第11話「リン」

……僕は一体、何者なのだろうか。

僕は、そんな疑問を思い浮かべるしかなかった。

人は様々な物を発展させ、時には戦い、時には敗北し、時には勝つ。

そんな繰り返しの中で、時代は時代を重ねて、今という時間を作った。

平和であっても、決して何事も起きない訳じゃない。

人は誰でも間違いを犯すし、それは仕方のない事だ。必然なのだ。

他人を尊重してもなお、他人を軽蔑し、他人を羨み、他人を想う。

平気で嘘を吐き、平気で裏切り、平気でそれを隠す。

平和という調和の裏で、世界はこうも容易たやすく嘘を吐く。

いくら正義感を振りかざした所で、それは納得もされなければ、共感もされる事はない。

偽善――そう、偽善に過ぎないのだ。

だから僕は悟った。悟ってしまった。

積み重なっていったモノをどうすればいいのかを。

これは僕の物語。

幼い頃に光を失くし、人の闇を全て受け入れた僕の物語。

そうだな。まずは、僕の誕生から話すとしよう。

……神として生まれ変わる、この僕の物語を始めよう。


人とは何で出来ているのか、君たちは考えた事があるだろうか。

生物学的に聞いているのではなく、僕は、本質的に何で出来ているか聞いている。

例えば、彼のような人間はどうだろう。

人としては平均。だけど人知れず手助けをしたり、困り事を手伝っているという子供。

僕としては、こういう子供こそ、色々と不満を抱えていると考える。

何かを得る為には、何かを捨てなければならない。

それを考慮をした上で、もう一度良く彼を見てみよう。

頼まれ事を受けるにしても、どうして自分が頼まれているのか分からない。

でも期待には応えたいという願望。頼まれ事を成功しなければ、嫌われてしまうかもしれないと考える少年。

ストレスはストレスを重ねていき、挙句の果てにその身を食い潰す。

人間自体、曖昧な生き物であるから問題はない。

何億人という人間が世界にはいるのだから、困り事は誰かが解決してくれるだろうと思い、だがいざそれが自分の局面へやってくると、非常に他人を当てにする。

僕はそれこそが、人間の本質だと思っている。

僕は神である以上、その世界にいる住人には干渉しないルールがある。

だがこの世界にいる時の僕は、ただのストレス体でしかなかった。

無闇に人ごみに入り、好かれたと思っていた矢先に裏切られる。

遊ばれて遊ばれて、手の平の上で、一生踊らされる毎日に一体何があるのだろう。

心も身体もボロボロになりながら、生きろと告げられるように背中を押される。

それは呪いだ。僕はそんなもの望んでいない。

でも身体は言う事は聞かず、死ねないまま数年が過ぎていくのだ。

笑えてしまうのだ。

いっその事、すんなり居なくなれたらいいのに。

そんな事を考えた瞬間、世界が変貌したのだ。

振り下ろされる剣も、踏みつけられる足も、全てが静止した。

色もなく、音もなく、ただ自分の鼓動だけが聞こえる世界。

そんな世界に僕は、足を踏み入れた。

生まれた世界ではなく、別の世界。

吹く風は荒く、大地を荒れ果て、あるのは自分の熱のみ。

その世界では、僕以外、他の生物など存在しないのだと知った。


それから数日後、僕は自分の状態に異変を覚えた。

何も食べず、何も飲まずにもかかわらず、少しも衰弱しないのだ。

これは異常だと悟り、何かを口にしてみようと考えた。

だが結局、何も見つけられなかった。

見つけられたのは、廃墟のような建物と誰かが居たであろうという痕跡。

そして、数々の人骨だけだった。

かつてその世界には、人が生きていた事は分かった。

だけどそれはもう遠い昔のように思えた。

やはりここには、自分しかいない。

その時、僕は初めて負の感情を外へさらけ出した。

泣いて、鳴いて、啼いて、毎日飽きずに空を見て涙を流した。

誰かに会いたい。

誰かと話をしたい。

誰かに触れたい。

そう願った瞬間、一つの奇跡が起きた。

崩れ落ちた僕の身体の下で、植物の芽が出たのだ。

僕は笑った。

笑って笑って、またもや泣き始めた。

そして数十年――芽は育ち尽した。


