第4話「血塗られた少年」

――死とは残酷だ。

場合によっては、嬉々とした死は存在するのかもしれない。

だが死というものは、場所を選ばず、時を待たず――生物の全てが、死という運命を受け止めなければならない。

昨日までは笑ったり、泣いたり、怒ったりしていた人物がいなくなった時……人というのは、正しく頭の中で現実として受け入れられるのだろうか。

少なくともわたしは――エルフィア・オル・バーデリアは、そんな事は出来ない。


オルフィア・オル・バーデリアは、素晴らしく美しい母だった。

誰にでも優しく、誰にでも平等な人だ。わたしは娘ではあるが、彼女のようになりたいと――次期女王という身を関係なく、わたしは彼女に憧れていたのだ。

いつか隣にいても相応しい、恥ずかしくないわたしになるまで、見守っていて欲しかったのに……。

「……エルフィ?」

暗い部屋の中で、小さく耳元で声が聞こえる。

幼い頃から親友であるシルフィだ。

心配そうにこちらを覗き込んでいる。それも当然だ。こんな暗い部屋の中で、明かりも灯さずに丸くなっているのだから。

「……だいじょうぶだよ。わたしは……」

「でも……――わかった。シルフィはウンディーネ様に相談してくるね?」

「うん」

大丈夫ではない。だがシルフィは、わたしの気持ちを見透かしているのだろう。

それ以上は何も言わず、部屋を出て行った。

「……っ……おかあさまっ……」


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「シルフィ。エルフィの様子は?」

「……」

僕の質問に対して、シルフィは小さく首を横に振った。無理もないか。

目の前で家族を失ったら、僕だっていつもどおりをするのは困難だ。

「今はそっとしておこう」

「うん」

「僕はとりあえず、ウンディーネさんの所に行ってくる」

「へ?君も行くの?」

シルフィは驚いたのか、呆気に取られているようだ。

「はっきり言っちゃえば。この森にとって僕は余所者だけど、僕だけ何もしないなんて出来ないよ」

「そっか!君は一度、エルフィに助けてもらってるからね。その恩は返さなきゃね」

シルフィは僕の肩に乗り、イタズラっぽく頬をつつく。

「そうだね」

それもあるけどね。シルフィ……僕はエルフィに笑っていて欲しいんだ。

だってエルフィの笑顔は――

『見つけたぞ!この犯罪者めっ!』

アルフの森に住んでいる人たちが、槍や弓を持ってそう叫んだ。

だがその声をどこへ向けられているのかは、目の前で僕は目を疑ってしまった。

全員が全員、僕を睨んでいたからだ。

「ま、待ってください!僕は何もっ!」

『惚けるな余所者がっ!怪しいと思っていたが、まさか女王様を手にかけるとは!身の程を知れ!』

「僕は何もしていません!信じてください!」

「そうだよっ!サツキは確かに余所者だけど、そんな事する人じゃないよ!」

僕の言葉に続き、シルフィがそう言い放つ。だが彼らは、彼女の言葉すら届いていなかった。

『貴様の言う事など信じられん!シルフィよ、貴様もその男を何故なぜかばう!』

「サツキはそんな事しない!」

『何故わかる!』

「あぁもう!この分からず屋ぁ~!!!」

シルフィはそう叫びながら、突風を作り彼らに放った。

彼女は僕のえりを引っ張り、逃げるように催促さいそくする。僕はそれに従うようにして、追ってくる彼らを尻目に逃げた――。

「はぁ、はぁ、はぁ……もう無理。動けないよ」

肩で息をしながら、茂みに身を隠してそう言った。

「情けないなぁ、サツキは」

そんな上下する肩に乗って、シルフィは腕を組んでそう言ってくる。息が上がっている様子も、疲れてる様子もない。飛んでいるから疲れないのかな、なんかずるい。

それよりも……これからどうするか。

皆、完全に頭に血が上っている。あれではまともな会話など成立するはずがない。

「シルフィはどう思う?今回の件……」

そんな声を聞き、何を意図しているかを彼女はすぐ理解してくれた。

「シルフィには分からないよ。色んな事が一気に来て、頭の整理が追いつかないよ」

そう言いながら、頭を両手でワシャワシャと掻きまわしている。

「僕も同じかな……それに――」

あの光の柱は、一体なんだろうか。あれを見ていると身体が熱くなって、体温が急上昇していた。原因がなんなのか、理由も分からないけど――僕は何故か頭から離れない。離してはいけない気がするのだ。

「それに、なに?」

「いや、なんでもないよ」

僕は立ち上がりながら、軽く身体を動かした。

「何してるの?」

「ストレッチ。また走るかもしれないし」

「いやな予想するなぁ、君は」

『…………』

ん……――!?

