10日 日曜日
「ふう……」
ローテーブルの上に広げた勉強道具から目を離して、あたしはハルが寝転んでいるベッドのへりに体を預けた。
日曜日の午後九時。明日からは期末考査が始まる。
「ハル~……。ハル分補給させて~……」
体をひねってベッドの上のハルを見ると、熱心にスマホを見つめている。
「なにやってんの?」
「ん~? ぶつ森~」
這うようにハルの隣に移動して、スマホを覗き込んだ。長い黒髪のかわいらしい女の子が、動物達に紙袋をプレゼントしている。
「へえ、ハルもそういうのやるんだ」
「カワイイでしょ?」
無邪気な笑顔で、ハルはスマホをあたしに近づけてきた。画面中央に居る女の子は、ハルのアバターらしい。顔はまったく似てないけど、髪の毛の感じとか服の趣味はよく似ている。
「小さい時から大好きでね。スマホで出るって聞いたら、やるしかないって思って!」
「ふ~ん?」
試しに衣服を触ってみると、着せ替えできる。緑色のクソダサTシャツを着せると、なんとなくハルの部屋着みたいで面白い。
「もー、センスない! 私、緑色似合わないって知ってるでしょ」
「じゃあ、脱がす。これ裸になれたりしないの?」
「なれるわけないでしょ、キャンプ場だよ!?」
「ていうかゲームよりハル分補給させてよ……勉強疲れた……」
「これ終わったらね」
「むう……」
ハルはあたしよりスマホゲームらしい。「学生の本分は勉強」だなんて言っておきながら、あたしが頑張って勉強している間、ずっとゲームしていたのだ。なんだかムカつく。
あたしはハルの背中に手を伸ばして、服の上からブラのホックを外した。スマホに夢中なハルはまったく気づいていない。そっとハルの上に移動して、部屋着のTシャツの中に両手を突っ込んだ。目指す場所は、ハルの大きなおっぱい。
「ちょっ、くすぐったいって……!」
「気にせずゲームやってれば?」
ハルの敏感なところを両手の指でころころ転がした。しばらくはくすぐったがっていたけど、だんだん呼吸が荒くなって、えっちな声が聞こえてくる。ハルがあたしの弱点を知ってるように、あたしもハルの弱点を知っている。
「しおちゃん……」
スマホを投げ出したハルは、ようやくあたしの名前を呼んでくれた。顔は真っ赤、潤んだ瞳であたしを見つめてくる。だけど応えてあげるつもりはない。
「ダメ、お預け。人が勉強してる時にゲームばっかしてた罰だよ」
「うう……!」
「したいなら一人ですれば? 見ててあげる」
あたし、もしかしたらSかもしれない。年上のハルをこんな風にやり込めてると、なんだかスカっとするし、ゾクゾクするし、なによりカワイイハルを見られて嬉しいから。
「す、するわけないでしょ!?」
「でも普段はひとりでしてたんでしょ? あの道具使って」
ハルは声にならない声を上げて、枕で顔を隠した。
あたしがSなら、ハルは間違いなくドがつくMだと思う。
体の相性だけじゃなくて、こういうところでも相性がいい。きっと、神さまが、かっちりハマるようにあたし達を作ったんだなって思えて嬉しくなる。とてもえっちな神さまだと思うけど。
ニヤニヤ笑ってたら、ハルが枕を投げてきた。柔らかい羽毛枕があたしの顔面にクリーンヒットした。
「しおちゃんだってするでしょ!?」
「や、あたしはそんなに……」
と思って思い出す。あの日、保健室のベッドの中であたしはハルのことを考えてやりかけた。カウンセラーの先生が途中でなにも言わなかったら、と思うと、とても恥ずかしい。
「その反応はしてるんじゃない! だから仕方ないの!」
開き直ったハルは、あたしに顔を近づけてきた。吐息が荒くて、甘くて。キスされただけで堕ちそう
ハルとしか寝たことがないから他の人のことは知らないけど、たぶんハルはそういう欲求が強いんだと思う。キスしたり抱き合うだけで満足なあたしとは違う。でも、求められるのはイヤじゃない。ハルのことが好きだから、ハルが満足するなら求められるままに振る舞ってあげたい。あれ、これってSじゃないのかも。
「しおちゃん……して……」
だけど、今日はダメ。罰ゲームの最中だし、もうちょっとだけ勉強したい。第一志望の池袋の大学に入れないと、ハルとは一緒に居られないから。
「明日テストだからダメ」
「ううううう~……」
「変な声出してもダメ。シャワー浴びてきたら?」
「わかった……」
ハルはがっくりと肩を落とした。ハルはこういうところもカワイイ。たくさん与えて、たくさんお預けしたくなる。たまに拒否った方が、マンネリ防止にもなるって言うし。
とぼとぼお風呂に向かったハルを見送って、あたしはもう一度試験勉強に向かい合った。ハル分も補給できたし、もうちょっと頑張れそうだ。
そう思ってスマホを見ると、メッセージアプリの通知が来ていた。
あたしは、ハルと母さんから来るメッセージ以外の通知を切っている。ムリヤリ入れられたクラスのグループの通知すら切っているので、学校では時々話題に乗り遅れる。むしろ、乗り遅れたくて無視している。学校以外の場所でまで、下らないヒエラルキー争いに巻き込まれたくないから。
