第6話「血の契約を交わした者」
全ては連鎖で出来ている。
何かを得る為には、何かを捨てなくてはならない。
誰かを助ける為には、違う誰かを見捨てなくてはならない。
望んでも、叶っても――あるのは『死』のみ。
だが『死』は救済であり、一つの方法だと
でも妾は、『死』という
だが興味が無いといえば、嘘になる。
この世界の中で、生と死を選ぶ場面に出くわしたとしたら――妾は迷わず死を選ぶだろう。
……そうか。どうやら妾は、死というものを味わいたいのだと理解した。
数百年、数千年と時を経て。
妾は何を望み、何を捨てるのだろう。
何故ならばこの妾――ハーベスト・ブラッドフォールンは、死を知らないのだ。
魔族の寿命は、果てしなく長い。
長過ぎず、短過ぎずが妾は好きなのだが、寿命となっては我儘は言わないでおくとししよう。
「それにしても……」
退屈だ。実に退屈で仕方がない。
寿命が長過ぎて、とうに妾の時代はすっかり過ぎてしまった。
魔法という物が生まれたようだが、その研究意欲は既に消え去ってしまった。
数百年もあったのだ。極めてしまえば、何の苦労もないのだ。
ただの暇つぶしに過ぎない日々。
妾は退屈だ。
「――アンタ、真っ昼間からゴロゴロと……良い身分だな」
ふと聞こえた声により、妾は起き上がる。
起き上がった目の前に、懐かしき姿がそこにはあった。
鎖で身を纏い、全身を黒に包んだ少年。
鮮血の如く、透き通った瞳。
変わらない。
まるであの頃から、時が止まっているかのようだ。
妾と同じように……。
「随分と
「余計なお世話だ、アンデッド」
「アンデッドじゃと!?妾をあんな下等な者共と一緒にするでないわ!」」
この少年、無礼なのも全く変わっていない。
「はいはい。アンタの暇つぶしの成果を聞きに来たんだから、教えてくれないか?」
「何を誤魔化そうとしとるんじゃ!妾の成果の話?貴様に提供する事なぞ微塵もないわ!」
……あぁ、懐かしい。
久し振りの再会だ。
妾と契約し、人間を捨てた者たち。
その者たちの中で、最期まで忠誠を尽くさず、好き勝手に生きた少年。
人族でありながら、魔族との間に生まれ、片足を常にこちら側へ踏み入れた少年。
「悪かった悪かった。……ハーベスト・ブラッドフォールン――我が
「無駄に
「その割には嬉しそうにしてるじゃねぇか。体ちっこい癖に、素直じゃないのは相変わらずか」
「こ、こら!気安く妾の頭をポンポンするでないわ!貴様は妾の保護者か!保護者は妾の方じゃぞ?」
「はいはい。分かってますよ~」
そんな事を言っても、まだ頭をポンポンと繰り返される。
生返事とはこの事だ。
だがやがて手を止め、改めた様子になった。
「ただいまだ。ハーベスト」
ようやく言ってもらえたと思い、自然に口元が緩んでしまう。
妾は待った。
数百年――長かった。
退屈過ぎる毎日に今、終止符が打たれたのだ。
これ以上、嬉しい事はない。
妾は望んだ代わりに、時間というモノを
「おかえりじゃ。フレア」
このまま時を忘れ、この者と永遠を過ごす事を妾は望む。
その為なら妾は、どんなものでも切り捨てる事も
そう思っていたのだが――
「おーい、ハーベスト。出掛けるぞ」
「はぁ?!貴様は数時間前に帰ってきたばかりであろうが!もう少しゆっくりして、妾と過ごしたらどうなのじゃ!」
あろう事か。妾の期待は、数時間で砕かれてしまった。
「そういう訳にもいかなくてな。時間が足りないかもしれねぇんだ」
「何の話じゃ。妾には関係ない」
妾はフレアの顔を見ずに呟く。
「
「それはもしや、数日前から起きている予兆の話か?」
「お?知ってるのか。だったら流石に話がはやいな……」
何を当たり前な事を今更言っているのだこの男は。そう思っていても、妾自身も気にはなっていたから調べてはいたのだ。
