第7話「力の使い道」

――わたしは、無力だ。

膝を抱き、暗い部屋でうずくまる。

『追え!絶対に逃がすな』

何事だろうか?――。

さっきから外が騒がしい。もしかしたら、お母様を殺した犯人がいるのだろうか?

わたしはそう思い、何かに引っ張られるように外へ出る。

『おお、エルフィ。大丈夫かい?』

「フレデリックさん……」

外へ出ると、母の従者であるフレデリックが何やら慌てた様子でこちらに駆け寄る。

『……エルフィ。私たちに命令を――あの余所者を始末せねば、このアルフの森に繁栄はない。次期女王はお前と決まっているのだ……お前の決断は、全ての者が従うだろう』

余所者?……彼の事だろう。

わたしの頭の中で、彼の笑顔が浮かび上がる。ここ数日、彼が来て何かが変わった気がしたのだ。でも彼が母を殺した?

わたしはそう思うにつれ、だんだんとわたしのなかで、何かがうごめいているのを感じた。

やがてそれはわたしの全身に絡みつき、まるで深い穴の中に堕ちていった――。

……許せない。許す訳にはいかない。

信じたくはないが、あの時すぐに離してくれなかった。すぐにお母様の下へ行きたかったのに、行かせてくれなかった。

許さない。

違う彼は。

許すわけにはいかない。

そんな事するはずがない。

あの笑顔は、嘘だ。

あの笑顔は、本当だ。

『さぁ、新たな女王――エルフィア・オル・バーデリア王女よ。ご決断を』

――やめて、殺さないで……。

ノイズが走り、何かが消えた。はもう迷わない。

「フレデリック。皆に伝えて――人族の者を殺せ」

『仰せのままに。我が君』

その声と共にフレデリックは地に膝をつける。それにならう様にして他の者たちも膝をつけた。


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「ぐっ……うぅうぅ」

激しく渦巻く水の中で、水の刃が僕の身体を切り刻んでいく。

「サツキ!……ウンディーネ様っ、サツキの身体が持ちません!契約をお止めください」

シルフィがそう叫ぶのが、小さく聞こえてくる。おそらくはこの契約を止めるように促しているのだろう。だがそれは――。

『それはならん。我ら四大しだい精霊との契約を途中で止める事はあってはならん。フェアリー一族の一部に過ぎないお前如きが、おいそれと中断していいものではない』

ウンディーネさんに一蹴いっしゅうされているようだ。

気持ちは嬉しいけど、僕もそれを望んではいない。

これは僕の覚悟を示さないといけない時だから……。

「でも……!」

シルフィが心配そうにこちらを見ている。僕は目が合ったと思い、小さく首を横に振った。

「サツキ……」

大丈夫と伝わったのか。彼女は胸の前で祈るように両手を握っている。

渦巻く水の根元に魔方陣が広がっていき、徐々に青い光が彼を包んでいく。

「マナが、集まってる?」

各種族の体内には「マナ」という魔力が存在するが、この世界の空気中にも「マナ」は存在するのだ。言い換えれば自然エネルギーと言ってもいいだろう。世界中のマナが青い光となり、水の大精霊という存在をかいして彼に集まっている。

『人族の者よ、聞こえておるか?』

僕の頭の中で声が響く。ウンディーネさんの声だ。

「(聞こえています)」

『契約は最終段階だ。我の後に続け』

「(分かりました)」

――われ、契約せし者。

――水の大精霊、ウンディーネの名のもとに。

――なんじ地水火風ちすいかふうを統べるものよ。

――血を喰らい、その身に全てをゆだねよ。

四節よんせつの言葉が頭の中に流れ込んでくる。苦し紛れに言った途端、そんな渦巻く水が弾ける。ゆっくりと地へ降りていき、僕の身体の一部――右手の甲に痣のようなモノが浮かび上がる。血で書いたように紅く、まるで刻み込まれたようだ。

