第2話「アルフの森で」

「エルフィよ。この者が森に影響を与えたのは本当か?」

長老であるフレデリックがエルフィに問いかける。

「本当です。……でも、その者に悪気があったとは思えません!」

眠りについた彼をかばうようにして、エルフィはフレデリックに叫ぶ。

「むぅ……」

フレデリックは、考えるようにして喉を鳴らした。

『長老。この者は如何いかがいたしましょう』

この森にある草木を枯らす事、危害きがいを与える事は重罪じゅうざいになってしまう。

それを知っているこの森の住人は、眠る彼を見据みすえるのだった。

「待ってくださいっ!わたしはこの人に悪意があるとは思えません!」

エルフィは意義を申し立てるが、周囲の者達は悩んでいる様子だった。

「エルフィよ。お前の言う事は理解したいが、この者が森の一部を枯らしたのは事実。理由はどうであれ、森の木々に危害を加えるのは重罪なのだ」

「……っ……」

「フレデリック、お待ちなさい」

眠る彼をフレデリックが運ぼうとした時、森の奥からおだやかで鋭い声が響いた。

その声に反応するようにして、周囲の者が地に膝をつけた。

このアルフの森の女王であり、エルフの中で最もしたわれているオルフィアだ。

オルフィアはエルフの中でも長寿ちょうじゅなのだが、その姿は老いを感じさせない程の美しい容姿だ。

「エルフィ。貴方の言う事は本当でしょう」

オルフィアの言葉に、エルフィは表情が明るくなった。

「な、何を申すのですか、オルフィア様。エルフィはまだ若い。彼女の言う事が全て真実とは……」

「フレデリック。彼女の目を見ても、それが言えますか?彼女の瞳は真っ直ぐで曇りがありません。それを信じず、何を信じると言うのですか?」

「ぐっ……了解致しました」

オルフィアの言葉をみ、フレデリックはきびすを返した。

「お母様――ありがとうございます」

エルフィはオルフィアに近寄り、膝をついてそう言った。

その様子が嬉しいのか、オルフィアは微笑んだ。

「枯れた草木は元に戻っているのは、貴方が治したのでしょう?その時点で隠す事は、考えなかったのですか?」

「え?あぁ、そんな事思い付きませんでした」

エルフィは、ぽんっと手を叩いて言った。

どうやらそんな事も考えていなかった様子に、その場の様子が穏やかになっていく。

「彼が起きたら、お母様もお話を……」

「そうですね。わたくしも、彼の事が気になります。起きた後で、またお話をする事にしましょう。彼の世話は、エルフィに一任致します」

オルフィアがそう告げた瞬間、一斉に膝をつける。

彼女の決定はエルフの総意そういになり、異論いろんは認められない事項となる。


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――真っ暗だ。

真っ暗な世界の中で、ゆっくりと歩き始める。

壁もなく、空もなく、地面もない。

上下左右。全ての方向が、何もない世界だと理解出来た。

ただ寒い。

冷たくて……。

寒くて……。

――寂しい世界だ。

聞こえるのは自分の鼓動こどうだけで、他は何も聞こえない。

「~~♪……~~♪」

……歌?

