S級主人公の特権と呪いのようなモノ 2

「端の席はそこの開いてる所な。それじゃあ、ホームルーム終わり。1時間目の準備をしてろい」

 そう言って千松里先生と香奈先生は教室を出て行った。

 窓際の1番後ろ。端っこの端っこの端っこ。転校生が来ることが決まったから急遽席を用意しましたという感じがひしひしと伝わってくる。あるいは偶然この席だけ空いてましたという感じ。位置的にはどちらも有り得るだろう。

 そんな風に余計なことを考えつつ、夕人は席に座って荷物を椅子の下に置くと、大きく伸びをした。

「はあ……やっと休める……」

「お? やっぱ転校って疲れるもんなん? そりゃ今までと違う学校行くんだもんなぁ、道とか覚え直さなきゃならないもんなぁ」

「いや疲れたのは学校に行く途中の話であってだな」

「へえ、何かあったん?」

「実は……ってアンタ誰?」

 独り言に対してあまりにもナチュラルに返事をするものだから、つい会話へと発展しまった。夕人の1つ前の席。そこに座っていた男子生徒がこちらを見ていた。

 前髪を後ろにかきあげ、金髪に染めた頭。ボタンをかけずに開きっぱなしの学ラン。学ランの下にはワイシャツではなく微妙なデザインのTシャツが顔を覗かせている。一見、不良のようにも見えるが、明るそうな顔つきから悪そうな男には見えない。

「おお、俺か? 俺は与国よくに正直ただなお! 皆からは素直な子だって言われてるぜ! よろしくな!」

 そんな勢いの良い自己紹介と共に与国と名乗った男子生徒は親指を立ててニカッと笑った。

「よ、よろしく」

 あまりの勢いの良さに思わず後ずさりたくなる夕人だったが、椅子に座っている状態ではそんなこともできないので体を後ろに反らすことでちょっぴり引いてるアピールをする。

 唐突な話になるが、体を後ろに反らすと当然上半身の位置は後ろに移動する訳で。だけど夕人は後ろなんて見ていない訳で。

 ふにゅ。

「やあんっ」

 頭に柔らかいモノが当たって後ろからなんだか艶めかしい声がして、後ろを振り向いたら女の子の胸が目の前にあった場合、夕人の不注意は果たして断罪されてしまうのか。

「朝からお盛んねえ、溜まってるのかしら?」

 見上げれば、南出七闇がニヤニヤとこちらを見下ろしていた。

「げっ……」

「おっと、その反応はないんじゃないのー? 私と貴方の仲じゃないの」

 そう言って、七闇は夕人に後ろから抱きつく。

「抱きつくな離れろ、そんな仲になった覚えはねーよ」

「なによなによう、親友なんだからこれくらいのスキンシップ当たり前でしょ?」

 そのスキンシップの方法は親友というよりは幼馴染のイメージに近い。夕人はそう思ったが、わざわざ声に出すようなことでもなかった。

「そのやりとり、やっぱり仲良いんだなあ」

 後ろに気を取られてる間に、前では与国が感心したように頷いていた。

「仲良くねーよ今朝あったばかりだよ」

「今朝⁉ それでもう女の子とそんなに仲良く⁉ 俺にもそのナンパのテクニックを教えてくれ!」

 突然、食い気味に、前のめりになる与国。なんだコイツ。

「与国君はホント素直で正直だねえ、欲に」

 そんな与国を見て意味ありげに七闇は笑う。

「どうゆーこと?」

 問いかけてみる。

「どうって、言葉のままよ。与国正直君は名前の通り欲に正直しょうじきなのよ」

「正直ってどのくらい?」

「目についた女子生徒に片っ端からナンパを繰り返し、学校中の女子という女子から恋のブルックリスト入りされてんのよ。そりゃあもう真っ黒よ。友達としては面白いんだけどねえ」

「そりぁまたなんというか……」

 この場合彼の女好きに突っ込むべきか、それともナンパの下手さに突っ込むべきか。というか、欲に正直って、性欲のことかよ。

「あとかなりの大食いで1度眠ったらなかなか起きないのよ」

 三大欲求を見事にクリアしていた。

「よく食べてよく眠るけど太ってないでしょ? そこが女の子達の反感を買ったりしてるのよね。そんなカンジのいろいろな要素がただでさえ低いナンパの成功率をグッと下げてるのよ。で、挙句の果てには繰り返されるナンパが問題視されてS組へってね。笑っちゃうでしょ?」

