのは何かを殴ったような跡が手にあるだけだた。

キョロキョロと周囲を確認すると、僕の傍らで寝息を立てている人物がいた。

机に突っ伏す受験生みたいな格好で、ベッドの傍らで眠っている。

「……ここは」

どうやらここは、エルフィの部屋のようだ。

また借りる事になってしまったようだ。

でも何で僕は、こんな所で寝ているのだろう?

『ん?起きたか、小僧』

吹き込む風と共に来た声。僕はゆっくりと窓の方に顔を向け、その人物を見て思い出した。

背中に背負った大剣が、忘れた頭へと記憶が甦る。

「……お前っ!」

『おおっと、そう身構えるな。俺はお前と喧嘩するつもりはない。信じてくれ、ディーネの新しい主人』

男は身振り手振りでそう言った。

さっきと空気が全然違って、ピリピリした雰囲気が皆無だった。

「……」

警戒を解かず、僕は魔方陣だけを展開する。

属性は水、性質は斬撃――発動速度、約十秒……。

頭の中でイメージを思い浮かべ、小規模の魔力を生成していく。

『おいおい、待てって。お前もたぬき寝入ねいりしてねぇで止めろよ、ディーネ!』

「……ふわぁ……狸寝入りとは失礼な。少し前までは普通に寝ておったわ」

男は慌てて僕を止めろとうながすが、彼女は欠伸あくびをしながらのんびりと伸びをしている。

「ウンディーネ、下がって下さい。その人は危険ですよ」

「我が主よ。この男は確かに危険なヤツじゃが、真っ直ぐなヤツじゃ。落ち着け」

「…………分かりました」

少し悩んだ末、彼女は信用に値するので指示に従った。

だけど僕は、彼の警戒は外さなかった……。

『はぁ、だいぶ警戒されちまったなぁ』

彼はそう言いながら、後頭部に手を当てる。

「自業自得じゃよ。誰だって腹を刺されれば、警戒するだろう」

彼女は水を飲みながら、目を瞑ってそう言った。

彼はその言葉を聞いて、やれやれと言った表情をしている。

「僕、やっぱり刺されたんですか?!」

「だから落ち着け。あとやたらと魔方陣を展開するな!」

怒られてしまった――。

納得はいかないけど、ここは彼女の言うとおりにした方が良さそうだ。

「あ!サツキ、起きたんだ!良かったぁ!」

「シルフィ?!うわっ……」

目が合った瞬間、ばたばたと羽をバタつかせて飛び込んできた。

勢いがあった所為で、軽い衝撃がおでこにぶつかる。

「ごめん」

「いや、僕こそ……」

ぶつかった場所を抑えて、二人してうずくまる。

「何しとるんじゃ、お前たちは」

そんな僕たちに冷たい声が掛けられる。呆れたのか、溜息を吐いている。

そこまで呆れなくても……。

数分後――。

一つのテーブルを囲むようにして、僕たちは向き合って座っていた。

「さて――まずは自己紹介といこうか、なぁ?我が主よ」

「僕に言われても困るんだけど」

『んじゃ俺からにしといた方が良さそうだな』

そう言って、彼は姿勢を正した。

胡坐あぐらではあるが、背筋をピンと伸ばしていた。

『俺の名は、アルフレド。アルフレド・ディヴァイン、傭兵ようへいをやっている者だ』

やや低い声で、彼はそう自己紹介をした。陽気な人なのだろう。

見た目は中年だが年相応と言えるだろう。

「――じゃあ次はシルフィだね!シルフィはシルフィだよ。このアルフの森に住んでるフェアリーの一族だよ」

『へぇ~、だからそんなちっこいのか』

「むぅ~、ちっこい言うな!」

『あだっ!痛てぇ、痛てぇって!』

どうやら、シルフィのデリケートな部分に触れたようだ。

目の前で何発か蹴られ続けている。

シルフィの蹴りは、意外に来るものがある。痛がる気持ちは分からなくはない。

僕も最初に蹴られてるし……。

「次は私だ。言葉遣いを変えてるのも疲れるから、普通に話すとしよう。水の大精霊ではあるが、真名はディーネ。ディーネ・ホルステインだ。まぁ今は精霊として生きてるがな」