何も聞こえなかったこの世界で、微かに歌が聞こえてくる。

聞こえてくる歌の方向から、緑色に輝いている。

暖かい――。

僕は手を伸ばしながら、その光に向かって走った。

「……んん」

「つんつん」

目を開けたら、陽の光がまばらに差し込んでくる。

「……ん、んん?」

だが僕は、目の前にいた小さな物体を目で追った。

僕が手を出すと、手の平の上にそれは乗った。

「……ちっさ」

羽の生えた小さい者が、ひたすら物珍しそうに手の平をつんつんとしている。

「ちっさい言うな!」

「あだっ」

そんな事を言いながら、僕の眉間みけんに向かって飛び蹴りが繰り出す。

……話せたんだ。

「シルフィ、ダメよ?無礼な事しちゃ」

「何でよ、私の事をちっさいって言ったのよ?無礼はこっち」

小さい生き物はそう言って、僕をビシッと指し示した。

シルフィとは、あの小さい生き物の名前だろうか。

「ごめんなさいね?この子はシルフィ、エルフィの友達です」

「大丈夫、ですけど……ここはドコですか?」

周囲を見渡すと、木製で出来た家の中のようだ。

「エルフィの家です。良く眠れたみたいですね」

「エルフィさんの家、ですか」

「はい、わたしの家です。あと、あまりかしこまらなくてもいいですよ?」

首を傾げて、エルフィはそう言った。

その肩を飛び回り、シルフィがやがて座った。

「分かった――あれ?じゃあこのベッドって」

「はい。わたしの使ってるベッドですよ」

「え!?ごめん。もう僕は床でいいよっ」

僕は慌ててベッドから降りて、すぐ床で正座した。

その様子が可笑しかったのか、エルフィはくすくすと口元をおさえていた。

「……っ」

笑われてしまったようだ。

「エルフィはそんな事気にしないよ?それより君、名前何て言うの?」

シルフィが笑う彼女の肩から離れ、僕の周りを飛びながらそう言った。

飛ぶのか、話すのか――どちらかにしてくれないだろうか。

目が回ってしまうじゃないか。

「如月皐月だよ。あとシルフィ、出来れば止まって話してくれると嬉しいかな……」

「キサラギ、サツキ?変な名前だね」

「気にしてる事を言ってくるね」

余計なお世話だ。暦が並んでいる名前は珍しいとは思うけど……。

ん……――暦って、何だ?

ふと浮かんだ言葉を繰り返したが、何もピンと来なかった。

「サツキは、昨日の事を覚えていますか?」

「え?昨日?」

僕の問いかけに対して、シルフィが返答してくれた。

「君が倒れてから一日経過してるんだ。何か覚えてたら、教えて?」

「ダメよ、シルフィ……サツキは何も覚えていないの」

「何も?ホントに?」

エルフィの言葉を聞き、シルフィは僕の顔を見る。

「う、うん。ごめん……」

僕は申し訳ない気持ちで、咄嗟にそう言ってしまった。

「僕から聞きたい事があるんだけど、いいかな?」

「何ですか?」

「僕は何で君の部屋で寝てるのかな?」

頬をかきながら、僕はそう聞いてみた。

「サツキは今、この森で厄介者やっかいものとして疑われています」

真剣な眼差しで、エルフィはそう言った。

「厄介者……?」

「森の一部を枯らしちゃったからだよ。覚えてる?エルフィが止めなかったら、君も危なかったんだよ?」

シルフィは身体全体を使って説明してくれたが、小さい所為で可愛らしい動きになっている。

「僕が枯らした場所って今は?」

「わたしが元に戻しています。エルフは魔法が使えるので♪」

自慢気にウインクして言った。

「シルフィも使えるよ!エルフィより下手だけど」

「わたしが使えるのは治癒ちゆ魔法と風の系統けいとう魔法しか使えません。下手といっているけど、シルフィは魔力まりょくは少ない代わりに攻撃こうげき魔法が得意よ」

「魔法って?」

「えっとね……」

そう言って、エルフィは僕に説明してくれた。

エルフィの話によれば、この世界には様々な種族が存在しているらしい。人族ひとぞく神族しんぞく獣族じゅうぞく魔族まぞくの四つの種族が存在しているという話。

このアルフの森に住む種族は神族で、エルフとフェアリーが共に過ごしている。種族の中には、それぞれをまとめている王様のような存在がいるみたいだ。エルフィの母であるオルフィアという人物が、この森の女王らしい。ちなみに僕は人族のようだった。

「――僕にも魔法は使えるの?」

気になったので、エルフィにそう聞いてみた。だがその質問をした途端、エルフィはシルフィと顔を見合わせている。何かおかしな事を言っただろうか?

「……基本的に人族の方たちは、魔法を使う事は出来ないの。だけどアナタは使えているから、昨日の夜に調べてみたのだけど――何もピンと来る資料がなかったわ」

「人族だと魔法を使えたらおかしいの?」

「人族が魔法を使えたとしても魔力が少ないから、大した魔法は使えないはずなんだ。でも君は森の一部を枯らすほどの力があるから、みんなが戸惑ってるの。それにシルフィの眼で視て見ても、君の魔力は人族とは違う流れがあるの」

「流れって?」

僕の疑問にシルフィは、すぐに続けて答えてくれた。

「――エルフィとシルフィにもあるんだけど、身体の中にはマナがあるの。魔力は身体の中心から全体に向かって循環しているんだよ。そのマナの量でこの世界での優劣が決まるの。人族は獣族に劣り、神族は魔族に劣る。強弱で言ったら君は本来、魔力が弱いはずなの。でも……」

