S級主人公の特権と呪いのようなモノ 終
夕人はロシアンルーレットのハズレの激辛パンを半分くらいまで頑張ってみたが、結局食べきることは諦めた。もっと小さければよかったのにと思わなくもない。
すでにペットボトルの中身は空っぽだ。仕方がないので自販機に何か飲み物でも買いに行こうと廊下に出た時である。
「きゃあっ⁉」
「おっと……」
軽い感触がして誰かにぶつかってしまった。
「いたた……」
相手は尻もちをついてしまったようだ。
女子生徒だ。肩にギリギリ触れない長さ髪、つり目。気の強そうな顔のパーツをしている。
「あー、すまん。大丈夫だったか?」
「ひゃあ! ごめんなさいごめんなさい! 怪我はありませんか⁉」
尻もちをついたまま女子生徒は平謝りだった。怪我がないか心配するのはむしろこちらの方だ。必死に謝っている姿を見ていると、いつもこんな風に謝っているんだろうなあというのが嫌でも分かる。
「いや、ほら、俺は大丈夫だからさ。とりあえず、立てる?」
そう言って夕人は女子生徒に手を差し出す。
「あ、えっと、ありがとうございます……」
女子生徒は困った様な、不安そうな顔をしながら夕人の手を握って立ち上がる。
良い子だった。七闇や与国を見ているせいか、余計にそう思った。
「あれ?
「おー、朽無じゃん」
ひょっこりと、半開きの教室の扉から七闇と与国が顔を出す。
「あ、南出さんに与国さん。あと、端さんでしたよね?」
恐る恐るといった感じに、女子生徒は確認する。間違ってたらどうしよう。目がそんな風に物語っていた。
「うん、端であってるけど」
「そ、そうですか。良かったあ……」
ほっと一息。心の底から安心したような声。
「ところで、南出の友達?」
「親友なんだから私の事は七闇と名前で呼びなさい。あと友達っつーよりクラスメートよ。ねえ? 朽無ちゃん?」
七闇が笑顔を向けると、朽無と呼ばれた女子生徒はビクリと体を震わせる。
「は、はい! え、えっと、
まるで悲鳴のような声で自己紹介をしながら、朽無は頭を下げる。
「朽無ちゃんは怖がりの謝りたがりなのよ」
「謝りたがり?」
「そう、謝りたがり。自分が間違ってると思うとすぐ謝っちゃう。そのうえ怖がりで、何にでも不安を感じて恐怖しちゃうから謝る頻度も多い。それが朽無ちゃんだよ。そのせいでこうしてS組にいる訳だけど」
それはさぞ生きにくいだろう。常に謝ってばかりの生活なんて疲れるだろう。
そんな風にいろいろ思うことはありそうだが……。
「問題点がわりと重めでナンパだとかフィクションだとかがゴミみたいに見えてくるんだが」
さっきまで聞いてた話のせいで夕人の口から出たのはそんな感想だった。
「ちょっと⁉ いくら温厚な私でもさすがに怒るよ⁉」
「お前は温厚じゃなくて不思議ちゃんだ」
「そうだ! ナンパ野郎だって立派な問題点だ!」
「自信満々に言うな」
「そ、そうですよお! 私の問題点なんて大したこと……やっぱりありますかね?」
「そのセリフは返答に困る」
三者三様の訴え。それぞれに律儀にツッコミという名の返事をしながら、なるほど確かにちょっとヤバそうな生徒ばかりかも、とS組という環境について理解を深める夕人。
「でもまあ、これも主人公であるが故よね?」
「はあ?」
突然七闇がそんなことを言う。のたまうと表現してもいい。
「ぶつかって朽無ちゃんと知り合ったでしょ? それに転校初日でもう3人のクラスメートと知り合ったでしょ? こうしてイベントを起こしたり周りに人が集まるのも主人公の特権よねえ」
「いやだから偶然だろ」
七闇はあくまでもこちらを主人公と言い張る。夕人はそれを認めない。
「むう、アナタは頑なに認めないわね」
「むしろそんなフィクション設定を認めてくれる奴いるのか?」
「大抵は最終的に『はいはい分かった分かった』って感じで認めてくれるわ」
「それは認めてるんじゃなくて諦めてるんだ」
自信たっぷりに胸を張って答える七闇に夕人はため息をつく。
「やっぱり、友達なだけあって仲が良いんですね」
そんな夕人と七闇の様子に朽無は納得したような声でそう言った。
「いやいやいや、友達じゃないから」
「そ、そうだったんですか⁉ ごめんなさいごめんなさい! 私ったらとんだ勘違いを‼」
「いやいやいや、友達どころか親友よ! だから朽無ちゃんは間違ってないわ!」
「そ、そうなんですか⁉ ごめんなさいごめんなさい! 私ったら勘違いしただなんて勘違いを‼」
段々謝り方が面倒臭い感じになってきた。これが謝りたがりか。
「いやそんなに謝るようなことでもないから、ね?」
「う、うっとおしかったですか⁉ ごめんなさいごめんなさい!」