「今はって事は、昔は人だったんですか?」

「そうだ。今更ではあるが、少々言葉遣いを作るのは大変でな。人だった頃の話し方でいかせてもらう」

「はあ、そうですか」

何がなんだか分からないから、僕はそう生返事になってしまう。

本当に今更なんだが、何故変えてたのだろうか。メリハリとかだろうか?

「メリハリではない。ただの趣味だ」

「僕の思考を勝手に読まないで下さい!」

腕を組んでいる。しかもドヤ顔するほどでもない気がするのは、僕だけだろうか。

そう思ったが、深く考えないで置く事にしよう。

――あと、趣味ってなんだ。

『やっと本名を明かしたか。何を隠していたんだか』

アルフレドさんが、手を上下させて言っていた。

「えっと、気にはなってたんですけど。どうしてアルフレドさんは、その本名を知っているんですか?」

僕は気になった事を聞いてみた。

アルフレドさんを信用するには情報が少ない。

だから聞きたい事は聞くべきだと思っての行動だ。

『ん?あぁ、ディーネは俺の元相棒だよ。なぁ、ディーネ』

「気安く名を呼ぶな、たわけが」

そう言って、彼が近づけた顔を彼女は引っ張る。

仲が良いのだろう。そう思えるから、様子を見て自然と僕は笑った。

『んで、お前は何て言うんだ?小僧』

「小僧じゃない。僕は皐月って言います」

『へぇ。皐月、ねぇ……なかなか面白いモノ持ってるから、何者かと思ったがよ。見た目はどう見ても、俺と同じ人族なんだよなぁお前』

目でそうだろ?と言いようにして、アルフレドさんはディーネを見る。

「あぁ。だがお前みたいに筋力馬鹿ではなく、特殊な体質の持ち主だろうな」

『まぁ俺も、あれには驚いたぜ』

「……?」

何やら考えるような素振りをする二人。その様子を不思議に思い、僕は首を傾げる。


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それは数時間前――。

アルフレドが振るった剣は、確かに私の目の前で彼を貫いた。

「……っ!?サツキィィイイ!」

慌てて駆け寄り、倒れた彼の様子を確認する。

腹部を貫かれ、呼吸が荒い状態で、とても長くは持つわけがない。

早く治癒魔法で傷をふさぎ、体内の魔力を回復させなければいけない。

「おいおい、ディーネ。たかが小僧に情けなんて」

アルフレドは私の肩を掴んでそう言ったが、私はその手を力強く振り払った。

「お前は黙っていろ!それ以上話せば、その喉を掻っ切る。――死なす訳にはいかぬ。この者は、まだ何も知らんのだぞ!私はこの者を頼まれたんだ。死なす訳にはいかない」

アルフレドは何も言わず、困惑した表情を浮かべていた。

「……分かった。とりあえずここじゃダメだ。――運ぶぞ」

そう言って倒れた彼を抱え、シルフィと合流して治癒を求めた。

生憎私には、治癒魔法の心得はない。

神族の中でも、最も癒しの力を覚えるエルフとフェアリーの一族。つまりは彼女たちにしか、頼れる者はいなかった。

だが私たちの治癒は何も聞かず、彼の傷は治る事はなかった。

のだが……――。


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「でも傷なんて、どこにも……」

僕が聞き返すが、彼女たちは全員顔を見合わせていた。

そして少し考えてから、ディーネは口を開いた。

「塞がったんだ。傷が、勝手にな」

「塞がった?」

「あぁ。通常の治癒魔法掛けた場合、魔法の持続時間に伴い、修復出来る範囲も狭くなったり広くなったりする。だが君の場合は、それが通用しなかったのだ。通用しないだけなら、まだいい。しかし君の受けた傷は致命傷だったはずだ」