シルフィの話によれば、僕は人族の中でも強い魔力を持っているらしい。人族であって人族じゃないんじゃないか、みたいな事を笑いながら言っていた。

エルフィとシルフィは、僕が起きたって事をオルフィアって人に伝えてくると言って出て行ってしまった。

手持ち無沙汰になってしまった僕は、出来るだけエルフィの家から離れないように散歩をする事にした。

「……はぁ」

頭の中で整理が付かず、僕はつい溜息を吐いてしまった。魔力やら魔法やら、訳の分からない話が多すぎる。分からな過ぎて、頭がパンクしそうになる。

……散歩をしていると湖を見つけた。心地よい風が吹けば、草木が揺れる。

気持ちいい――素直にそう思った。

湖の中を覗けば、自分の顔が映る。大して深くないから奥まで見えるが、湖の中は凄く綺麗だ。指先を少し入れると小さな波紋が広がる。小魚が波紋に驚いて離れる所を見て、僕は自然と笑ってしまった。

『幸せそうに笑うわねぇ、お前は』

「……っ?!」

急に聞こえた声に驚き、僕は周囲をキョロキョロと見渡す。だが声の主は見つからず、体に寒気が走り動けなくなる。

逃げないと……――!

なんとなくそう思ったが、僕の足は動かない。不安は焦りを呼び、無理矢理動こうとしたら転んでしまった。

「……くっ……」

気が付くと、僕の足を掴む水で出来た手があった。その瞬間、僕は得体の知れない恐怖が身体の内側からこみ上げる。助けを求めようと叫ぼうとした時――

「そこまでにしてくださいませんか?ウンディーネ様」

「……エ、エルフィ?……」

困った表情を浮かべ、エルフィはジト目で湖を見ている。

『相変わらず堅いのう、お前は。そんなんだから、嫁の貰い手が現れんのだよ』

「嫁の貰い手は関係ないじゃないですか!」

『関係あるかもしれんぞ~?お前が一人のおのこに固執するのは、珍しいからの~』

「~~~っ。い、言いたい事はそれだけですか?ウンディーネ様?」

ニコニコと笑顔を浮かべているが、エルフィの背後には何か黒いオーラが見える。

『ま、待て待て。流石の私でも、お前の風の魔法で湖を無くされては太刀打ち出来んぞ!?』

ウンディーネと呼ばれる者なのか、湖の中からあたふたとしながら姿を現した。

水で出来ているのか、それとも実体がないのか――半透明の容姿だった。そして……髪が長いから見える部分は少ないが、彼女は裸だった。

「……なっ!?」

何で裸なんだよ、この人っ。

僕は恥ずかしいので、すぐに目を逸らす。その様子が視界に入ったのか、ニヤリとウンディーネは笑みを浮かべる。

『ほほう、お前……。女子おなごの裸を見るのは初めてか?』

ニヤニヤとしながら、ウンディーネは楽しそうにして僕を見る。

「ウンディーネ様……お覚悟を」

そんなウンディーネをジロリと見た事のない形相ぎょうそうのエルフィ。片方の手の平の上で、風の球体がキリキリとうなっている。

『お、おお落ち着け?落ち着くのだエルフィよ!話せば分かる……うぎゃぁ!?』

風の球体を叩きつけると、ウンディーネはピクピクと目を回している。

ふん、と鼻を鳴らしてエルフィは口を開いた。

「……サツキ、お母様が呼んでいます。一緒に生きましょう?こんな人は放って置いて」

怒っている。ちょっと怖い。

「えっと……」

水から上がった魚のような姿が、視界に入る。ウンディーネを放って置いていいのだろうかと悩むが、歩き続けるエルフィの背中に着いていく事にした。

残されたウンディーネは、二つの背中を見てニヤリと笑う。

『全く……面白い奴が落ちてきたものじゃ。まさかあれほどの魔力を持っているとはの』

自分の手を眺めてそう言いながら、ウンディーネは水の中へ潜った。

水の中でゆるやかに泳ぎながら、小さな通り道を通っていく。

陽の光が差し込む水面に向かい、その場所から顔を出す。

『どうでした?光の柱の正体は分かりましたか?』

『安心せい。お前が出る幕はないぞ、小僧』

『オレを小僧と言うのは、貴様だけだ。斬り捨てられたいのか?』

『そんな事をすれば、お前は正体を掴めず終わるぞ?じゃが、私はあの者に興味を持った。お前より先に、あの力を試させてもらうとしよう』

『……ちっ。勝手にしろ、水の大精霊ウンディーネ』

『言われなくても、だな』

ウンディーネはそう言って、再び水の中へ潜った。

ニヤリと笑みを浮かべながら、泳ぎ続ける彼女は考える。

――これからが楽しみだ、と。

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