第9話「契約者」
朝の日差しが、空から降ってくる。
小さい寝息が、枕元から聞こえてくる。
僕は起き上がり、今いる場所を確認する。
どうやら教会の中で、僕らは寝てしまっていたらしい。
「ん、起きたか。我が主」
誰かと一瞬思ったが、ウンディーネさんだ。
水の大精霊であるはずなのだが、あれ以来、エルフのような容姿にしているらしい。
「その呼び方、定着してるんですか?」
「少々気に入っておる。我が主はそれらしく、敬語は抜きにするがよい」
「その割には、上から物を言うんだね」
掛けられた毛布を外そうとしたら、彼女に手で遮られた。
そのまま水を受け取り、僕は一口だけ飲んだ。
自分の身体を見てみると大して外傷はないものの、身体が重く感じる。
彼女からすれば、大幅な魔力の暴走による反動だそうだ。
『サツキ様。この度は大変なご無礼を……』
声に反応するようにして、僕は教会の奥へと顔を向ける。
僕が寝転がる場所を前にして、この森の人たちが頭を下げていた。
「えっと……」
軽くその光景に驚き頬を掻く。
どうやら僕は、このアルフの森の戦士となったみたいです。
それを説明するには、ほんの数日前まで
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「ぐっ……世の言う事を聞かぬとは、良い度胸よ」
胸を抑えながら、姿が変わってしまった風月の巫女が呟く。
彼女に触れた途端、何かに恐れるようにして距離を取っている。
『風月の巫女と言ったな。お前の目的は何だ!その娘は、お前には関係ない!今すぐその身体から出てゆけ!』
体力が消耗しているのか。風月の巫女は肩を上下させている。
僕が触れた腕が、何か侵食されたように黒くなっている。
「ふふふ。そう簡単に出て行く訳にはいかぬよ。やっと依り代が手に入ったのだ』
不敵な笑みを浮かべ、風月の巫女はそう言った。
僕の意識も完全に戻ったが、身体が少々揺らされている感覚がある。
気持ち悪い……――。
「大丈夫?サツキ」
「うん……」
シルフィが心配そうに顔を覗き込ませている。その顔を見て、大丈夫と伝えようとしたが無理があるようだ。
視界が霞み、身体が燃えるように熱い。おまけに足元がフラついている。
まるで風邪を引いてるみたいだ。
『風月の巫女よ。お前は何が目的だ?』
「二度目の質問は受け付けぬよ。答える義理もない。だがどうしても教えて欲しくば、そうだな――」
風月の巫女は指をさして、言葉を続けた。その指は僕に向けられていた。
「――その者を世に渡せば、教えてやらん事もない」
ニヤリと口角を上げて、そんな事を言った。
「ふざけないで!その体はエルフィのもの!だからその体をエルフィに返して!」
シルフィがじたばたしながらそう言った。
それは最も望む事だが、おそらくは無駄だろう。
『巫女様。ここは
何処からか現れた者は、そう言った。その姿は奇妙で、顔も口も隠している。
ローブを深く被り、そこには何もいないんじゃないかとも思えてしまう。
「オルクスの者か。……ふむ、よかろう。今回は依り代を持てた事だけを喜ぶ事にしよう。ではの、少年」
『黒き闇よ、血の雨を降らせ――ブラッドレインッ』
風月の巫女とそのローブの者の周囲に、黒く紅い針のような物が出現する。
彼女たちは自分の周りに球体の膜をつくり、徐々に空中へと浮かんでいく。
「ま、待って!」
手を伸ばして、僕はそう叫んだ。だが身体に力が入らず、その場に崩れ落ちる。
立っているのが辛い。だけど僕は手を伸ばし続けたが、小さくなった彼女の姿はとうとう消えてしまった。
そして僕は――意識を失った。
ただ一言、僕が彼女に触れる前に聞こえた言葉。
その言葉を聞いた瞬間、それで僕は涙を流したと今更ながら気づいたのだった。
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そして僕は意識を失い、今に至る。
あの時の彼女の言葉は、風月の巫女ではなく、彼女自身の言葉だと思う。
あれから約三日間……僕を看病してくれたようだった。
得体の知れない存在であっても、巻き込んでしまった事には変わりない。
