第5話 ルカ、新たな仲間を得る

 戦闘開始直後、予期せぬ事態が起きた。


「なっ!」


 俺達に一斉に向かってくると思っていたブラックウルフの何頭かが、馬車に向かって突撃していったのだ。


「おい、馬車に生き物でも積んでるのか!?」


 慌ててスミスに確認を取るが、彼は首を横に振った。


「んなわけあるか! せいぜい干し肉とか保存食ぐらいしかないぞ!?」

「じゃあ、なんで馬だけじゃなく馬車にも群がってるんだ!」

「そんなの俺が知りてぇよ!」


 互いに自分に向かってくる狼共を切り伏せながら、会話を交わす。

 その間にもブラックウルフは馬車の中に入ろうとしていた。

 原因が全くわからないが、このままでは奴らのせいで馬車が壊れてしまう。

 だが、俺達の周りにいるブラックウルフの数が多く、馬車の方まで手が回らない。


「馬が暴れないのが奇跡だな」

「そりゃあ俺の馬だからな。こういった修羅場には慣れてんのさ。だが、あそこまで馬車を揺らされちゃあアイツも耐え切れなくなりそうだ」


 馬はまだ大人しいが、揺れる馬車に少し怯えのようなものが見え始めている。

 その時、一頭のブラックウルフが中へと入ろうとして馬車が大きく傾いた。


「――きゃあっ!」


 馬車が「ガタンッ!」と大きな音を立てたと同時に、そんな悲鳴が聞こえてくる。


「……随分可愛らしい悲鳴を上げるんだな、ボウズ」

「俺なわけないだろう。今の悲鳴、明らかに馬車の中から聞こえてきたぞ」


 というか、今の声はまさか……。

 そんなふうに俺達が動揺しているうちに、遂にブラックウルフが馬車の中へと入ってしまった。


「まずい!」


 俺の予想が確かなら、あの中には!

