S級主人公の特権と呪いのようなモノ 1

 はし夕人ゆうとは転校生である。転生者ではない。死んで神様にチート能力をもらったり異世界でハーレムを築き上げたりなどしてない。

 転校の理由は簡単だ。父親の仕事の都合で引っ越したのだ。


 4月中旬。

 時期もそうだが、転校生という立場であるため他の人より少し遅れて新学期を迎えることとなった。そんな訳で夕人は今日から本格的に高校2年生だ。

 新しい町に新しい家、新しい学校に新しい制服、学ランを着て心機一転。何から何まで新しい気持ちで学校に向かう。はずだった。


 ぴーんぽーん。

 そんな間延びしたようなチャイムの音に、狙ったかのように丁度いいタイミングで学校に行こうと玄関にいた夕人が玄関の扉を開けるのは当然の行為とも言える。

 当然の行為。

 突然の好意。


「はい、どちら様……」

「おはよう! 学校行こう?」

 扉を開けると見知らぬ女子高生がこちらに笑顔を向けて迎えに来ていた。

 メガネをかけて2つのおさげを揺らす彼女は大人しそうな印象を受ける。


「……ど、どちら様?」

 唖然として、戸惑って、考えて、少し間が空いて、夕人は同じ言葉を繰り返す。

 どちら様? とは聞いたけど、どちらも相手が誰か分からないという意味で使った言葉だけど、2つのどちら様? には明確な違いがあった。

「どちら様って、忘れちゃったの⁉」

 女子高生は信じられないという顔でこちらを見る。

 こんな知り合いいただろうか。そもそも引っ越したばかりで知り合いなどこの町にいないハズだが、もしかしたら昔の友達が偶然この町に引っ越していた可能性もある。

「私よ! 南出みなみで七闇なやみよ!」

「マジで誰だよ」

 もしかしたらと悩んだのが馬鹿らしくなるほど、全く知らない人だった。

 外が見えるモニター付きのマンション住まいの夕人であるが、玄関にいてはモニターも見られない。丁度良く玄関にいたタイミングの悪さを呪いたい。

 もっとも、玄関にいたのならばドアスコープを覗けばいいだけの話なのだが、モニターに慣れたせいか夕人はその存在を完全に失念していた。

「何よ、ノリが悪いわね。折角こうして親友の私が迎えに来てあげたってのに」

 そんなあからさまに迷惑そうな顔をする夕人に女子高生は頬を膨らませる。

「親友どころか初対面だよ、初対面の人間にノリを求めるなよ」

「そもそも謎の女子高生が迎えに来てくれるというレアイベントだってのにその反応の薄さはなんなのよ?」

「女子高生の前に『謎の』ってつかなければな? ってか今認めたよな初対面であることを認めたよな?」

 なんだこのコイツ、いきなり現れて友達面かと思えば言いたい放題である。

「どうした? 夕人?」

 そうこうしていると玄関にスーツ姿の父親がやって来る。

「あ、お父様ですか? 私、夕人君のクラスメートの南出七闇と申します」

 父親が現れた瞬間、しおらしく挨拶をする七闇。

「おお、これはご丁寧にどうも」

 礼儀正しくお辞儀をする七闇に父親もかしこまってお辞儀をする。

「なんだなんだよどうしたよ夕人? お前学校今日からなのにもう友達作ったのかよ? 凄いな」

 感心したような言葉と共に、父親が夕人の背中を叩く。この少女、この短い時間で父親を籠絡してしまった。いや、普通に挨拶されれば大抵の場合親なんてこんなものだろうけど。