だけど、切っているのはメッセージの通知だけ。友達申請までは切っていない。
「あれ、委員長だ」
友達申請の欄に、『日比谷優姫』の名前があった。この間、ノートを貸してくれた女の子だ。
それにしても、今は三年生の十二月で卒業まであと三ヶ月。おまけに明日からは期末考査。こんなタイミングで友達申請してくるなんて、少しおかしい。
とりあえず許可して、スタンプを一個だけ送ってみる。相手が何のつもりなのか分からない時は、こうして出方をうかがうことにしている。
スタンプはすぐに既読になった。しばらくすると、委員長――日比谷さんから長文が送られてきた。
『突然の友達申請失礼します。私、日比谷優姫です。村瀬さんのクラスの学級委員です。テスト前日のこんな夜中に連絡してしまってすみません。でも、どうしてもお話したいことがあって、クラスのグループから村瀬さんのIDを調べて友達申請しました』
長い。しかも、結局なにを話したかったのか書いてない。
「気にしなくていいよ」
と送ってみると、すぐ既読になる。だけど返信がなかなか来ない。きっと今、日比谷さんは一生懸命長文を打ち込んでいるんだろう。待ってるのも面倒だったので、あたしは助け船を出してみる。
「通話しない?」
すぐに既読がついた。けれど、反応はない。しばらく待ってみても、何の音沙汰もなかった。
日比谷さんは成績がいい。少なくともあたしよりは上で、学年でもかなり上位にいる。そんな人からの連絡だから、クラスのグループで「テストなくなれ」「明日台風来い」「ミサイル落ちろ」と叫んでるサルどもとはまるで違う内容だろう。あたしが教えてもらうことはあっても、あたしが教えることはないはず。
そんな事を考えながら数学の問題と格闘していると、スマホが鳴った。日比谷さんから通話だ。
ハルがお風呂に入っていることを確認して、あたしは電話に出た。ちょっとだけ声のトーンを上げて、いい子の仮面をつけて。
「はい」
『あっ……!』
日比谷さんの声がしたと思うと、ゴンって音が響いた。マイクの遠くで慌てるような声が聞こえてしばらくすると、また日比谷さんの声が聞こえる。
『ご、ごめんなさい。スマホ落としちゃって……』
「あはは、よくあるよね」
『そ、そう。よくあるの。ごめんね、こんな時間に。明日テストなのに、しかも、村瀬さんの迷惑も考えずに勝手に電話しちゃって私』
あからさまにキョドっている。いったいどうしたんだろう、この人は。
とりあえず落ち着くように言うと、日比谷さんは深呼吸を始めた。ラジオ体操のラストみたいに、1、2、3って感じで。相変わらず、真面目星の真面目星人。
『ありがとう、落ち着いたかも……』
「うん、よかった。それで、何の話かな?」
そう言うと、日比谷さんの声はどんどん小さくなっていった。何かを言いかけては呑み込んでいる、という感じで、歯切れが悪い。イライラしたあたしは、地が出ないように注意して、ゆっくり喋る。
「電話で言いにくいなら、明日学校でも――」
『待って! 今言いたいの、今じゃなきゃダメで……』
割り込まれてしまったあたしは、黙るしかない。沈黙の中、すうっと息を吸い込む音が聞こえて、日比谷さんが話し出した。
『変だって思うかもしれないし、気持ち悪いって思うかもしれないけど……その、ね……』
そこまで言われて、あたしはようやく気がついた。
日比谷さんが伝えようとしている言葉がなんなのか。止めようと思ったけど、遅かった。
『私、村瀬さんのことが……好き……』
『好き、なの……。友達として、じゃなくて……その、女なのに……』
日比谷さんは、あたしのことが好き。それも友達としてじゃなくて、恋愛感情としての好き。
そんなこと、思いもよらなかった。あたしにとって日比谷さんは、クラスの友達でしかない。真面目星の真面目星人で、嫌いではないけど好きでもない、どうでもいい人。それにあたしには、誰よりも好きなハルが居る。だから、日比谷さんの気持ちに応えるつもりはないし、応える理由もない。
『ごめん、やっぱり変だよね。女が女を好きになるなんて、おかしいよね』
でも、日比谷さんはひとつだけ間違えていた。それだけは、訂正してあげなくちゃいけない気がした。
「変じゃないよ。日比谷さんは全然、変じゃない」
『え……?』
「好きになった人が、たまたま女の人だっただけだよ」
昔、ハルが言っていた言葉を思い出した。
ハルに「いつ女の人が好きになったの?」と聞いたら、話してくれたこと。それは当時女子高生だったハルの初恋の話。初恋相手のその人は、ハルの親友で、憧れの人。一度聞いたっきりだけど、内容は昨日のことのように思い出せる。
たしか、名前は結衣。あたしが唯一嫉妬している女の子。
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