第5話「精霊契約」

――僕は一体、なんなんだろう?

そんな事を最近考える。

目が覚めたら知らない場所にいて、知らない人たちに出会って……はりつけにされた姿を見て、悲しむ彼女を見て――僕は何で何の為に、ここにいるんだろう。

そんな様々な事があって、悩んでいるというのにどうして――。

「はぁ、はぁ、はぁ……シルフィ!こっちで本当に合ってるの?」

「あぁそんな事言う!シルフィの事が信じられないのか、サツキ!」

走りながら、僕たちは言い争っているのだろうか。

エルフの一族の情報は、シルフィから説明してもらった。

身体能力が高く、寿命が人族より長い。長ければ数百年だって生きられるらしい。

そしてその身体能力の高さのおかげで、この森の枝から枝への移動は勿論……魔法を使った戦闘が可能らしい。

その所為もあって、弓矢だったり、槍だったりが飛んできている。

逃げるのも一苦労だ。

話をしようとしても信じてくれないし、捕まったら殺されそうになるから、こうして僕たちは逃げるしかないのだけど――

「……はぁ、はぁ」

「――風よ、放てっ!エアブラストッ!」

『ぐおっ!』『ぬわぁっ』

シルフィが時々、風の魔法で撃退はしてくれているが――長くは持たない。

種族にはそれぞれ「マナ」という体力のようなものがあるらしい。

そのマナが尽きてしまった場合、魔法を使うどころか、まともに動く事も出来なくなる。その前になんとかしなければいけない。

……とは言っても。

「いつまで走ってればいいのさ!僕の体力も限界だよっ!」

「無駄口叩くな!だったら君も魔法の一つや二つ、使ってみればいいじゃないか!」

「無茶言わないでよっ!」

逃げながらそんな会話を繰り返して、アルフの森の中をぐるぐるとしている。

森を抜けた瞬間、力が抜けて尻餅をついて座り込む。

「……もうだめ……」

「何してるのさ!早くしないと追いつかれちゃうよ!」

座り込む僕の顔の横で、空中で走る仕草をしているシルフィ。

良いよね、君は!飛んでて!

「海岸に出たって事は、アルフの森って島にあるの?」

疲れた声で、シルフィに聞いてみた。

「ううん。確かに島だけの国もあるけど、ここは違うよ。反対側が海なだけで、もう反対側はちゃんと陸に繋がってるよ。でも他の種族は近寄らないし、森の外には魔物がいるから、誰も寄ってこないけどね」

「魔物が女王様を殺したっていう事は無いの?」

「それは無いと思う。この森には魔障壁ましょうへきっていう結界が張ってあるから、魔物は近寄れないし……やましい考えを持った人なんて、森にすら入れないんだよ」

「そっか」

じゃあ益々ますます、余所者の僕が一番怪しいのは当然か。疑われるのは良い気分じゃないし、早く疑いを晴らしたい所だけど方法が見つからない。

「やっぱり殺した犯人を捕まえるしかないか」

「えぇ?サツキに出来るの?よわっちいのに」

「君は僕の心を折りに来るね、随分と……」

食らえ、必殺――デコピン。

「うぎゃ?!」

シルフィは衝撃が入った場所を軸に、空中でぐるぐると回転している。

「へにゃぁあ……」

目を回しながら、そう声を漏らしている。

三回転で目を回すとは――意外な弱点発見。

羽がへなちょこになっていて、顔がげっそりとなっている。

ちょっとやり過ぎただろうか。

「シルフィ……大丈夫?」

「大丈夫?じゃないよ!おかげで川だったり、向こう側の女王様が見えたもん」

ポカポカと叩かれるが、大した痛みにもならないのだが――シルフィ、女王様に手招きされたのだろうか。やり過ぎたようだ。

――ぐぅうぅぅううぅ~……。

「うっ……お腹減った」

じたばたとしていたシルフィから、お腹の鳴る音が響いてきた。

「言わないでよシルフィ。気にしないようにしてたのに」

海岸沿いだし、魚とかいるだろうか?

知識とかないけど、獲れるかな……ん――?

海の中を覗こうとしたら、何故か襟をくいっと引っ張られる。

「……なに?」

「海の中に魔物がいる。ずっとこっちを気にしてるから、行かない方がいいよ」

魔物がいると言われても、何も見えない。けどシルフィは、水中を見据えていた。

「サツキ……ちょっと危険かも」

「どうしたの?」

そう言っているシルフィは、僕の襟を強く握っている。

「こんなマナが強い魔物は初めてかも……どんどん水面に近づいてるから、逃げたほうがいい」

いつも笑って好き勝手してるシルフィが、ここまで物を言うって事は本当なのだろう。

やがてボコボコと水面に泡が出て、魔物であろう影が浮き出てくる。

ん……――?

