第10話「剣を持った男」

アルフの森の中で、リンは枝にぶら下がり、ウンディーネは大樹の寄りかかっている。その間に挟まれるようにして、僕は地面に座っている。

『さて、ウンディーネ。ボクが何故ここに来たか話してあげよう。そもそもキミが皐月に変な事をしたり、あの子をちゃんと見張っておけばなんとかなったはずなのにさ。まぁボクは神だから、その行いを許してあげなくもないけど――』

「前置きが長い!さっさと話せば良いじゃろう」

『あ、そう?』

確かに前置きが長かった。僕も間に挟まってるから、出来ればバチバチと睨み合わないで欲しいなぁ。

『だいたいキミ、最初の登場から若干キャラがブレてるからね?』

「なんの事だかさっぱりじゃよ」

言葉の通りで、ウンディーネはジト目で見ている。

キャラって……。

『まぁいいや……キミがキスされた時、流されたのは確かに毒だよ』

「でも毒って……」

僕は喉に触れながら言葉を飲んだ。もしそれが本当だとしたら、僕はどうして……。

『キミが思ってる毒と、ボクが言っている毒とはまた別だよ』

「べつ?」

『それは』

「それはお前の口からではなく、私から話そう」

そう言って、ウンディーネがリンの言葉を続けた。

「――あの時は接吻とはいえ、確かに私は我が主に毒を流し込んだ。だが誤解はしないで欲しい。私はただお前の正体を知りたいが為の行動なのじゃ」

『誤解も何も無いと思うけど?――流されたのは液体だけど、その中に彼女のマナが混ぜられてたんだろうね』

「マナを混ぜる?それが何で毒なの?」

僕の疑問をリンの代わりにウンディーネが答えてくれた。

「――何も契約していない者は、身体のつくりが追いついていない。知識も経験もない体内に無理矢理、マナを流し込めば……確実に拒絶反応を起こす」

彼女の説明によれば、僕の身体には魔力の量は他の人より多いらしい。だけど多いにしても、僕自身は魔法についての知識もその力の扱い方も知らない。

ましてやあの時は、彼女との精霊契約はしていない状態だ。

それの所為もあって、無闇に流し込まれたマナは拒絶反応を起こし、循環出来ずに暴走したようだ。

だから身体が熱くなり、血が過敏かびんに反応したらしい。

今は精霊契約しているおかげで、イメージさえすれば理解が出来る。

僕が使える魔法の種類、発動時間、必要な魔力の量……様々な情報が分かる。

「……それで。多忙な神が、結局何しに来たんじゃ?」

『あ、そうだね。そろそろボクも戻らないとだしね』

そう言いながら枝から飛び降り、僕の前へと着地する。

『皐月。キミは、これからどうしたい?』

……――??

僕は咄嗟とっさの質問を聞き、首を傾ける。

『キミはこの世界に生まれ変わった。ここはキミを忌み嫌ったり、存在を否定する者はいない。キミが忘れてもなお、微かに覚えているであろう記憶。あれを引き金にしたキミの能力は、確かに特殊でいびつなものだ』

「……」

そう、僕の能力は特殊。歪なもの。

それは確かに間違いはないはずなのだ。でも――。

『でもキミには、逃げずに前へ進める力がある。なにせボクの友達だ。負けず嫌い仲間として、ボクはキミを認めているし気に入ってる』

「負けず嫌いって……」

認めるけど……。

『キミは優しい。ボクはともかく、どうやらキミは彼女を恨んですらいないみたいだしね。これからをどうするかは、キミ自身で決めるといい。キミの人生だ』

そう言って、リンは徐々に浮かんでいく。

「……また、会える?」

『それは正直分からない。でもボクはキミをいつでも見ているよ。そして応援してる。それだけは、忘れないで欲しいな。まぁ、記憶を操作してたボクが言うのもあれだけどね、あはは』