 ケラケラと七闇が笑う。その度におさげが揺れて、頬に当たってくすぐったい。

 で、笑われた与国は少しムッとした顔で言い返す。

「なんだよ、お前もS組にいるんだから同じようなもんだろうが?」

「まあ、それもそうなんだけどね」

 おや? そんな風に夕人は首を傾げる。ちょっぴり気になる会話だった。

「S組って、何かヤバイの?」

 なんとなく、好奇心で夕人はそう尋ねる。

 何かヤバイの? ヤバイという言葉。なんというか使い勝手の良い言葉だと思った。

「あれ? 端は先生から聞いてねーの? S組が何であるのか」

 与国が首を傾げる。後ろから抱きつかれているせいで夕人から七闇の顔は見えないが、きっとニヤニヤと笑っているのだろう。

「Aランクの上にSランクがあるようなものだとしか聞いてないけど」

「それは半分合ってるけど、半分間違ってるな」

 与国は手を横に振って、首を横に振る。

「そりゃあウチのクラスはSランクみたいなもんだけど、お前が思ってるようなのとは逆だ」

「逆?」

「SランクはSランクでも最高ランクのSじゃあない。最低ランクのSだ。言ってしまえば2年S組は学校のブラックリストに名前が載っちゃった問題児達が集められたクラスだよ」

 最低。最も低い。1番下。決してSだからといって1番上だとは限らないそんなS級の話。

「飲み物のサイズだってSMLで選ぶだろ? Sが1番小さいだろ? それと同じだよ」

 得意気に例える与国だが、それはまた違う選び方ではないだろうか。成績と違ってお財布と好みの問題だし。

「つまりこのクラスには学校側に目ェつけられるくらいの問題抱えてる奴らしかいないってことだな! アッハッハッハ!」

「笑い事じゃねえ……」

 そんな説明では夕人は納得できない。何で転校早々問題も起こしていないのにS組に入れられているんだろう。当然、前の学校でも問題など起こしていない。

「夕人君がこのクラスに入れられたのは単純に君が主人公だからよ」

 そんな夕人の気持ちを知ってか知らずか、変わらず後ろから抱きついたままの七闇はそんなことを言う。

「いや主人公ってそんな漫画やアニメじゃあるまいし」

 とっさに否定する夕人。

 主人公。それは物語の進行役、あらゆる意味での中心の中心、さらに中心にいる存在。だが、それが何だと言うのだ。

 主人公だから。まるでこの世界が漫画かアニメの世界だとでも言いたげな言葉。そんな言葉を現実に生きている夕人に信じろというのは、少し無理がある話だった。

「あー、南出のそういうたぐいの言葉はあんまり真剣に受け止めない方がいいぞ?」

 わりと真面目な声色でそう言いながら与国は七闇を指さす。

「コイツこの世界がフィクションの物語の中だって本気で信じてやがるんだよ。そういった言動を隠そうともしねーから教師や他の生徒が気味悪がってS組の仲間入りって訳だ」

 与国は最後にニヤリと笑いながら「友達として普通に接するには面白い奴なんだけどな」と付け加えた。仕返しのつもりだろうか。

「分かったわ。だったら証明してあげる。夕人君が主人公であるということを!」

 夕人から離れ、ドンと自分の胸を叩く。

 と、同時にキンコンカンコンキンコンカンコンと妙にテンポの速いチャイムがなる。1時間目の授業が始まる合図だ。

「……証明してあげるわ! 昼休みにね!」

「えー……」

「えー……」

 なんともまあ締まらない。


 で、授業を受けたり休み時間に軽い質問をされたりしながら時間が経つ。

 キンコンカンコンキンコンカンコンと4時間目の終了を告げるチャイムが鳴る。時刻は12時35分。昼休み開始の合図だ。

「よーし! 端! 折角だから我がみちくさ高校を案内してやろう! つー訳で購買にパン買いに行こうぜ!」

 4時間目の授業中に居眠りをしていた与国が元気よく立ち上がる。完全に夕人を友達として接しており、おそろしく人に馴染むのが早い男だった。

「いや、俺弁当あるから」

「いいからいいから行こうぜ! 急がないと購買名物に乗り遅れるぞ!」

「ちょ、そんな勝手に……!」

 やんわり断ろうとした夕人の腕を掴んで与国は教室を出て行く。当然、夕人はそれについていく形となってしまった。


 教室を出て1階に降り渡り廊下を通ってすぐの部屋。部屋の扉の上には『購買』と書かれたプレートがついている。

「ウチの高校の購買には面白いモンが置いてあるからな! 見とかないと損だぜ?」

 そう言いながら与国はガラリと購買の扉を開ける。

 中にはコンビニのような店の景色が広がっている。生徒数もそこそこ。漫画とかでよく見るような混雑さはない。

「見たところ普通の購買ってカンジだけど」

 商品が陳列された棚を見ながら夕人は呟く。弁当、パン、おにぎりといったお昼ご飯の定番からスナック菓子などおやつの類、ペンや消しゴムなどの文房具など、どれもこれもどこの学校の購買にもありそうなモノばかりだ。

「ふっふっふー、ウチの購買の目玉商品はそこじゃーないのよねー」

 そんな夕人の横で七闇が勿体ぶったように笑う。……七闇?