そう言いながら、彼女は視線だけをアルフレドへと動かした。

「あぁ、確かに貫いた。そして俺の大剣は、魔力で威力も上げている。一振りで堅い鉄の塊でさえも砕けるほどの威力だ」

彼は剣を鞘に納めたまま、ベルトを外して立てて言った。

アルフレドの身長はかなりある。それに従って座高もあるはずだ。

だが剣は容易にその身体の大きさを超えている。力強く、長い剣だった。

「だがそれにも関わらずだ。君の身体が受けた傷は、何も魔法を発動していないのに回復したんだ。自分で、誰にも手を借りずにだ。ここにいる私たちだけが、それを目撃しているが――正直驚いた」

ディーネはそう言っているが、僕自身がその話を聞いて驚いている。

傷が手を借りずに治る?そんな事があるのだろうか。

だが僕は信用するしかないようだと分かっている。

この場にいる僕以外の表情、仕草の全てが嘘を吐いているようには見えないからだ。

「――それで、だ。お前、傭兵になる気はないか?」

「はい?」

「はぁ……(あぁ、こやつまたか……)」

突然言われた一言は、場の空気を一変させる。

やる気満々の表情を浮かべている彼一人を置いて、僕とシルフィは頭上に「?」のマークが浮かび、ディーネは一人頭を抱えていた。

小さい身体が僕の顔の周りを飛び回り、やがて肩に止まる。

「……ねぇねぇ、サツキってこの人に刺されたんだよね?」

シルフィはそう耳打ちしてきた。つんつん、とついでのように耳たぶを触っている。

「そのはずだけど……。あとくすぐったいからそれやめて」

「は~い」

「それでアルフレドさん、僕を傭兵に誘う理由は何ですか?」

その瞬間、ニヤリと彼は笑みを浮かべる。その質問を待ってましたというように。

「――決まっている。お前は『オルクスの民』を知っているか?」

「……っ!?」

その言葉を聞いた瞬間、僕の中で何かが動き出す。

――オルクスの民。

このワードが出た時の事が、頭の中で映像化される。凍てついた空気を纏う彼女が、口にしていた言葉。そして、彼女を連れて行った者の名だ。

「……ふっ。顔色が変わったな。俺も遠くから観察していたが、あれは本物だ。オルクスってのは国の名前じゃなく、その集団のおさの名前だ。国や種族の中には必ず、それを纏める王様みてぇなヤツがいてな。それがオルクスだ」

「良く調べているじゃないか、お前にしては」

「余計な口を挟むなよ、ディーネ。お前と俺が組んでた時、お前が散々に調べさせやがったからだろうが」

口論が始まりそうだから、僕も気になった所を聞く事にしよう。

「あの、ちょっと良いですか?――ディーネとアルフレドさんって、精霊契約をしていたんですか?」

「おい、我が主!こやつには『さん』を付けといて、何故私だけ無しなのじゃ!それに私の真名を軽く呼び捨てにするでないわ!」

指を差して、そんな事を言ってくる。

「えっと、じゃあウンディーネさん?」

「それだと契約前と変わらん!もっと工夫しろ!」

そんな無茶な事を言われても……。本当にキャラを作ってたんだなぁ、この人。

でも契約した時に出来た契約紋けいやくもんは、刺青のように刻み込まれている。

だがそれを本物と思わせる理由として、彼女の魔力が直接伝わってくる。

彼女は紛れもなく、水の大精霊なんだろうな。

「――んでだ。確かに俺とディーネは、少し前まで契約をしていた。多少の繋がりがあったから、今回の案件は手を組ませてもらった」

「今回の案件?」

「オルクスの民についての調査と討伐。その任務を受けて、この森の様子を伺っていたが……まさか女王が殺され、あんな事になるとはな」

「それは分かりましたけど……何で僕?」

「精霊契約をした者は、冒険者になるのが多い。ならどうしても魔物との戦闘は避けられない。だがお前は契約した所為で、中途半端に戦える素人だ。アルフの森から出るにしても、出ないにしろ。戦う知識ぐらいは最低限必要だろうよ」