「サツキ、どうしたの?」

僕はキョロキョロと周囲を確認するが、気配はすぐに消えてしまったようだ。

「いや、誰かが見ていたような気がしたから」

「え、うそっ……うーん、うーん?」

シルフィは目を凝らしながら、僕と同じように周囲を確認し始める。だが結果は僕と変わらず……。

「――何もいないよ?」

「うん。気のせいかな」

気のせいなら、いいけど……。

「とりあえず何が起きているのか、その情報が欲しいね。シルフィ、ここからウンディーネさんのいる場所……分かる?」

「うん!案内するよ。ん?移動してるね……どうしたんだろ」

首を傾げて、何やらそう呟くシルフィ。僕はなんとなく胸騒ぎがした。

「――急ごう」

「うん!」

僕たちはそう言葉を交わし走り出した。


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――この世界は、何で出来ているだろうか。

ふと思った事を考えるが、答えはやはり見つからない。

考えても考えても、答えは決して見つからない。

いくら時間を費やしても、いくら命を削っても――答えは決して見つからない。

いつか……見つかるだろうか?

時代が変わっても、幾年いくねん幾万いくまんの時を経ても、見つからなかった答え。

カチャリ、と鍵を開けられる音が響いてくる。

どうやら考える時間は、ここまでのようだ。

カツカツと足音が響き、徐々に近づいてくる。

『……』

足音が目の前で止まり、明かりとなっている蝋燭ろうそくの灯が揺れている。

軍人の厚い靴が見える。どうやら、時間が来たのだろう。

『――出ろ』

ガチャンと鍵を開け、重たい鉄格子の扉を開けてそう言った。

「何で出すんだ?」

『上の命令だ。さっさと出ろ』

「……」

しばられている腕を所為で、動くのが面倒ながら鉄格子をくぐる。

そう思いながら出た途端、カシャンと足元で音が鳴る。気がつけば、腕にあった重たい感覚がすっかり無くなっている。

「どういうつもりだ」

『下手な真似はするなよ。お前は他の者と比べて、比較的大人しい奴だ。これも上の命令だ』

「アンタの上は、随分と馬鹿なんだな」

『それには同意だ』

何とも面白くない会話だ。皮肉を言っても、目の前の男は特に反応を示さない。

歩きながら自分の身体の状態を確認する。上半身は包帯だらけで、ボロボロの服で身を包んでいる。暗かったから気にしなかったが、こうして改めて見ると、随分と廃れた姿をしている。

男の背中を眺めながら、周囲の状態も確認する。地下牢に居た所為で、天井にある明かりを見れば目が焼けるようだ。

すれ違う軍人の目が合えば、睨み返される。それもそうだろう……牢屋に居た者が、こんな明るい場所にいれば何事かと思うだろう。

自分ならば、この場で息の根を止めるが――

『ここだ。入れ』

……。――?

止まった場所の表札を見るなり、疑問が脳裏に浮かぶ。

その場所はこの軍の最高司令部がいる部屋なのだが、何故こんな場所に案内したのだろうか。

言われるがままに扉を開け、部屋の中へ足を踏み入れる。

身体が入りきるなり、扉が背後で締まる音が聞こえてくる。足枷あしかせ手錠てじょうもされていない状態で、この場に牢屋に居た者を呼ぶのは自殺行為だ。

「十年振りか……」

目の前で、老人のような低い声が聞こえてくる。黒い椅子が振り返り、その容姿が明るくなる。

――白髪の老人だが、気迫があり、身体全体から浮かび上がるオーラが微かに見える。眼帯をしている所為か、表情が分かりにくい。

魔力の量が多ければ多いほど、その者からは纏う空気が変化する。百戦錬磨している軍人のトップとなれば、それが表れるのは必然だろう。

「……」

誰だ?と思って、男の顔をまじまじと見つめる。記憶を巡り、やがて答えに辿り着いた。

「――あぁ、レイサム・フリードか」

「おぉ、覚えていたようで安心だ」

……レイサム・フリードならば、このオーラは必然だろう。彼は約十数年前からこの軍に所属している古株だ。かつて帝国軍と呼ばれていたこの軍は、今や無所属の傭兵軍団と化している。どの国にも所属していないにもかかわらず、その軍事力は知る限りは随一といえるだろう。