リンは笑いながら、深呼吸して目を細める。

『キミに一つだけ、聞きたい』

「何、かな?」

『キミは今、後悔してるかな?ここに来た事を』

僕は少し考えてから、小さく首を振った。

短い間に色々ありすぎて、整理出来てないっていうのが本音だ。

けどそれは、建前かもしれない。僕は多分……誰かに必要とされたかったのかもしれない。

精霊契約をした時、ウンディーネの考えが頭を過ぎった。それを聞くにはまだ早いと思う気がするけど、今僕がしたい事があるからここに居られる気がする。

言葉が曖昧で、考えも浅はかかもしれないけど……。

「後悔はしてないよ。第一の目標が出来たから、僕はこれから後悔しないように進むだけかな」

『ん……へぇ、その目標って?』

その言葉を待っていたかのように、リンは口角を上げた。

誰かが笑っていられるのなら、笑っていてくれるなら、なんだってする。

それが、僕が決めたルールだ。

「君が言ったんじゃないか、リン。この能力ちからは使い方次第って。なら僕はそれをするだけだよ」

『……良い目だね。迷いはない。――じゃあ、水の大精霊?彼の事、頼んだよ。契約者なら、問題はないでしょ』

「はぁ……どのみちそのつもりじゃ。心得ている。――うけたまわった、神よ」

それ以上の言葉は不要。それを見極めたのだろうか。

お互い何も言わずに、安心したような表情を浮かべている。

最後にリンと目が合って、ゆっくりと彼は姿を消した。

彼が消えた瞬間、暖かい空気が消え静寂が訪れてきた。笑顔は浮かべたが、何やら僕は少しだけど……寂しさを感じたのだった。

「――さて、準備しようか。我が主よ」

少し間を置いて、ウンディーネが歩き出す。

僕はゆっくりとした足取りで、彼女の背中を追った。

アルフの森の状態は穏やかだ。とても数日前にあんな事があったとは思えない。

静寂は静寂を呼んで、空気は空気を作っていき、時間は時間を呼ぶ。

時間が経過すればするほど、それは今ではなく過去になっていく。

今があるのは過去があってこそだが、これはこれでさびしいのだ。

時間は元には戻らないし、失ったモノは返って来るはずも無い。

偶然も重なれば、必然となる。そういった積み重ねが、新しいモノが生まれていく。

「ねぇ、ウンディーネ」

「なんじゃ、我が主」

気づけば僕は、彼女に話しかけていた。歩きながらだが、彼女は顔をこちらへ向けてはいない。言葉だけなら、振り返る必要はないからだろう。

だから僕は足を止めて、言葉を続けた。

「……教えて欲しい事があるんだ。他でもない君に」

「私に答える事が容易な物なら、なんでも答えるぞ。我が主よ」

振り返り、彼女はそう言った。察してくれたのだろう。

身体全体がこちらを向いている。

「まずは、君は僕の事……どう思っている?」

「どう、というのは?第一印象の事か、それとも君自身の存在の事か」

彼女は腕を組みながらそう言った。

「第一印象は気になるけど、出来れば後者かな。僕の存在はどう思う?」

あぁ、自分で聞いていてなんだか気持ち悪い。

人に自分の存在を何と聞くのは、決して気持ちの良い事ではない。

肯定だってされれば嬉しいし、逆に否定されれば傷つく。

だから人は皆、相手にどう思ってる?なんて滅多に聞かないのだ。かつての僕のように。

「…………そうじゃのう。正直に言うと、わからん」

「は?」

しばらく考えて、異様に溜めていたから覚悟していたのだが、予想していない答えが返ってきてしまった。

「だから、『わからん』と言ったのじゃ。大体君は、最初から不思議じゃ。この世界において、人の名は最初に来るものなのだが君は違った。その時点で普通じゃないと思ったが、それ以外にも普通のものとは違って魔力の量が多いのも気づいておった。がしかしだ……これっぽっちも魔法も使えぬ素人と来たもんだ。いやーあの時は驚いた驚いた。あまつさえ君の身体には、何やら不思議な匂いもしていたしな。まさかとは思っていたが、まさか神と通じていたとは思いもしなかったゆえ――」

