青春してます。

@yomihito

第1話 はじまりは何時も突然に。

 真っ白のキャンバスに色を付けていく、その作業に没頭している。

 目の前にある景色を、物体を、人物を、頭の中で切り取りながら……それを白い世界に落とし込みながら……自分だけの世界を形つくり、色づけ、創造して行く。

 幼い頃から、この自分だけの世界を創造していく感覚が好きで堪らなかった。


「……何か少し足りないような気がするなぁ」


 キャンバスを見つめながら何の気なしに自分の口から声が出た事によって、一瞬だが集中が切れ現実に引き戻される。

 橙色に染まる美術教室の空調の効いた中で自分は溜息を吐くための、温く暖かい空気を一息吸い込む。


「はぁ……」


 こうなるともう絵に集中する事が出来なくなる事は長年の習慣で分かっていたので、手の中にある絵筆を静かにパレットの上に置いた、教室の時計を見ると下校の時間が迫っているのに気付く。

(今日はここまでかな、結構良い感じに作業できたし、どうにか提出期限には間に合いそうだ)

 そんな事を考えながら片づけをしていると、静かな廊下から規則正しい足音が此方に向かって来る。

 歩幅まで測ったような堅苦しく、融通の利かない足音の主は教室の前で止まると、

 扉を開けて入ってくる。 

 秋の肌寒い空気が温まった教室を引き締めるように、その人物は近づいてきた。


 近隣の高校でも可愛いと評判のブレザーを校則通りに着こなしながらも、それでも何処か少し違うように見せているらしい。

(本人曰く、正面から校則違反するなんて馬鹿のする事だと言い切った)


 その長い黒髪は綺麗に背中に流れ、さらさらと音さえしそうだ。

(かなり気を使って手入れしているらしい)


 女子の平均身長を一人で底上げそうな程スラッした体型の割に出る所は出て、引っ込む所はこれでもかと引っ込んでいるそのスタイル。

(何気にこの辺は大雑把なのだが、それが一部の女子の反感を買っている事に本人は気付いているのかいないのか……)


 左右対称に限りなく近いのではないかと思わせる輪郭に、すっきりと通った目鼻立ち、少し釣り目気味の目元が余計に美人度を上げている

(何時か釣り目気味ですねと言ったら、凄くいい笑顔で胸倉を掴まれ凄まれた、涙が出た)


 この翔瑞高校で一二を争う程の人気者であり、有名人でもある。

 二年弐組 出席番号二十一番 時坂時雨ときさか しぐれ先輩だ。


「こんにちは、綾上皆人あやかみ みなと君。今日はもう終わりかしら?」


 凄く良い微笑みを浮かべると、自分の名前をわざわざフルネームで呼んでくる。

 自分が何かした時だけ、時雨先輩はこんな良い笑顔を浮かべる事を知っている自分はなにか心当たりが無いかと頭を捻る。


「ふふっ、その顔は何も心当たりが無いって顔ね、綾上 皆人君?」


「心当たりですか……」


「本当に分からないみたいね、今日は例の件を話し合いをするって言ってなかったかしら?」


 先輩のその言葉で思い出すと、僅かばかりの逡巡の後に素直に気持ちを述べた


「まさか昨日のアレを本気で言っていたとは思いませんでした」


「私が冗談を言うと思っていたの?」


 真顔を先輩に若干気後れしながらも反論を返す。


「そりゃ、冗談だと思いますよ。誰が本気にするんですかあんな事」


 自分を見つめる先輩の顔を見つめ返しながら、昨日の放課後にあった衝撃的で非現実的な先輩の言葉を思い返した。




 夕日に染まる二人きりの教室、躊躇うように視線を彷徨わし、心なしか頬を染めてこちらを見つめてくる先輩。

 これで何かを期待しない男は居ないと思う、現にその場に居た自分自身も柄にも無く緊張していた。

 そんな微妙に青春してますって感じの空気の中、意を決したように先輩が口を開いた


「綾上君、私と一緒に音楽活動バンドしてみない?」


「はい?」


 自分の間抜けな返事を気にする様子も無く、ひたすら真剣な表情の先輩を前に途方に暮れた。


 しかし今思えばこれがあらゆる事の始まりの言葉であった事は間違いない


 この言葉を聞いた事がこの先輩の真剣な思いが、後の高校生活を色々な意味で彩る事のきっかけになる事をこの時の自分はまだ知らなかったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

青春してます。 @yomihito

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る