「いや、違……」

「ほら、そろそろ学校行かないと転校初日から遅刻しちゃうよ! それでは夕人君のお父様、行ってきます!」

 違うと言おうとした夕人の口を素早く手で塞ぎ、七闇は夕人をマンションの外へと引っ張り出す。

「おう、行ってらっしゃい。夕人! 良い友達を持ったな!」

 そんな息子を父親は朗らかに送り出すのだった。


 そんな訳で学校へ向かう途中の道。

「待て待て待て待てちょっと止まれって」

「どうしたのよ? 早く行かないと本当に遅刻するわよ? アナタの家の玄関で結構時間使っちゃったからホームルームまであと10分しかないんだけど」

「嘘⁉ ……うわあ、本当に時間ないじゃん!」

 携帯電話で確認すると8時20分。結構ギリギリだった。

「くっそ! どうしてくれんだコレぇ!」

「大丈夫! 走れば間に合うわ! なんてってったって貴方は主人公だもの!」

「はあ⁉」

 突然の意味深な発言。だけど気にしている余裕もなく、とにかく走り出す。

「主人公って言ったのよ主人公、分かる? 物語における中心の中心のそのまた中心、物語の最も真ん中にいるポジションよ」

「続けるの⁉ その話⁉ 今走ってるんだけど! 結構全力で!」

「まあ、私が言いたいのはね? この物語において貴方が主人公だってことよ」

「無視⁉」

 都合の悪いことは聞こえなーい。そんな都合の良い耳を持った七闇は夕人と同じスピードで走っているいるにも関わらず涼しげな表情だ。

「物語の主人公というのはいろんなお約束を持っているものなのよ。人はそれを主人公補正と呼んだりするわ」

「そう⁉ 別に主人公補正とか俺は持ってないと思うけど!」

「いーやアナタは持ってるわ、主人公に必要なモノを持ってるわ」

「っつーかこの話今じゃなきゃダメ⁉ 後にしない⁉」

 さすがに走りながらの会話はキツイものがある。なんで隣のコイツはこんなに平然としているんだろう。

 そんな理不尽さを感じながら夕人は走り続けた。


 で。

「し、失礼します。て、転校生の端ですが、担任の先生はいらっしゃるでしょうか……ゲホッ」

「おう、こっちだこっち……って大丈夫か? お前?」

 学校には間に合った。走ってみるものである。

 顔色ひとつ変えずに「じゃあまた後でね」と教室に向かった七闇と別れ、虫の息で職員室の扉を開けると、机に向かって何か作業をしていたスーツの男性が少し戸惑った顔で手招きする。男性の隣にはロングスカートにふわふわした服の女性が立っていた。