疑ってしまったた事も含めて、お
『ささ、なんなりとお申し付け下さい』
「あ、ありがとうございます……はぁ……」
まさかここまで手厚く介抱される事になるとは思わなかった。
むしろ、手厚くされ過ぎて引く程だ。
「体の具合はどうじゃ?我が主」
「はい……じゃなくて、うん。大丈夫だよ、ウンディーネ」
僕はそう言いながら、立ち上がった。自分で体の調子を確かめてみても、特に異常は感じられない。強いて言うなら、筋肉痛のように体が固まっているぐらいだ。
「どこ行くんじゃ?」
「ちょっと散歩してくるだけ。心配しなくていいよ、すぐ戻るから」
僕は笑って手を振りながら、教会を後にした――。
……助けられなかったんだな、僕は。
歩きながら、そんな事を考えてしまう。皆から気にしてなくていいなんて言われても、目の前で居なくなられてしまったのだ。気にしない方が無理な話だ。
「……はぁ」
『お悩み中かい?』
「――っ!?」
突然聞こえてきた声を探し、見つけた声の主に目を見開いた。
『なに、その顔。鳩が豆鉄砲を喰らったような顔してさ』
彼は歩いて近寄り、そんな事を言ってきた。僕としては、この場合何て言えばいいかと考えていたのだ。ボーっとしてしまったのはその所為だろう。
「リン。――なんで、ここに?」
『本来ならボクはもう、キミと顔を合わせる事はないと思っていたのだけどね。ところがどっこい、これがまた難しい案件が出てきちゃってね』
リンは、やれやれと言わんばかりに両手を上げた。
……顔を合わせる事はないって、なんか言われて腹が立つな。
「難しい案件って?」
僕はちょっとしたムカつきを抑え、気になった部分を聞いた。
『それはねぇ……と言いたい所だけど、この案件はキミ一人に聞いてもらっても仕方がないんだよね――ねぇ、水の大精霊?』
「え?」
リンは僕の背後に向かってそう言った。僕はそれにつられるようにその方向を見た。
そこにはリンの言うとおり、ウンディーネの姿があった。
「あはは~……やっぱりバレたか」
困った表情を浮かべながら、彼女は後頭部に手を当てる。
だがこれによって僕は、一つの疑問が浮かんでしまった。
「えっと、リン。ウンディーネと知り合いなの?」
『キミも察しが良くなってきたね。その通り、と言いたいけどそれじゃ満点はあげられない。ボクと彼女の関係は、ごく簡単な仕組みで出来てるよ』
リンは身振り手振りしながら、言葉を続けてくれた。
『ボクは神様なんだ。そしてその役割は、監視と審判。そしてそれは、キミを送った転生させた時点でこの世界もボクの
リンは僕がいた世界から、この世界に転生させた事によって管轄が拡大。それに
つまり――彼が言っている事をその貴族的に説明するならば、僕たちはいわば国民でありリンはその国王であるという事。絶対的な地位にあるという証明だ。
その話を聞いていたウンディーネは、ムスっとした表情を浮かべていた。
「はぁ……お前を神だと認識出来る人間は、極少数じゃ。それを分かっていながら、よくもまぁそんな
『水の大精霊……今更そんな事言われても困るよ。ねぇ皐月――あの時どうして、ボクに向かって腕を伸ばしたんだい?』
リンは僕へと向き直ると目を細めてそう言った。
彼が言っているのはおそらく、あのウンディーネとの契約した時の事だろう。
「リン……。何を言ってるの?君から声を掛けたんじゃないか」
『そうだっけ?』
僕の言葉に、彼は
『――まぁキミはそれよりも、彼女との接吻の件も忘れているみたいだねぇ♪』
「うぐ……」
そう言いながら、リンは
そういえばそうだった。契約する前に僕は、彼女にキスされてしまったのだ。
色々な事が一気に来て、そんな事すら忘れていた。
『四大精霊の一人にキミは、随分と仲良くしてもらったみたいだね?無防備にも程があるよ、キミは。――あれをされなければ、キミにこんな早くボクと会う必要はなかったんだけど……お前の所為で台無しだよウンディーネ』
溜息を吐きながら、リンはウンディーネを睨んだ。
先程まで無邪気な子供のような表情が、ガラリと表情が変わった。それによって、彼が本当に神様なんだ、と思わせるほどの無言の圧力が存在していた。
