マーキング 中編

「ただいまぁ……! 疲れたぁ……」

「何か荷物多くない?」


 フードコートのテーブル争奪戦にも勝ったあたしは、大きな福袋を引きずってやってきたハルを出迎えた。

 テーブルの足元には必死で確保したジェラピケと、たまたま目に入って気に入ったから買った名前も知らないセレクトショップの福袋。ハルに買ってきてもらった分を合わせると、ちょっとした爆買いみたいな物量だ。


「え? 優姫さんに頼んでたんでしょ?」

「頼んでたけど……なんでハルが知ってるの?」


 あたしはハルから、福袋争奪戦の顛末を聞かされた。

 優姫さんは今、アパレルショップでバイトしている。ちょうど数日前、「今年の福袋はスゴくサービスしてるから!」と強くLINEで推され、それならばと取り置きを頼んだところだ。

 休み明けに大学で会った時に、手渡しするものだと思っていたんだけど。

 それに――


「……おかしいな、あたしハルの分まで頼んだ覚えないけど」

「だよね。普通福袋って、違うの買って交換し合うものだし」


 ハルの言う通りだ。同じ店の福袋なら、中身は基本的に変わらない。最近は事前に何が入っているか分かるのが主流だから、同じ福袋を買うと服がダブってしまう。


「優姫さん何か言ってなかった?」

「大サービスしてます、って。あとお店にナイショだからバレないように開けてって言ってたかも」

「……あ」


 全身が縮こまって身体じゅうの血液が大暴走するような、あの感覚を味わった。

 ちょっと考えればすぐに分かる。

 優姫さんは、どんなの人間だっただろう。

 イヤな予感なんてものじゃない寒気があたしの背筋を貫いた。


「正直、私も受け取りにくかったけど……せっかくの好意を無碍にするのもよくないでしょ?」

「でもそれたぶんコスプレ衣装だよ? しかもあたしとハルのふたり分って……」


 ハルとあたしは、ふたり揃って生唾を呑み込んだ。

 中身を伺うことのできないふたつの箱から、なんだか禍々しいオーラみたいなものが漏れ出ている気がする。

 脳裏に、いつかの優姫さんの顔が浮かんだ。


 ――あの衣装、使


「ちょっ……ちょっと待って! さすがに恥ずかしいんだけど!?」

「な、何想像してんの、バカハル!」

「だ、だって日比谷さんでしょ? コスプレ衣装でしょ!? ってことはコスチュームでプレイ――」

「声が大きいから!」


 いや、落ちついて。冷静になろう、村瀬詩織。

 別に、貰ったからって使わなきゃいけないワケじゃない。タンスの奥底に厳重に封印でもしておけばいいだけの話なんだ。

 そう、封印だ。今すぐにでも封印作戦を実行すべき!

 運悪く福袋を盗まれて中身を見られたり、これまた運悪く箱の中身が飛び散って衆目に晒されてしまわないうちに!


「は、ハル! 帰ろう! この箱持ってるだけで危ない!」

「そ、そうね! じゃあ今すぐ――」

「ちょっ!? そんな乱暴に扱ったらヤバいって! そーっと、そーっと!」


 かくしてあたし達は、優姫さん特製の性癖爆弾を抱えて、人でごった返しつつあるショッピングモールを後にした。

 新年早々、ひどく気疲れした初売りになってしまった。


 *


 ハル実家のご両親は、ご町内の挨拶周りに出掛けて留守だった。

 これ幸いと爆弾をハルの部屋に運び込んだところで、あたし達はやっと呼吸ができた。生きた心地がした。


「これで大丈夫だね……」

「まあ、お母さんが勝手に部屋を掃除しない限りはね」


 優姫さんの爆弾を押し入れの奥に厳重に封印してひと息、ようやく安心したあたしは、さっそく福袋の開封を始めた。

 優姫さんがソシャゲのガチャにご執心なように、あたしはあたしで福袋ガチャに夢中になる。


 オシャレは楽しい。

 勝ち負けがなくて、自分が着たいものを着ればいいだけだから。

 だけど中には優劣をつけたがる人や、レッテルを貼りたがる人がいる。流行の最先端を追ってる人は、目立ちたがり屋でオールドファッションをバカにしてるとか。清楚系の服装が好きな人は、男ウケばっか気にしてる自意識過剰だとか。ゴスロリとかパンク着てる人は100%メンヘラだとか。

 そんなの、ホントくだらない。

 文句つけてくる他人もくだらないけど、そんな他人の文句で一喜一憂してるのもくだらない。

 大事なのは自分に似合ってるかどうかだけなのだ。


「だからコレ絶対似合うって、着てみて!」

「ええー……」


 という感じで、持論と白のリブニットをハルにぶつけてみた。

 ハルはうらやましいくらいのプロポーションの持ち主だ。出る所出てて引っ込むところ引っ込んでいるので、身体目当てで寄ってくる男もかなり多い。実際、ふたりで町を歩いていてナンパされたことも一度や二度じゃない。


