第3話「ヘヴンズゲート」

エルフィと共に僕は、アルフの森の奥に建てられている教会へとやってきた。

その教会は草木に絡みつかれていて、多少古びている状態。とても人が住めるような場所ではないと思い、僕は疑心暗鬼に歩みを進める。教会の数が多く、どれが目的地なのか分からない。

そう考えながら、僕はエルフィの母である――オルフィア女王に会いに、足を進めるのだったのだが……。


「ねぇ、本当に僕がここに来ていいの?エルフィ」

「つーん」

僕は移動しながらエルフィに聞いたのだが、ウンディーネという人と会ってから、何やら不機嫌の様子だった。

ウンディーネの説明をしてもらいながら、色々と不相応の反応をした所為だろうか?

エルフィの話によれば、ウンディーネは水の大精霊らしい。らしいというのは、僕が詳しく無いのが勿論だが――言われても良く分からかったというのが本音である。

だがこのアルフの森は、その水の大精霊がこの森の自然の豊さを守護しているようだ。

僕がそれに対して、「すごいね、それ!」とか「へぇ~、優しい人なんだね」という反応が悪かったのだろう。

なんだか気まずい……。

「ねぇエルフィってば、機嫌直してよ。僕なんか、君に嫌な事しちゃった、のかな?」

僕は焦った所為か、しどろもどろになってしまった。

だが話を聞いてくれるようで、エルフィは足を止めてこちらを向いてくれたのだが――

「良いですか、サツキ。ウンディーネ様は確かに凄いですけど、ああ見えてイタズラ好きなんです!シルフィもイタズラ好きのようですが、それ以上です。ご執心なのは良いですが、無闇に近づいたら危ないんですからね?良いですか?」

エルフィって、こんなお喋りだったっけ……?

「は、はい。わかりました」

勢いが凄かったので、思わず敬語になってしまった。だけど僕は、彼女が楽しそうに見えたのは気のせいだろうか。

「大好きなんだねエルフィは、皆が」

素直に羨ましいと思って、そう呟いてしまった。だが元気良く、彼女は言葉を続けた。再び歩きながら――

「はい♪この森の人たちは喧嘩したりする人もいますが、わたしはこの森にいる人たち皆が大好きです!シルフィもお母様も、みんなみんな大好きです!家族ですから」

「家族……か」

――良いな。

ここにいつ来て、ここにいつからいるのか……僕には分からない。けど確証があるのは、僕自身が何も覚えていない事。名前以外が覚えていないのだ。

頭の中からここに来る前の記憶だけ抜き取られたみたいな感じ、と言えば良いだろうか。これから僕は、どうしたらいいのだろうと今更ながら思ってしまった。

「着きましたよ。ここがお母様が住んでいらっしゃる教会です」

「一緒には住んでないの?」

「お母様は忙しいですから。わたしが居ては邪魔になってしまうので……さぁ、入りましょ♪」

さっきまで元気だったエルフィだったが、少し寂しそうに見えた。余計な事を言ってしまったらしい。気をつけないと。

「お母様ー!サツキを連れて参りました!お母様ぁ?」

教会の中は静寂で、何も音がしない。それどころか人の気配すらしなかった。

ドクン……――!

教会の奥へと進んだ所で、僕の身体の中で激しく脈が跳ねた。

それに気が付くまで、僕は時間が掛かってしまった。だが知識が無くても、僕はそれを確信出来てしまったのだ。鉄の匂いを……。

「エルフィ!下がってっ!」

気が付いたら僕は、彼女の腕を引っ張って抱き締めた。

「ちょ、サツキ!?こんな所で……だめです、お母様に見られてしまいます!」

じたばたと頬を赤く染めながら、エルフィは言った。だが僕には、そんな言葉を聞く余裕がなかった。

「……サツキ?」

「……エルフィ……今すぐここを出るんだ」

「何故ですか?わたしたちはお母様に呼ばれて……っ……」

エルフィは前を向いた時、彼女も冷静にその場の空気を把握してしまった。

教会の奥は暗い。だがはっきりと目が慣れてしまえば、この匂いの正体は簡単に見つけられる。

「お母様っ!?……お母様っ!!」

エルフィは今にも走りそうな勢いで、母であるオルフィアの元へ行こうとする。離す訳にはいかない。離してはいけないはずだったが、僕は彼女の身体を離した。

一体が誰がこんな事を……――!

グッと拳を握り締め、僕は泣き喚く彼女の姿を見る。その場を立ち尽くし、見ている事しか出来なかった。

「……うわっ!?」

地震だ……。

突然の揺れで、身体が大きく揺さぶられる。衝撃で立っていられないと思い、僕はしゃがむ事にした。

「――エルフィっ!危ないからこっちへ!」

「……ひぐっ……うぅ……」

泣いている彼女はその場から動こうとしていないが、僕はそんな彼女を見ていられなかった。

「ごめんっ!」

「……うっ。お、かあ、さま……」

僕は無我夢中で彼女を気絶させ、ここから運び出す事にした。

ドクン……――!?