その予兆が出現する度に地面を揺らされていては、おちおち寝ても居られない。
安眠の妨害じゃ、全く。
それにこの男、おそらくそれがここに来た一番の理由だろう。
所詮、妾はそのついでだろう。
ん……――自分で思って、何だかムカムカしてきた。
「おーい?聞いてるのか?」
「何も無いわ!知らん知らん!貴様が気になっている物の事なぞ、妾が話す理由は無いわ!」
「何いきなり怒ってんのさ。オレ、お前に何かしたか?」
この男は、乙女心というのが分からんのか。
数百年待った妾の事よりも、気になる事があるなど……万死に値する。
「ぐぬぬ……」
「何をムカついてんだよ」
「別に何もないわ、たわけが」
「何もないなら
「なら誠意を示せ」
「誠意って?」
「ん……」
妾はフレアに向かって目を瞑り顔を突き出す。
ここまでして分からなければ、流石に男としての存在を疑う。
この男は決して馬鹿ではない。
妾の意図に気づけば、妾をついでにした事は許してやらん事もない。
「はぁ……今は我慢してくれ」
「――むぅ……」
数秒待ったが、答えはもらえなかった。
頭を撫でられるのは嫌いではない。嫌いではないのだが、納得がいかない。
「……ばかものが」
「ん?何か言ったか?」
「何も言っとらんわ」
何が何だか分からないような顔をして、首を傾げている。
「はぁ……。考えるのは止める事にしようかの。貴様の知りたい事じゃが、一応調べはついておるぞ。ほれ」
本の山から一冊の本を取り出し、フレアに向かってその本を投げる。
だがフレアは、いとも簡単に片手でその本を掴んだ。
適当にページをめくり、探していたであろう目的のページで手を止めた。
「光の柱、ね。そんな風に呼ばれてるのか。あれは」
本を読みながら、そんな愚痴を
「世間ではそう呼ばれているようじゃのう。神族と魔族の一部連中は、何故か
「物好きもいたもんだな。宗教的にするのは、オススメしねぇな。あれは最悪を
長椅子に寝転がって、本を読み続けている。
あの状態になったフレアは、集中して周囲が見えなくなる時だ。
積み上がった本が倒れないように、妾が見守ってやるとしよう。
「……ふふふ」
ふと一つの記憶を思い出し、笑みを漏らす。
だが本に集中しているフレアには、笑っている声など聞こえてはいない。
妾からしてみれば、こんな愉快な気持ちは久々なのだ。
そういえば、あやつも元気でやっているだろうか?
この場所で、同じ時を過ごし、同じ日々を送っていた者。
あやつもまた、人の道を外れた者の一人だ。
ちゃんと生きて、答えを見つけられただろうか。
もし会えるのならば、その答えをいつか――聞かせてはもらえないだろうか。
「……すぅ……すぅ……」
「ん?」
どうやら読んでいる間に、睡魔に襲われたようだ。
無防備になっている姿は、昔と変わらないようだ。
容姿が変わらない妾たちにとって、時間はもう正しく機能していない。
無限になってしまったものは、もう元には戻らない。
もし仮に、元に戻る事があるとするならば……それは――。
「普通に寝よって。馬鹿者が」
「うぅん……んん……」
「~~♪」
寝返りを打ちながら、何やら唸っている。
夢でも視ているのだろうか?
妾は魔族だから、夢というものを視た事は一度もない。
「疲れたじゃろう?フレア。おやすみなのじゃ」
妾はフレアの前髪を掻き分け、額にそっと口付けをした。
優しく、起こさないように。
妾の胸に秘めた気持ちを穏やかに眠る彼に呟いた。
「愛しておるぞ。我が
そう言って目をゆっくり閉じ、一度も視た事のない夢の世界へと向かうのだった――。
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