リンの放つオーラの変化を察し、ウンディーネが臨戦態勢に
後ろに跳び下がり、ある程度の距離を作って警戒している。
だがやがて、リンが肩をすくめて口を開いた。
『――冗談だよ。ボクがこんな所で暴れたら、神様として失格だ』
はぁ……――。
動きを封じるほどの緊張の糸が
何はともあれ、何事も起きなくて済んで良かったとホッとする。
『ところでウンディーネ、キミはどうして彼に口付けを?自分の魔力を毒として流し込んで、ボクをおびき寄せたのは認めよう』
「え?毒?」
「…………」
その言葉を聞いて彼女を見たが、彼女は無言でリンを見ていた。
『でもキミの狙いは何かな?神であるボクをここまで引っ張ったんだ。答えを教えてくれないかな?――四大精霊が一人、元魔女堕ちのウンディーネ』
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「フレアよ~、妾は退屈じゃぞ~」
「文句ばかり言ってないで、とっとと歩いてくれ」
照りつける太陽。
枯れ果てた大地。
自然の豊かさの面影もないこの都市は、旧アトランティス。
彼女、ハーベストの調べによれば、数百年前まではこの大地は海となっていたらしい。
だがオレの足は、濡れずにこの場所を歩けている。
ハーベストの記録の中でも、オレの記憶と一致している部分もあれば、そうではないものもある。
記憶というのは様々な項目があり、脳がそれを機能させなければならない。
……人間の記憶とは、銘記、保存、再生、再認という四大機能で成り立っている。
オレの記憶は、一応機能はしている。
だが曖昧な部分も存在していて、何かと苦労が耐えない。
確か昔話に海に行った少年が、ある時帰ってきてみたら故郷が知らないものになっていた。なんていう話があった気がしたが、オレの場合はそれが当てはまる。
どの道、数十年数百年と長生きしているんだ。矛盾の一つや二つ、受け入れるさ。
「フレア~、休もうぞ!もう妾は疲れたのじゃ~!」
はぁ……――。
砂漠の上で寝転がってじたばたと、あいつは何をしているんだか。
彼女は形式上はオレの主人だが、根本的な主従関係の精霊契約とは違う。
精霊契約は、己の血を契約媒介で行う儀式だ。
だがオレと彼女のはその上の契約。
――悪魔契約。別名は闇契約。
己の血だけで契約する精霊契約と違うのは、二つ。
一つは、自分の血を使用して精霊との魔力共有を行う。これにより各種族は、その性質を見抜き使える魔法と属性を認知する。
通常は生後数週間で、各精霊が反応し小精霊を分け与える。
上下関係を有する必要があるならば、神、悪魔と天使、大精霊、小精霊、そして各種族という順でこの世界は成り立っている。
血で行う儀式は、いわば願いを叶える儀式といっても過言ではないだろう。
そしてもう一つの違いが――。
「フレア~!!!もう我慢出来んぞ!妾を抱えて、涼しい場所まで走るが良いわ!」
そんな理不尽な我儘と共に背中の上で重みがやってくる。こいつは人が考えてる時に邪魔しかしてこないんだな。昔から変わらん。
「分かったから。重いから降りろ」
「おもっ……ぐっ……お主今、妾を重いと申したか?」
「……あ」
これはまた、油断した。
デリケートな部分に触れたようだ。全く女という生き物は、いつの時代も分からん。
彼女が噛り付くまで、3,2,1……。
「かぷ……」
「ちょっとハーベスト・ブラッドフォールンさん。こんな砂漠の中心もとい、旧王都の中心でオレの血を吸わないでくれません?」
はぁ……。
聞いてないし――。
悪魔契約の最も違うモノは、知らない内に自分の全てを闇へ売る事。
つまりは、人という存在を捨てる事を意味する。
「フレア――客人じゃ」
「あぁ、そのようだ」
気配が一つ、目の前に現れた。
その者は闇に堕ちた者。氷のような冷たさと残酷なまでに空っぽな瞳。
さしずめ、魔女といったところだろう。
「何の用だ?オルクスの
彼女は笑みを浮かべて、オレに手を伸ばして口を開いた。
「――死ぬがよい。バースティア王よ」
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