「お前が端か。俺はみちくさ高校2年S組担任の千松里ちまつり早月さつきだ。よろしくな」

 そう言って千松里と名乗った男はニッと笑う。息を整えるのに必死だった夕人が前を向けば、何人か確実に殺してそうな顔がそこにあった。

「ひえっ⁉」

「あれ? 何でか怖がられてる?」

 首を傾げる千松里先生。イスに座って首を傾げる姿が脅しかけてくるヤクザにしか見えなかった。

「えっと、大丈夫です。よろしくお願いします、血祭り先生」

「何か違うくね⁉ 今違う意味で言わなかった⁉」

「まあまあ、千松里先生は顔が怖いですから、初対面だと仕方ありませんよ」

 千松里先生の隣の女性がクスクスと笑う。

「そんな、香奈先生まで……」

 千松里先生は困ったように頭をかく。

 女性はこちらに目を合わせると、優しく微笑んだ。

「私は2年S組の副担任の似若にわか香奈かなです。これからよろしくね」

 こちらは千松里先生と違って優しそうな先生だ。第一印象の大切さを教えられる。

「よろしくお願いします。似若先生」

「にわかって言うなあッ‼」

 その瞬間、香奈先生の顔が般若に変わった。

「ひえっ⁉」

「あっと……ごめんなさい。ちょっと取り乱したわ。言い忘れちゃったけど、私のことは香奈先生って呼んでくれる? にわかって呼ばれるのはちょっとね……」

 きっと会う人会う人に言われたのだろう。『にわか』と。香奈先生からは哀愁が漂っていた。

「そろそろ行くか。もう朝のホームルームの時間になっちまったしな」

 そう言って千松里先生が立ち上がる。

 現在8時30分を過ぎたあたり。本当にギリギリである。

「うし、じゃあ端、ついて来い。2年S組の教室まで案内するから」

 3人で廊下を歩く。

「あの、千松里先生?」

「どした?」

「さっきから気になってたんですが、S組って、この学校そんなにクラスあるんですか?」

 普通EかFくらいまでだろう。夕人の個人的なイメージであるが。

「いや、さすがにAからSまで全部ある訳じゃねえよ。そんな巨大組織みたいな学校じゃないからなウチ。まあみてれば分かるって」

 含みのある言い方。ちなみに、A組からS組までのアルファベットのクラスがあったら全部で19クラスである。

 歩いていると、2年生の教室が並ぶ廊下に出る。

 2年A組、2年B組、2年C組、2年D組、2年E組。そしてE組の隣、6番目の教室に2年S組の文字があった。

「端君はゲームやる?」

「はい。人並みには」

 香奈先生からの質問に夕人は頷く。まあ、人並みがどこまでを指すのかは分からないが人並みにはやるほうなんじゃないかな? と夕人は思う。

「ゲームだとさ、自分の腕前をAとかBとかでランク付けされたりするでしょ?」

「そういうゲームもありますね」

 アクションとかミニゲームとかでよく見る印象だ。

「で、その手のゲームとかだとAランクのさらに上にSランクってあるでしょ?」

「ありますね」

「それと一緒よ」

「一緒なんですか⁉」

 大した理由などないという衝撃の事実。何にでもSをつけるのはいかがなものだろうか。聞くところによると大学の評価にもSがあるという話ではないか。この世には多くのSが紛れている。

「それじゃあ、これからホームルームを兼ねた転校生の紹介をするから俺が『入れ』って言ったら入って来い」

「転校の挨拶って緊張するかもしれないけど頑張って!」

 そう言って千松里先生と香奈先生は教室に入る。


「よーし、お前らホームルーム始めるぞー、座れー」

 廊下で待っていると、千松里先生の声が聞こえてくる。

「お前らも知ってるかもしんねーけど、我が2年S組に新しく仲間が加わることになりました。おめでとう!」

「はい! 先生! 転校生は男ですか⁉ 女ですか⁉」

 男子生徒であろう声がする。

「お前にとっては残念ながら男だ! だからナンパは諦めろ!」

「はい! どんな男の子ですか⁉ 素直な子だと私的に嬉しいです!」

 女子生徒であろう声がする。

「会ったばかりでそこまで分かる訳ないだろ! あとお前は自分の手駒を増やそうとするな!」

 外から聞いてるだけでもなんだかとっても混沌としている様子。

「それなら実際にお前らの目でどんな奴なのか確かめろ。とゆー訳で転校生です。どーぞー!」

 ノリが完全にバラエティ番組のゲスト登場のソレだった。正直この流れで教室に入るのは恥ずかしいが、ホームルームの時間も限られているので夕人は教室の戸をガラリと開ける。

 クラス中の目という目が自分へと向く。一気に緊張が体の中を駆け巡るが、まずは挨拶からだ。

「えっと……2年S組に転校して来ました。端夕人です。よろしくお願いし……」

 よろしくお願いします。そう言おうとして、夕人の言葉が止まった。

 教室の中、自分を見つめる目の中によくよく知っている目を見つけてしまった。2つのおさげ。メガネ。大人しそうに見えてその実ポジティブでアグレッシブ。

 彼女の名は、

「南出……七闇……!」

 驚きを隠せずに夕人はその名を呼ぶ。

「やっほー、奇遇だねえ夕人君。まさか同じクラスになるなんて実に運命的じゃないか」

 そう言って七闇は立ち上がると、夕人に向かってにっこりと笑顔を作った。


「お……」

「お?」

「お前知ってたな⁉ 同じクラスになるって分かってたろ! 何が運命だ⁉」

「きゃーこわーい。怒鳴っちゃやーよ!」


 そんな会話をしたせいで、クラス中に「ああ、コイツ南出の友達なんだな」と思われてしまったのは言うまでもない。

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