「あぁ、覚えているさ。オレをここに連れて来たのは、他でもないお前じゃないか」

「ははは。そうだったか……どうだ?一杯」

笑いながら何かを取り出し、机の上にドンと置いた。

……酒か。この男、何を考えているのか不明なのは、昔から変わっていないようだ。

「付き合ってやるが、目的は何だ?」

「細かい事は気にするな。さぁ呑め。部下は誰一人、私に付き合ってくれんからなぁ」

そう言うと、レイサムは勢い良く酒を飲み始めた。

観察してみたが、コップにも酒にも、毒物はないようだ。警戒はおこたるつもりはない。

確認を終えるなり、一口喉に流した。

「実はな……お前に頼みたい事があるんだ」

「オレみたいなか弱い少年に向かって酒を飲まして、あまつさえ軍人のトップが何の頼みをするんだ?」

「か弱い?ははは。冗談はやめた方がいいぞ。特にお前みたいな奴はな」

「失礼な奴だな。……で?頼みってのは?」

持っていたコップをレイサムの机に置き、そう話題を切り返す。

レイサムから陽気な空気が消え、真剣な表情が浮かべる。

「――数日前に発生したヘヴンズゲートの原因を調べてもらいたい」

「ヘヴンズゲート?あぁ、また起きたのか。そういえば何回か地震があったが、なるほどな……それでオレに何しろと?」

「ここからはこの組織の最高総司令官ではなく、一人の友としてお願いしたい」

「ふざけるなよ、レイサム。オレにこの世界を助ける気も理由がない。それにお前にも分かっているはずだ。オレをお前がここに入れさせたのは……」

「分かっているのだ。だがこのままでは、世界がまたあの災害に巻き込まれるのだぞ?多くの者が命を落とす!それをお前は見過ごすというのか!」

レイサムが身振り手振りでそう言い放つが、オレはその部屋から出て行こうとする。

カチャリと金属音が聞こえてくる。

振り返って見てみれば、レイサムが銃を構えている。

魔導銃……か。内側にある魔力を媒介にして、その魔力の属性に応じた銃弾が放たれる仕組みの銃だ。扱いは簡単で、誰でも扱えるのが特徴だ。

「レイサム――銃口を向けるという事は、死ぬ覚悟が出来ている者だと思っていいか?」

銃越しに見えるレイサムの目を睨んでそう言った。

武器を相手に向ける場合は、お互いに命のやり取りを同意したと考えている。

かつての戦争の中での出来事が、ふと脳裏に思い浮かんでくる。

彼と初めて対峙したあの日だ。

戦争の中の戦争であり、この世界を絶望と恐怖に追い込んだ戦い。

死体の山と地を蹴り上げ、飛び交う血飛沫ちしぶきの中を進み続けた記憶。

「レイサム。オレは別にお前の事は嫌いじゃない。だがこの世界を救うのと、この世界を許すのとはまた別の話だ。そもそもオレは、軍人というものが心底嫌いでね。大人しいなんて言われている間は、そのままで時間を過ぎていくつもりだったが――」

腕をレイサムに向かって伸ばしながら近寄り、銃を掴んで机の上に身を乗り上げる。

「気が変わった。オレはオレの考えを実行に移す事にしよう」

そう言い放ち、この軍人だらけの組織全体を対象とするようにして、魔方陣を展開していく。

「よせっ!お前が力を使う必要はないんだ!それ以上は!フレ……――」

彼がパクパクと口開いていたが、そんな事を気に留めずに展開し続けた。

炎に包まれ、その部屋が大爆発を起こす。

何事かと集まる軍人や血を流す軍人、それぞれを見下ろして呟いた。

「――悪いなレイサム。オレの名を気安く呼ぶな」

『放て!絶対に逃がすなっ!』

怒号と共に魔導銃の弾丸が飛んでくるが、足元の魔方陣から黒い影が伸びてくる。

その影は弾丸を弾きながら、オレの身体全体に侵食していく。

身体に巻きつき、腕に絡みついていく。

黒い装束に身を包み終えると、自動で影たちは見上げる軍人たちに鞭のように振り下ろされる。

「……準備運動には、ちょうどいいか」

空に向かって飛び跳ね、下にいる軍人の横まで降りる。

『――ひっ!』

何かを行動を起こす前に、横にある身体が切り刻まれる。

ボタボタと落ちる肉体。

地面に鈍い音を立てながら落ちていく。

怯えたように後ずさる者たち。

だが動く前に……。

断末魔が響く。

滴る赤い血は溜まっていき、

やがて死体の山が出来上がっていった。

「……はぁ」

少年は足元にある死体を見つめ、溜息を吐く。

そして何かに誘われるようにして、その場からゆっくりと離れて行った。

たった一言……それだけを残して。


――クダラナイ。――


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