「ほら、やっぱ似合うじゃん」


 ハルはあたしに言われるがまま、その場でくるりと一回転してみせた。シンプルだからこそ元の素材が試されるリブニットなのに、不安要素など感じさせない見事な着こなしだ。

 なのに、ハルは恥ずかしそうに苦笑するばかりで。


「リブニット苦手なんだよね、胸元が強調されちゃって……」

「ナンパ男から逃げるためにオシャレ諦めるなんてもったいないよ」

「んんー……でも……」

「じゃあ今日だけ! それと、こっちのブラウンのコートを合わせて……」

「しょうがないなあ……」


 結局、ハルは折れてくれた。今日だけは、あたしの着せ替え人形だ。

 ていうかそもそも、ハルの素材がよすぎるのがいけないのだ。

 どんなものでも着こなしてしまえるポテンシャルの高さを見せつけられたら、誰だってハルを着せ替え人形にしちゃいたくなる。ま、あたしだけのものなんだけど。

 

 だから、あたしの心変わりは当然で必然だ。

 イタズラ心が芽生えちゃってもしょうがない。


「ねえ、あの箱開けてみようよ」

「え”!?」


 カエルをすり潰したような声を上げたハルを無視して、あたしは押し入れから優姫さんの爆弾を引っ張り出した。もちろん、ハルの分だけ。


 優姫さんは、ハルに何を着せようと企んでいたんだろう。

 定番のナースとかミニスカポリス? それとも有名どころだと弐号機パイロット?

 いやでも送り主はあの優姫さんだ、そんな安易なところに落ちつくとは思えない。


「しおちゃん本気!?」

「ん。ていうかもう開けた――」


 開けて、想像とはまるで違ったものが入っていて驚愕した。

 布地面積が極端に少ないブラジャー。

 目の細かい網タイツのようなオーガンジー素材の透けまくっているベビードール。

 そして穴の空いたパンツ。

 挙げ句に何をどうやって着ればいいのか分からない、ヒモとレースのオンパレード。


 理解した。これは――オトナのランジェリーだ。


「うげ!?」


 ハルの口から漏れた声は、今度はウシガエル。顔面をひくつかせるハルから視線を逸らし、箱の中のランジェリーを摘まみ上げてみる。

 普通のものと比べると軽い。

 そりゃ布地が少ないからそうなるよね、なんてくだらないことを考えて納得するくらいしかできなかった。


「ねえハル?」

「着ないよ!?」

「まだ何も言ってないよ?」

「しおちゃんの考えそうなことくらい分かるからね!?」


 だけど残念ながら、本当に残念なんだけど。

 あたしの心は、悪いあたしに乗っ取られちゃいました。

 だってしょうがないよね?

 ハルは着せ替え人形になるって言ってくれたんだし。

 

「……ところで質問なんだけどさ、去年のクリスマスどこで何してた?」

「配達に追われてクリスマスどころじゃなかったけど! それとこれとは別でしょ!?」

「あたし寂しかったなー? 冷たくて暗い部屋でさ、ご飯作ってケーキ買って、サンタの帽子も被ってさ? ずーっと待ってたのになー? えっと、帰ってきたの何時だったっけ?」

「う……」

「しかも帰るなりすぐ寝ちゃったよね? ご飯も食べずケーキも食べず。あたしのサンタコスにも触れないで。……期待してたんだけどな、とか」

「あ、ああ…………」

「どうしよっか、ハル?」

「じ、実家じゃなくてさ。せめて家に帰ってからじゃ――」

「そっか……やっぱり浮気してるんだぁ」

「くうっ……!!!」


 ハルの震える手が、深紅のベビードールに伸びていった。

 優姫さんチョイスのベビードールの素材は、徹頭徹尾オーガンジーだった。

 ボディーラインも胸元の突起すらも、いっそ清々しいくらいに隠す気がない。

 セットのパンツはもっとひどくて、大事な部分隠さないという下着の常識を覆すもの。

 実に、実にけしからんデザインだ。優姫さんグッジョブ!


「き……着るからあっち向いてて……」

「着ようが脱ごうが一緒でしょ? さあ、新しい扉開けちゃえ!」

「目覚めたら責任とってよ!?」


 基本的には優柔不断なのに、覚悟を決めたハルの行動は早かった。

 豪快に全部脱ぎ捨てて、すぐさま深紅のランジェリーを着こなしてみせる。


「は、恥ずかしい……!」


 ヤケクソ気味のハルを前にすると、今度はあたしが猛烈に恥ずかしくなった。

 一糸まとわぬハルの姿は毎日のように見ているというのに、ちょっと変わった下着を着けただけでまるで違って見える。

 恥ずかしい姿なのに、何故か見てしまう。

 昔、学校の授業で美術教師が芸術とエロの密接な繋がりを力説していたけれど、今ならあの先生の言いたかったことが分かる。


 これは、反則だ――。


「遙香ー。結衣ちゃん達来たわよー」


 最悪の事態だ。

 あろうことか、あたしが着せ替え人形を満喫している時に、ご両親が帰ってきていたのだ。しかもハルの親友の瀬名先生まで。

 廊下を歩く足音が聞こえてくる。部屋の前まで迫っている――!


「ウソでしょ!?」

「どうするのしおちゃん!?」

「ハルー、入るぞー」


 ハル、絶体絶命。

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