教会から出た瞬間、さっきより激しく身体が揺さぶられる。地震ではなく、鼓動の所為で。

「……うぐっ!」

だが僕は体が動かず、それに目を奪われた。

大地から空へと一直線に、雲を貫いてその場所が撃ち抜かれたように伸びている。

目が焼けるほどの輝きだったのにもかかわらず、僕はそれを――光の柱のようなものから目を逸らす事が出来なかった。

血が熱く、沸騰するかのように。

目を離してはならないと、何かに言われているように。

その時。僕の頭の中で声が聞こえたのだ。

ただ一言――再び始まる、と。

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――王都ドミニオン。

有数の実力者が集い、各種族が出入りする唯一の場所。数千年の時を経て、財力を王都全体に尽くし、現在に至るまで平和を保っている。

それが続いたのも、ひとえに、各種族がそれぞれに協力関係を築いた為の結果である。

このドミニオンを治めるのは、この王都の王族である血を継いだ者たちだ。

現王位継承者は、第三王女である――アリア・R《ライト》・スコーリアである。

ハーフエルフと疎まれ続けた彼女だったが、その行動力と己の内に秘める平和への想いを強く貫いた結果――今の地位に辿り着いた人物である。

『姫様。お着替えのご準備を致しますので、湯浴みへ』

「ええ、分かったわ」

城から街を眺めていたアリアは、目を細めて返事した。

「(はぁ……退屈)」

服を脱ぎながらアリアは浴場へ入る。大浴場といえど、彼女は姫という地位。それもあってか、湯浴みを邪魔しないように入り口にメイドが並んでいる。

……姿勢を崩さず、目をずっと瞑っているようだ。

「……今日の予定は何かしら」

『はい。本日の姫様のご予定は、湯浴みを終えましたらカイル公爵との会食。その後は、カルロス様とご一緒に夕刻まで謁見に出席となっております。そののち……』

メイドの一人が淡々と今日の予定を話しているが、頭の中に予定は入ってきても、内容は詳しく聞いていないようだ。

「――もういいわ。カイル公爵との会食は、断ってくれるかしら」

『宜しいのですか?断れば姫様のお立場が危うく……』

心配そうに言ってくるが、アリアはメイドの言葉を遮った。

「別に良いわ。アタシはあの人は、あまり好きではないの。叔父様には申し訳ないけど、アタシがここから出る前に断っておいてくれるかしら?」

『かしこまりました。姫様がそうおっしゃるなら――私どもが何かを申し上げるのは、間違いで御座いますね。失言でした、お許しを……』

「よしてよ。貴方が謝る事じゃないわ。それにその態度は、アタシの前ではやめてと言っているはずよ?ね、ルーシィ」

アリアは困った表情を浮かべ、苦笑しながらそう言った。

この空間にいる彼女たちは、姫であるアリアと仲は悪くない。むしろ良い方だとアリアは想っている。ハーフエルフではあるが、姫となったアリアをメイドの彼女たちは尊敬し――メイドでありながら、自分と友好関係を築いてくれる彼女たちをアリアは大事にしている。貴族の護衛がない室内やこの湯浴み場にいる間、彼女たちの間には壁というものを無くすというのがアリアの考えだ。

「分かりました。でも敬語は外しませんからね?」

「それでいいわ。アナタたちも遠慮しなくていいからね?」

アリアの言葉を聞き、メイドたちの表情が明るくなる。

その様子を見て、アリアは幸せそうに笑みを浮かべる。

「――っ!?何?」

「じ、地震!?」

明るい雰囲気を崩すようにして、突然の地震に襲われる。

揺れが大きく、彼女たちがパニック状態に陥った。

「落ち着きなさい!ルーシィ、アタシの服を……」

「は、はい!」

だがそれを引っ張るようにして、アリアは立ち上がって彼女たちに命令を出す。

命令する事によって、彼女たちのパニック状態を取り除こうとする考えのようだ。

すぐに着替え、そのままの足で玉座の間の扉を勢い良く開けた。

「叔父様!何事ですか、これは」

扉を勢いと同じくらいの音量で、アリアの声が室内に響き渡る。

その声に反応するように、周囲の兵士が床に膝をつけようとする。だがそれを彼女は、手で必要ないと合図した。

「……この地震は普通ではありません。また光の柱が出現したのですか?」

『いや今回は違うようだ。だが数日前に起きた地震と似ているようだ。――各自……万が一に備え、民の安全と警備を強化せよ』

カルロスがそう言い放つと、兵士は一斉に返事をして移動を開始した。少数は残り、彼を安全な場所へ誘導していく。

「(そしてアタシは、自分の身は自分で守れ……かな)」

そう思いながら、アリアは城内を移動し始める。玉座から廊下へ、廊下から自室へ。自室へ戻ってくると、先程のメイドたちが集合していたようだ。

「アナタたち、何でここにいるの?安全な場所に行きなさいよ」

「私たちは、姫様の護衛でもあるのです。その私が姫様より先に逃げるなど、言語道断です」

アリアが目で同意を求めると、他のメイドたちもコクコクと頷く。

だがその時、外から眩しい光が窓から差し込んできた。

「……っ。なに?」

光はやがて弱くなり、何が起きたかをアリアは把握しようとする。

「――姫様っ!」

その時、ルーシィが窓の外を指差して叫んだ。

アリアはそれを睨み、彼女は口を開いて呟いた。

「……光の柱――ヘヴンズゲート。アタシの前にまた出るなんてね……」

全員が外を眺め、街の住人も、この世界の者全てに見えている事だろう。

海の中央。恐らくはそこが世界の中心であり、そこに何かがあるのだろう。だがそれは――新たな物語の始まりの幕開けとなる事は、誰も知らない。

ある者は海の中から。

ある者は空の上から。

ある者は大地の中から。

ある者は炎の中から。

その柱を見て、同時にこう言ったのだった。


『――再び始まる』

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