あれ? これもしかして無限ループ? 夕人がそんなことを思い始めた時だった。
突然、どこから入り込んだのか、1匹の蜂が朽無の目の前を横切った。
「ひゃあっ⁉」
たかが虫、されど虫。特に蜂なんて虫の中でもかなり恐い部類にはいるものだろう。それが目の前、超至近距離を横切ったのだ。びっくりしても仕方のない事だ。
蜂に驚いた朽無はもう1度尻もちをつきそうになる。
「危なっ!」
そんな朽無を夕人はとっさに抱きかかえた。
朽無の目の前に今度は夕人の顔が現れる。
「大丈夫か?」
「は、はい。なんとか……」
夕人から離れた朽無。心なしか顔がほんのり赤くなっているようにも見える。
「本当に大じょ……」
「わわわ、私お水買いに行ってきますね!」
夕人の言葉を慌てたように遮りながら、朽無はぱたたたと小走りで行ってしまった。……あ、途中で転んだ。
「慌ただしい女の子だったな」
「今の流れでその感想にいっちゃう?」
妙な感想を持った夕人に珍しく七闇が突っ込む。
「そうだぞ! こんなに短時間であっさりと女の子と仲良くなるなんて……いったい今の会話にどんな高度なナンパテクニックがあったんだ⁉」
「そもそもナンパなんてしてねえ」
与国は与国で変わらず欲に正直だった。夕人は段々彼の平常運転というものが分かってきたような気がする。
「いやしかし、まさか無茶ぶり体質とモテ体質まで備えているとはね」
七闇は感心したようにうんうんと頷いている。
「なんだよそれ」
またどうせ碌でもないことなんだろうなとも思いつつも夕人は聞かずにはいられない。聞かなきゃ物語が進まないとか主人公的でメタ的な理由ではなく、単純に自分への風評被害を広められても困るからだ。
「俺も気になる。特にモテ体質の方が」
与国も食いつくが、根底にあるものはやっぱりブレない。
「まあ順番にね。まずは無茶ぶり体質から。これもまあ、私が勝手にそう呼んでるだけなんだけど。さっき転びかけた朽無ちゃんを夕人君は咄嗟に抱きとめたでしょ? 実際、横で人が転んだからって、それを咄嗟に阻止できる人なんてそうそういないのよ。できたとしても、皆やろうとは思わないから。だけど夕人君はそれができてしまった。これが無茶ぶり体質。一見すると無茶ぶりに思えるようなことでも、やってみるとできちゃう体質。やろうと思えば大抵のことができてしまうのよ。主人公だから」
そこまで話して七闇は一旦息をつく。
「で、次はモテ体質ね」
「待ってました!」
与国が嬉しそうに叫ぶ。こういう類の言葉は真剣に受け止めない方がいいと言ったのはどこの誰だったか。
「朽無ちゃんを助けた時、朽無ちゃん、ちょっと顔が赤くなってたよね。私が思うに、アレは完全に惚れちゃったね。こういった身近な女性に対してイベントを起こし惚れさせるのがモテ体質って訳よ」
「ああ、確かにそれは俺もそう思う。朽無の奴完全に惚れてたな。アレがつり橋効果ってヤツか」
七闇と与国2人してこちらを見つめてくる。
「待て待て落ち着けって。出会ったばっかりで惚れるとかありえないって。ましてや俺なんかに」
「しかも鈍感、そして自己評価が低い。まあ、これもまた主人公の特徴よね……」
「俺も段々コイツ主人公じゃねーの? って思えてきたわ……」
2人からジト目で見られる夕人。そんなに変なことを言っただろうかと首を傾げる。
「とにかく、夕人君は主人公の要素がてんこ盛りだってことが分かったでしょ?」
「だから全部偶然だって。当たり体質にしても無茶ぶり体質やモテ体質にしてもどれも偶然そうなったのをこじつけただけだろ?」
「むう、あくまでも偶然だと、自分は主人公ではないと言い張るのね?」
七闇は子供っぽくむくれる。
「……まあいいわ。どうせいつかは認めざるをえない日が来るんだから」
それは含みのある言い方だった。意味深な言い方と言い換えてもいいだろう。七闇的に言うならば、伏線と言ってもいい。
だが。
「うん? 何か言ったか?」
夕人にその言葉は届かなかった。彼は肝心な言葉を聞き逃す、それもまた主人公故に、であろうか。
「いえ、何も言ってないわ。それより、そろそろ5時間目が始まるわ。教室に戻りましょう?」
そういえば教室の扉の前で会話してたんだなと思い返しながら、3人は教室に戻る。
自分の席に座りながら、ふと夕人は思い出した。
「飲み物、買えてないじゃん」
おまけ
「香奈先生ー!」
「あら南出さん、どうしたの?」
「香奈先生の苗字って接着剤みたいですよね!」
「にかわって言うなあッ‼」
南出七闇のフィクション的好奇心 灰色平行線 @kumihira
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