「ちょーっと待って!」

「ん?なんじゃ?」

僕は焦りを覚えて、彼女の事を制止した。

「なんじゃ?じゃないです!いきなり饒舌じょうぜつに話さないでください!最初のキャラがブレてるってリンも言ってたけど、それほどとは思えなかったです!変わりすぎて引くレベルです。驚きで言葉を呆気に取られたじゃないですか!?」

――疲れた……。

「その割には君、見事な早口じゃな。本来私は『おしゃべり』じゃ。イタズラ好きと言われておるが、イタズラ好きはシルフィの方じゃ。話し相手がエルフィとシルフィしかいなかったゆえ、こんなに話すのは久しぶりでな」

「笑いながら言わないでください。もういいです」

はぁ……――。

何かと誤魔化された気はするけど、僕の精神が持ちそうに無い。

「――ところで我が主よ」

「ん?何ですか?」

「……君の『目標』とやらを聞かせてはくれまいか?盗み聞きしとる奴も含めてじゃがな」

「――っ!?」

そう言って、彼女は氷の刃を創り出した。そしてそれを横一直線に放った。

大地に衝撃が走り、鳥の鳴き声が空に響いていく。

『おいおい。いきなり物騒なもん飛ばしてくるなよ、ディーネ』

充満した砂煙の中から、男の声が聞こえてくる。

咄嗟に気配を探り、敵の数を確認する。

数は……――一人だけ?

「私の真名しんなを気安く呼ぶな。たわけが」

真名?

ディーネっていうのが、彼女の本当の名前なのだろうか?

でも彼女は水の大精霊で……。

『そんな釣れない事言うなよ、ディーネ。俺とお前の仲じゃないか』

その男の動きは素早く、砂煙の中からまっしぐらに彼女の目の前に現れた。

そして男は彼女の腕を掴み、首元へと剣先を突きつけた。

彼女は周囲に魔方陣を張っているが、首元に剣を向けられている為、発動が出来ない。

万が一発動しようとすれば、男の行動の方が速いからだろう。

僕はその二人の動きに反応出来ず、身動き一つ取れないでいた。

「…………(なんとかしないと)」

そう思っても、身体全体が棒になったように機能しない。

指を動かそうとしても、足を動かそうとしても、何も動かない。

ただ出来るのは呼吸だけ。だけど目だけは、彼女たちから逸らす事は出来なかった。

『んあ?何だお前……魔力の量が上がってるじゃねぇか』

「この手を離せ。外道……」

『そんなに睨むなよ、ディーネ。綺麗な顔が台無しだぜ?まぁそういう顔も悪くねぇけどな』

へらへらと笑いながら、男は彼女に剣を向けたままだ。

「(聞こえておるか、我が主)」

「……っ」

頭の中で声が響く。

「(聞こえておるなら、動かずそこにいろ。ちょうどこやつには、君の姿など見ていない。私が隙を作ってやるから、その時は逃げろ)」

――そんな事、出来る訳が無い。

彼女の言葉を聞いた瞬間、咄嗟にそう思った。

僕は小さく首を横に振る。

だがその選択は、その時は間違っていた。

「……くっ……(迷うな!こやつは強い。そう長くは持たんからな!)」

逃げたら僕は……――!?

『どうやらネズミが一匹……』

気づけば男は、僕のすぐ目の前までやってきていた。

瞬きの一瞬で、たったの一歩。

『……死にたがりがいたようだ』

「……っ!?」

息もする間もなく、声も出す暇もなく。

そのたった一歩だけで、その距離は詰められた。

僕の身体は――その刃に貫かれてしまったのだった。

その穏やかで、静寂で、暖かい空間の中。

その瞳を紅く染めて。

倒れていく僕の視界には、

目を見開いている彼女の姿だけが、ただ揺れていた――。

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