「い、いつの間に?」

「覚えておくといいわ。親友はいつでもどこでも現れるのよ。私って都合の良い女だから」

「その言い方はどうかと思う」

 それだと自分が悪い男みたいではないか。

「おー、南出もパン買いに来たのか?」

 与国はとくに気にする様子も驚いた様子もない。反応が慣れている人のソレだった。つまるところ、南出のこの神出鬼没さはわりと当たり前の光景らしい。

「私はパンよりおにぎり派なんだけど、今日はパンでもいいな。とゆー訳でおばちゃんロシアンルーレットパン3つちょうっだい」

「あいよ、ロシアンルーレットパンね」

 七闇がレジに向かってそう言うと、購買のおばちゃんがレジの横に置いてあるケースからパンをみっつ取り出す。アンパンのような見た目の普通のパンである。

「はい、3つで387円ね」

「はーい」

 1個120円プラス消費税8パーセント、小数点切り捨てナリ。

「はいコレ」

 紙袋に包まれた3つのパンを受け取ると、七闇はその内の2つを夕人と与国に渡す。

「これが我がみちくさ高校購買目玉商品、1日限定50個発売の『ロシアンルーレットパン』よ」

「ロシアンルーレット……」

 ロシアンルーレット。鉄砲に1発だけ弾を入れて自分の頭に向かって順番に引き金を引くアレである。弾が入ってると思ったら天井に向かって撃ってもいいが、空砲だった場合は負けとなる。現実で実際に死人が出ていたりするので良い子はマネしないようにしよう。

「毎日50個売られてるパンなんだが、中身はあんこだったりカツだったりと数種類からランダムになっているパンだ。だが、この50個のうち1つだけ、激辛唐辛子パンとなっている。口から火を吹くような辛さにスリルを求めて学生たちが友達同士で買うことが多いパンだ。早速教室に戻って食べようぜ!」

 与国は元気にはしゃいでいる。なんというか、パーティーグッズみたいだと夕人は思った。

「あ、その前に1人129円ね」

「勝手に買ったくせに金とるの⁉」


 そんでもって再び教室。

 夕人の席に周りの椅子を集めて3人向かい合って座る。

「それでは皆さんご一緒に、いただきます」

「いただきます」

「いただきます」

 七闇の音頭に合わせ、3人一斉にそれぞれのパンをかじる。

「私のはこしあんね」

「俺のはカツだ!」

 南出七闇、与国正直、セーフ。

「ぐ……むう⁉」

 端夕人、アウト。急いでバックからお茶のペットボトルを取り出し、口に含む。

「あー、当たっちゃわね。でもちょっとリアクションが地味じゃなあい?」

「そこは叫ぶが転げまわるかしてほしい所だったな」

「好きで食ってんじゃねーよ!」

 目に涙を溜めながら夕人は怒鳴る。わりとマジな辛さだった。口の中の辛さを抑えるために既にペットボトルの中身を半分程飲み干してしまった。

「嘘だろ……まだ一口しかかじってないのに」

「その妥協しない辛さがスリルとパーティー感を高めてくれるのよ。そして私が言った通り、やっぱりアナタは主人公みたいね」

「はあ? どういうこったよ?」

 戸惑ったように夕人が聞くと、七闇は夕人のパンを指さした。

「当たり体質とでもいうのかしらね? まあ、私が勝手に名付けたんだけど。夕人君、パンで見事にハズレを引いたでしょう? しかも初めてのロシアンルーレットで。主人公にはよくある事なんだけど、当たりだろうとハズレだろうと、引き当てちゃうのよ。お店でくじ引きをすれば、旅行券を引き当て、罰ゲームをかけてジャンケンをすれば負ける。そんな確率においてイベントが起きそうな選択肢を引き当てる能力ね。つまり、アナタがロシアンルーレットパンでハズレを引き当てたということは、アナタが主人公であることの証明にもなるのよ」

「主人公の証明って、こんなの偶然だろ。それだけで主人公だなんて……むぐ」

 言い返そうとする夕人の口に、七闇は自分のパンを突っ込んだ。ちょっとした口封じである。

「まあ落ち着きなさいって。どうせすぐに偶然なんて言ってられなくなるんだから」

 そう言って七闇はニヤリと笑い、なんだか蚊帳の外になっている与国は黙々とパンを完食していた。

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