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「リン、こんな所で何をしている?」

「ん~?考え事だよ。何か用かな?クロ」

神殿の中で、背後から声を掛けられる。

天界にあるこの神殿は、宝玉さえあれば下界の様子が観える。

ボクの役目は、監視と審判。

監視は下界の住人を見て、行く先を見守る事。

審判はその住人の行く末、通る道の分岐を決める事。

簡単に言うのならば、生きるも死ぬも、ボクの手で決まってしまうという事だ。

「たまには世界樹の水をやったらどうだ?お前がしなくなって、もう十年だ」

「十数年如きじゃ、あの大樹は枯れないよ。なにせ、この天界の樹だからね。ボクが上げなくても、勝手に誰かがやるでしょ?ボクの役目は、今はこっち」

「……そうか」

彼はきっと、目を瞑って返事をしているだろう。

そして、ゆっくりとボクと背中合わせに座った。

目を瞑るのは、ボクの選択を目視しない為。ボクの仕事に邪魔をしない為だ。

彼は時と時空を司る神であるから、ボクの領域へは介入してはならない。

それは他の神様も一緒である。ボクからも彼の領域には介入しない。

だが天界は、下界とは違ってこの距離感が良いとボクは気に入っている。

「考え事というのは、昔の事か」

「……うん。クロ。こうして世界を観ているとね、ボクはいつも思い出しているよ」

「――私は何も言わない。言ったところで、お前の事はお前でしか理解など出来ん」

それはキミも一緒だよ、クロ……。

ボクは手を動かしながら、そんな事を心の中で呟く。

「――っ!?」

突然、鼓動によってボクは動きを止める。

「ん?どうした?何かあったのか」

背中合わせにしていた彼は、何があったのかと背中から離れる。

「……な、んで?」

「これは……どういう事だ!?どうした、リン!」

ボクにはもう、彼の声など聞こえなくなっていた。

目の前で起こっている事は、理解など出来ないし、理解したくもない。

観えている景色の中の一つにそれは映り、ボクはそれから目を離せないでいたからだ。

だがここで審判してしまったら、それは永遠に戻る事はないのだ。

それが決して、大事だとしても、選択はしなければならない。

「どうした、リン!おい、誰か来てくれ!」

「…………」

静かな呼吸だけが、ボクの耳に入ってくる。

――そうか。やっと分かった。

ボクが思い出していた記憶は、この為の伏線だったのか。

そう理解した瞬間、ボクの身体は徐々にブレた映像のように揺れている。

ごめん、皐月――。

また会おうって約束は、果たせそうにないみたいだ。

でも最期に一つ、ボクからプレゼントとしてこれを受け取って欲しい。

ノイズに揺れながら、ボクは手を伸ばしていく。

だんだんと灰色になっていく視界は、仮説を確信へと思わせていく。

「生きて、欲しい……さつき……」

ボクの手は向こう側の彼に触れた時、身体全体にノイズが走った。

鍵の付いた鎖が、順番に解かれていくように。

身体の力が、どんどん抜けていく。

「……リン!……リン!」

遠い所から、ボクを呼ぶ声が聞こえてくる。

誰かがボクの顔の上で、名前を叫んでいるのだけは分かる。

だけど何も見えなくて、世界がかすみきっている。

この気配、もしかしたら、クロが運んでくれてるのかな。

だとしたら、ボクはまた迷惑をかけてしまったみたいだ。

「聞こえているか、リン。約束通り、お前をここへ運んだぞ?」

暖かい……――。

ざわざわと草木が触れる音が、その場所を理解させてくれる。

やっと聞こえてきた音が、こんなに安心出来るなら、もう目を瞑っていいかな。

「……あ……とう……く、ろ……」

「――っ!?……くっ……」

目を瞑ったら、懐かしい風景がそこにはあった。

それは大きくて、暖かくて、何よりの支えだった。

たった一人きりで、この天界を作ったボクの最初の友達。

そうだな。

最期ぐらいは、キミの根元でねむるとしよう。


――今までありがとう。ボクの世界樹ともだち

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