ピョコン、と現れたそれを僕は知っていた。

シルフィは出てくる前に、僕の首の後ろに身を隠している。だけど僕には驚く暇もなく、ただ溜息だけを吐いてしまった。

「ウンディーネさん、何してるんですか」

ピョコンと出ている頭を掴み上げると、ウンディーネさんの様子を見る。

何やらもごもごと口の中で動いている。

『ふぁひっへ、ふぁふぁなふぁふぇへふ(なにって、さかなたべてる)』

「今まで何してたんですか。後、食べるか話すか。どっちかにして下さい」

『……もぐもぐ』

「…………」

『もぐもぐ……』

――長いよっ!

どれだけ口に魚を頬張ってるの、この大精霊様はっ!?

『……お前。さっきからじーっと見たり、地面を踏みつけたり、忙しい奴じゃな』

「誰の所為ですか!」

『それでお前たちは、あやつの死を調べるのか?』

「え?」

どうして知っているのだろうか。ひょっとして何かをもう掴んでいるんだろうか。

シルフィの言うとおり、ウンディーネさんなら何か分かるかもしれない。

出てきたシルフィも、状況を把握したのか。いつの間にか肩に出て来ていた。

「ウンディーネ様。オルフィア女王様が殺された事について、何か知ってる事はありませんか?」

『残念じゃったな。私は大精霊であって、あやつと仲良しではない。調べる事があるなら、自分の足で調べるんじゃな』

「そんなっ、ウンディーネ様っ!」

『良く言うじゃろう?調査は足で、とかの』

どこの言葉だよそれ、と思ったが――不思議と納得してしまった。

「本当にそんな事思ってるんですか、ウンディーネさんは」

だがそれでも、ウンディーネさんの態度に不満を覚えてしまったのだ。

不安を覚え、不満を口にした。

「……何も分からないなんて勘弁です。僕たちはどんな事をしても、解決したいんです!だから――」

『……』

僕はゆっくりと、ウンディーネさんに頭を下げた。

これが今、僕に出来る最大限の恩返しだからだ。

「お願いします、ウンディーネ

『ほほう。初めて様を付けたのう、お前』

彼女はそう言っても、僕はまだ頭を上げない。上げるつもりはない。

明確な答えがもらえるまでは、上げる訳にはいかないのだ。

『う~む。その前にサツキと言ったな。お前、記憶は戻ったのか?』

「全く戻っていませんよ。時々、何かを思い出しそうになったりはしますけどね」

頭を下げたまま会話するの疲れてきたけど、もう少し我慢しよう。

記憶は戻っていない。それどころか、何かを忘れているのは自覚していても、何を忘れているのかは自覚していないのだ。思い出そうとしても無理な話だ。

『はぁ……何じゃ、進展はしておらんのか。もう顔上げてよいぞ』

「……はい――!?」

急な事で言葉を失った。

『んんっ』

水の大精霊である彼女の顔が目の前にあり、口元に暖かい感覚が伝わる。

彼女の身体は水で出来ていると思ったが、予想を裏切られた。人間と同じく体温があり、ちゃんとそこには実体もある。水の大精霊であっても、彼女は紛れも無く人でもあった。

『……ふぅ……良かったのう、お前。女子おなごからの接吻せっぷんじゃぞ?』

「な、ななな、な……何するんですか!?」

ドクン……――!

急激に体温が上昇し、身体全体が沸騰する。

「マナが暴れてる……ウンディーネ様、何したんですか?!」

シルフィが焦り、ウンディーネに問いかける。

だが、ウンディーネは黙って彼の様子を伺っている。

ドクンドクン……――!

「ぐっ……」

胸を抑えるが、鼓動が凄まじく跳ね上がる。

身体全体が揺さぶられて、頭を抱える。

やがて僕の中で、何かが弾けて割れる音が響いた――。


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「あ~あ~、勝手な事をしてくれるね、全くもう」

雲の切れ間の奥を見て、ボクは眺めて呟く。

視線の先には、彼が頭を抱えているのが見える。

『ここまでやっても、お主は放っておくのか?』

頭の中で、そんな声が響いてくる。

ボクに向かって、そんな事を言ってくるのは彼女しかいない。

「水の大精霊。キミはボクの友達に危害を加えるのかい?」

『……』

ボクの問いかけに、彼女はだんまりのようだ。

頭を抱え、胸を抑えてる彼。その姿を見て、ボクは溜息を吐くしかなかった。

「はぁ……仕方ない。ボクは彼には、手を貸したくはなかったのだけれど――ここまで来るとダメだね」

『心遣い痛み入る』

彼女は白々しく、ボクを見るかのように空を見上げる。

パチン、と指を鳴らす。

その瞬間、苦しむ彼の足元から魔方陣が広がっていく。

「手助けはここまでだよ。頑張ってね?ボクの友達」


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『手助けはここまでだよ。頑張ってね?ボクの友達』

誰……――?