 次々と馬車へ侵入しようとする狼共を蹴散らしながら、俺は馬車へと駆け寄った。

 その時だった。


「ファ、ファイヤーボール!」


 そんな声と共に、馬車の中から炎に包まれたブラックウルフが飛び出してきた。

 いや、吹き飛ばされてきたのか。

 それを見た周囲のブラックウルフ達が、怒り狂ったように馬車の中へと入ろうとし出した。


「させるか!」


 俺は狼共に向かって魔術で電撃を放つ。

 広がるように放ったそれは、馬車の入口に群がっていた奴共を絶命させた。


「スミス! しばらく狼共の相手は頼んだぞ!」

「は!? おい、ちょっと待て!」


 残りのブラックウルフは片手で数えられるくらいだから、スミスだけでもどうにかなるだろう。

 動かなくなった仲間達を見て他のブラックウルフが怯んでいる隙に、俺は馬車の中へ入る。


「……やっぱり、君だったか」


 馬車の中にいた人物がビクッと肩を震わせる。

 は俺に気づくと、すぐさま頭を下げた。


「ごめんなさい、ルカ君!」


 そこにいたのはミリムだった。

 見送りの時にいなかったのは、もう既にここに隠れていたからだろう。

 だが、問題はそこじゃない。


「ミリム。何故こんな所にいる?」


 ミリムはおずおずと顔を上げる。


「ルカ君に、ついていこうと思ったの……」

「そういうことじゃない。何故勝手に着いてきたんだ?」

「だって、ルカ君は反対するでしょう?」

「当たり前だ! 今この国は魔獣で溢れ返ってるんだぞ。そんな中で君のようにか弱い女の子を連れて旅なんてできるわけが無いだろう!」


 つい声を荒らげてしまった。

 ミリムは一瞬怯えた顔をするが、すぐに俺を睨みつけた。


「ルカ君ならきっとそう言うと思った。でも、私だって中途半端な気持ちでついていこうと思ったわけじゃないよ」


 ミリムは手に持っていた木の棒を掲げ、「ライト!」と言った。

 すると、木の棒の先が光り、薄暗い馬車内を明るく照らした。


「……まさか、ミリムは魔術を習っていたのか?」


 彼女が魔術を習っていたなんて知らなかった。

 そういえば、さっき馬車の中からファイヤーボールと言う声が聞こえてきていた。

 あの火球も彼女が放ったものだったのか。


「ルカ君に内緒でこっそり教えて貰ってたの」

「まさか、父さん達から習ったわけじゃないよな?」

「うん。でも、ルカ君のご両親から紹介してもらった先生に習ってたよ」

「……つまり、俺の両親はミリムが俺についていこうとしていたのを知ってたってことだよな?」

「う、うん」


 俺は盛大なため息をついた。

 恐らく、彼女に馬車内に隠れて着いていくように助言したのも父さんか母さんのどちらかだろう。

 全く、あの人達にはいつもしてやられる。


「無理やりついてきちゃってごめんなさい。でも、私はどうしてもルカ君の支えになりたかったの……」


 ミリムの目に涙が浮かぶ。


「ルカ君はいつも自分一人で抱え込んじゃうから。私、ルカ君が辛い思いしてるのをただ見ているなんて嫌なの」

「ミリム……」


 彼女は俺が呪いを解くために鍛錬していたことも知っていたのだろう。

 俺はそれを辛いと思ったことは無いが、優しい彼女にはそう見えていたんだな。


「私、助けになれるように頑張ったよ。ルカ君に守られるだけの女にはなりたくなかったから」

「……そうみたいだな」


 よく見ると、彼女は至るところに傷を作っていた。

 普段は丈の長いワンピースで隠されていて気づかなかったが、今は動きやすいように短パン姿になっているため膝にできた擦り傷なども顕になっている。

 それに、彼女の腰には短剣が下がっている。

 鞘が既に薄汚れているところを見ると、彼女は短剣の使い方も習っていたのだろう。

 俺に隠れて、相当な月日をかけて習っていたようだ。

 ……これは無下にできないよな。


「ブラックウルフ相手によく火球を当てられたな。怖かっただろ?」

「う、うん。でも、ルカ君はもっと怖い思いしてるのに、こんなことで怖がってられないよ」

「そうか。よく頑張ったな」


 俺はミリムの頭を撫でた。

 その途端、彼女の顔が真っ赤になる。


「頭ごなしに叱って悪かった。ミリムがこんなに強くなってたなんて知らなかったよ」


 俺は赤い顔で俯くミリムの手を取る。

 驚いて顔を上げた彼女に向かって、俺は笑いかけた。


「ありがとう、ミリム。君がいてくれること以上に心強いことは無い」


 ミリムがこの旅についてくることに不安がないとは言えないが、一緒にいてくれて心強いのは確かだ。

 スミスとは気まずい空気になっていたし、そもそもまだ信用し切れていない。

 そんな相手と四六時中いるよりは、ミリムもいてくれた方が心が軽い。


「――また失礼なこと考えてるな、お前」

「うおっ!? ……って、何だ。スミスか」


 振り返った視線の先には血に塗れたスミスがいた。

 どうやら残りのブラックウルフ共を倒し切ったらしい。


「何だじゃねーよ。人に狼共を押し付けといて、お前は何で女の子とイチャイチャしてやがる」


 俺は握っているミリムの手と、彼女の顔を見る。

 彼女は熱せられた鉄のように赤い顔をして、口をパクパクさせていた。

 俺は慌てて彼女の手を離す。


「ま、待て。誤解だ。俺は彼女がここにいることを確かめたかっただけで、決していかがわしいことをしていたわけでは……」

「いや、冗談だから。むしろ、そんな露骨に否定すると更に怪しまれちまうぜ?」

「なっ、そうなのか!?」


 スミスがククッと喉を鳴らして笑う。

 またからかわれたのかと思ってスミスを睨みつけると、奴は何故かますます嬉しそうに笑った。


「……俺をからかって楽しいのか?」

「いや、そういうわけじゃない。ただ、そっちの喋り方のほうが好きだぜ?」

「は?」

「あんな堅苦しい喋り方より、その砕けた口調の方が好きだって言ってるのさ」


 ……あ、しまった。

 すっかり気が抜けていたせいか、スミスに対して敬語ではなくなっていた。

 さっきは呼び捨てにもしてしまったな。


「別に呼び捨てで構わないぜ。これから一緒に旅するんだからよ」

「スミスが気にしないならそうするが……」

「気にしねーよ。傭兵団じゃ年下からも呼び捨てだったしな」

「そうか。なら、呼び捨てにさせてもらう」


 しかし、何故嬉しそうなんだスミスは。


「俺が嬉しそうなのが気になるか?」

「……まだ何も言ってないが」

「そういう顔してたんだよ。いい加減、顔に出やすいのを認めろ」


 いや、俺の顔に出やすいわけじゃなくて、お前が鋭すぎるだけじゃないのか?

 そう言ってやりたかったが、多分こう考えてるのも見抜かれているだろう。


「俺はな、ちょっとはお前に信用してもらえたのかと思ったんだよ」

「何故だ?」

「何故って、それがお前の素だからだよ。素を見せられるくらいには信用してもらえたみたいで何よりだ」


 え、そんなことで喜んでいたのか。


「俺、胡散臭すぎるみたいでな。なかなか信用されないんだよ」

「ああ、だろうな」

「ちったぁ否定しろよ、全く……砕けた瞬間にそんな扱いを受けるとはな」


 スミスが手でガジガジと頭をかく。

 信用されて喜ぶあたり、自分の胡散臭さに悩んでいるのかもな。

 ……もう少し、信用しても良いのかもしれない。


「んで、そっちの女の子は誰だ? 俺はお前と二人旅だと思ってたんだが」

「彼女は俺の幼なじみだ。どうも隠れて勝手についてきていたみたいだが、この先の旅にも同行させたい」

「大丈夫なのか?」

「問題ない。自分の身を守るくらいはできるようだからな」


 俺がミリムを見ると、彼女はハッとして俺達に向き直った。


「初めまして、ミリム・ハイネンと申します。魔術と短剣を少し習ったので多少は戦闘でもお役に立てるはず……いえ、立ちます! ですから、どうかついていかせてください!」


 彼女はぺこりと頭を下げた。

 それを見たスミスは困ったように頬をかいた。


「んなこと俺に言われてもねぇ……どうせ同行させるのはもう決まりなんだろ?」


 スミスが俺を見てニヤリと笑う。

 俺が頷くと、スミスはミリムに近寄った。


「ま、そういうわけだから。これからよろしくな、ミリムちゃん」

「は、はい! よろしくお願いします!」


 そうして、俺はスミスに次ぐ新たな旅の仲間を得たのだった。

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