「これは?」

『私との契約の証じゃ。堅苦しいのはもうやめじゃ』

ウンディーネさんは肩に手を乗せて、腕をくるくると回している。

今までの気迫が無くなり、初めて会った時のような口調に戻っている。

「サツキぃぃぃ!」

「うわっ、いきなり飛びついて来ないでよ!シルフィ」

シルフィが頬に飛びつき、僕の顔をポカポカと叩いてくる。

相当心配してくれていたようで、半泣き状態になっている。その様子を見て、僕は口元が緩んでしまった。

「あぁ~何笑ってるのさ、サツキ!」

髪の毛を引っ張られたり、ポカポカと殴られ続けている。

「ウンディーネさん」

『なんじゃ?』

僕は深々と頭を下げる。

「有難う御座います。この力、大事に使います」

『いちいち律儀じゃのう、お前は。もうそれはお前の力であって、私には関係ない。善に使うも悪に使うもお前次第じゃ。その力、お前は何に使う?』

改めて聞かれると答えに迷ってしまう。だが僕は、さっきの言葉を曲げるつもりはない。彼女を助ける――まずはそこから始める。ここから始まるのだ。

今まで出来なかった事、して来なかった事が色々ある。だからこそ、この力も、僕自身の能力ちからも……どっちも使い方次第だ。

自分の手を見つめて、僕は自然と口を開いていた。

「何に使うとか正直決まってません。ウンディーネさんの言うとおり、この力を善悪を決めるのは僕次第です。でも僕はこの力を僕自身の為に使うつもりはありません。我儘かもしれませんが、僕の力で誰かを笑顔に出来るなら――それで良いです」

『……そうか』

何かが伝わったのか、ウンディーネさんが笑顔を浮かべる。横に居るシルフィも笑顔を浮かべていた。

ちょっと青草かっただろうかと、気恥ずかしくなってくる。

「何かサツキって、優しい王様みたいだね!」

「そんな事ないよ。あはは」

真っ直ぐに褒められると照れくさい。

シルフィから目を逸らすようにして、僕は空を見上げる。

――リン、見てる?僕、ここから頑張るよ……。

自然と拳を空に掲げ、そう僕は無言で誓った。

契約した途端なんとなくだけど、水の系統魔法の使い方が頭に浮かぶ。魔法の質、魔法の発動速度。そして……何が起きるかという結果が目に浮かんでくる。

今は何が出来て、何が出来ないのかが分かる。身体のマナの流れも感じる。

あとは――。

目を瞑り、頭の中でイメージを作る。水の系統魔法の一つで、今はこれがこの場面で有効だと判断したまでだ。

――見つけた。

僕はそう思い、笑みを浮かべる。

『準備は出来たようじゃな』

「はい」

僕はそう返事して、静かにほくそ笑んだ。

「何かサツキ、悪者みたいな顔だ」

「否定はしないよ。散々追い掛け回されたんだ――さぁて、反撃開始と行こうか」

「あはは~。(目が笑ってない)」

僕がそう言うと、シルフィの顔が何やら引きつっている。何か可笑しな事言っただろうか。

槍投げられたり、矢を放たれたりしたんだ。多少の仕返しだって考えても、罰は当たらないだろう。『目には目を、歯に歯を』ってね。

ウンディーネさんやシルフィ程ではないが、僕も案外イタズラ好きと自覚する瞬間だった――。


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「やれやれ。一時はどうなるかと思ったなぁ」

酸素のない世界で、胡坐あぐらをかいてそう呟く。

地球ほどではないけど、この世界の星も、なかなかどうして青い。

水色が多いし、緑も多い。ロールプレイングゲームなら、このワールドマップは広大でやりがいはあると思う。

――人間個人に干渉してはならない。

その言葉が頭の中を横切る。

人間は愚かな存在だ。相手の顔や反応を見比べて比較しあったり、何が何でも比べたがる生き物だ。理屈は分かる。比較したい気持ちも分からなくはない。

だがそれは自分を基準にした考えであって、他の者と共有出来るものではない。

そんなものは共有を強いてはならない。

それをしてしまえば、他の可能性を見過ごしている事に気づけないからだ。

相手を思いやればやるほど、何をすべきかが自《おの』ずと見えてくる。

判断力、決断力、自尊心など様々で、自分なりの答えを出せるようになる。

だからボクは、たとえ愚かだったとしても、ボクは人間を嫌いにはならない。

むしろ興味があるし、面白い。

神様なんてのは本来、傍観者ぼうかんしゃに過ぎない。

何もしないし、何もするつもりはない。

だけどボクは、そのおきてそむいている。

何故かって?簡単な話だよ。

だってボクは――

ん……――?

ボクは下に居る彼が、拳を掲げているのが視えた。

それ確認したら、なんだか笑ってしまった。

見える訳がないけど、なんとなく手を振り返す。

そしてただ一言――ボクは言った。


――頑張れ、と。





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