頭の中で声が流れる。その声は懐かしくもあり、何か僕の中でピースがカチッと埋まる音が響く。

「……リン?」

記憶が完全に戻った訳ではない。だけどそう呟かずには居られなかった。

『どうしたのじゃ?サツキとやら』

咄嗟の事でも、僕はある事を思い出した。

この世界に来たきっかけを……。

自分の手を見つめて、僕はそれを考える。

「ウンディーネ様。僕に魔法を教えてもらえませんか?」

「ええ?」

『ほう?いきなりじゃな?具合はもういいのか?』

驚くシルフィと無反応のウンディーネさん。

その両方に挟まれながら、僕は言葉を続ける事にした。

「シルフィ。僕のマナは、通常の人族よりも、数倍の量があるんだよね?」

「う、うん。そうだけど……知識もない。経験もない。そんな人が生半可な気持ちで魔法を使ったら、どうなるか分からないよ?ちゃんと基礎訓練をしないと、下手したら即マナ不足で死んじゃう場合だって――」

『そこのフェアリーの言うとおりじゃ。生半可な覚悟で魔法に足を踏み入れるのであれば、それ相応の覚悟は出来とるんじゃろうな?』

彼女たち二人に説得、問いかけは耳に入った。でも僕は、ここで止まる訳にはいかないと悟っている。

「……オルフィア女王が、エルフィのお母さんが死んでる所を見た時――僕は何も出来なかった。ただ泣く彼女を見てる事しか出来なかったんだ。でも僕には、もしかしたら特別な力があると教えてくれた人がいるんだ。力は使い方次第だって」

僕の言葉を聞きながら、彼女たちはその先を見据える。

「――僕はこの力が疎ましかった。破壊しか生まないこの力は、何か壊す事しか出来ないと思っていた。でも僕はもう何も出来ないのは嫌だ!」

かつての記憶が微かに頭の中を横切る。

ある時の記憶……。

僕の小さい頃の――ほんの一部の記憶だ。

『もしお前が力を使ったとして、魔法を使えたとして、失敗したら?』

「……何が何でもやります。成功するまで、何度でも」

『何故?』

「泣いてる女の子がいるのに助けられないのは嫌だからです!」

我儘わがままだな。お前』

「はい!これは我儘です。どんなに不可能でも、どんなに可能性が低くても――諦めるのは、真っ平ごめんだ!」

拳を握り、僕はそう言った。

無意識だった所為で、僕の能力で足元が微かに燃えている。

だが彼女たちは避けず、僕に視線を向けていた。

もう戻るつもりはないし、逃げるのはもう終わりだ。

必ず見つける。エルフィの母――オルフィア女王を殺した犯人を。

『ふふふ、はっはっはっは……はぁ……ふっ』

ウンディーネさんは高笑いして、額を片手で掴んでいた。だが笑っていても、彼女の纏う空気が一変しているのは分かった。

イタズラ好きのウンディーネではなく、水の大精霊ウンディーネと分かる程の気迫。

目つきが鋭く凛々しい。

貫禄が表れて、

彼女の周囲だけが空気が違う。

理解が出来る。彼女が本当に、このアルフの森の守護精霊だという事も。

『良い覚悟じゃ。我、水の大精霊ウンディーネは、なんじと契約を交わしてやる』

「契約?」

「ウンディーネ様っ!?無茶ですよ!人族が大精霊と契約なんて!失敗すれば、ウンディーネ様も消滅してしまいます!」

ウンディーネさんが放った一言で、シルフィが焦りを露にした。

『フェアリー一族のシルフィよ。今は汝とは言葉を交わしていない。我は今、そこにいる人族と言葉を交わしているのだ。わきまえよ』

「ですが!」

『くどいぞ、小娘』

ウンディーネさんはそう言い放ち、僕に再び向き直る。

『――確かにそこにいるフェアリーの言うとおりである。生半可な正義感で我と契約出来るほど、精霊契約は甘くないぞ。それでも汝は、我と契約するか?』

彼女の問いを聞き、僕は一度シルフィと視線を交わす。

心配そうにこちらを見ているのが分かる。そんな彼女に伝わるようにして、僕は笑顔を作ってみせる。

――大丈夫だよ、と。

「……お願いします。僕と精霊契約を!」

『では我の洗礼を……受けてみよ!』

ウンディーネさんは手を挙げ、大きく振り下ろした。

その瞬間、僕は足元から空へ伸びる渦潮に飲み込まれた。

咄嗟の事で空気を吸えず、溺れるように水の中でかき回されるのだった――。

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