なるほど……。

傭兵になれば、エルフィがどこに行ったかのかが分かるかもしれない。

それに彼の言うとおり、僕はどちらかというと臆病な方だ。

戦いたくないにしても、さっきみたいに足手まといじゃ駄目だろう。

「――分かりました。その話、受けます」

僕は少し考えてから、そう言った。

「……よしっ、じゃあ早速明日出るぞ。オルクスを討伐する前には、まずは王都へ行くぞ。俺は、王都へお前さんを連れて行く事を森の連中に伝えてくるさ。準備が出来たら、声を掛けてくれ」

アルフレドが立ち上がって、部屋を出て行った。

外に出た後で、誰かと早速話している声が聞こえてくる。

「――じゃあ僕も」

「……待ってよ!サツキ、行っちゃうの?」

僕が立ち上がろうとした時、シルフィがくいっと髪の毛を引っ張ってくる。

ちょっと痛かったが、そんな事をす気にする暇はなかった。

シルフィが不安で、心配したような目でこっちを見ている。

「……大丈夫だよ、シルフィ。次ここに来るときは、エルフィと一緒だよ」

「うん……」

出来るかどうかなんて分からない。だけど僕は、彼女を連れ戻す。

「そう心配するな。私も同伴する」

「え?ディーネさんも来るの?」

「何だ?私が来るのは不満か?あともう少し呼び方をひねろ」

まだその話続いてたんだ。呼び方にそんなこだわる必要あるのだろうか。

だがそれよりも……。

「ディーネさんは出る訳にはいかないでしょう。だってこの森の守護精霊なんでしょ?」

「……あれは嘘だ。オルクスの民が一族の中にいた事は知っていたが、誰かは判明出来なかったからな。皆の前では嘘を吐かせてもらった。だから、問題はない」

ふふん、と腕を組んでドヤ顔をしている。

「分かりました。そういう事なら、大丈夫です」

その後、僕は森にいる人たちにお世話になったお礼とこれからの事を話した。

僕なりの最低限の礼儀だと思ったからである。

ボロボロになった服も、これから先の事を考えて取り替えてもらった。

旅人みたいな格好で、割と動きやすい。

一族の族長に泣かれて握手されたのが、一番びっくりしたけど……。

準備は出来た。

「――あ、本当に待ってた」

「お、やっと来たか」

アルフレドさんが立ち上がって伸びをしている。

「準備は、いいみたいだな。んじゃ行きますか」

そう言って、全身を舐めるように眺めてそう言った。

そのまま歩き出し、背中を向ける。

この一歩で、森から出る。

僕にとって、これが始まりだ。

何が出来るとか、何が起きるとかなんて分からない。

だけど後悔はしない。後悔しないように足を進める。

一歩、また一歩。僕が踏む地面の感触を忘れないように。

……僕は行くよ、リン。

待っててくれ、エルフィ――。


======================================


ガシャン、という金属音が響き渡る。

「――動いたか」

びた歯車が動き出し、空間がきしんでいく。

水面に映る少年の姿を見つめ、自分のいる場所を眺める。

カツカツ、と足音が近づいてくる。

「お待たせしましたわ、我が君」

「随分とボロボロじゃないか、風月の巫女ともあろう者が……」

「申し訳御座いません。取り逃がしました」

「構わん。奴は放っておけ」

準備は順調に進んでいる。

さぁ、数百年の歴史に終止符しゅうしふを刻もうではないか。

そして見届けようではないか。

――この世界の終焉しゅうえんを。

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