第4話 ルカ、動揺する
村の外の道には人気が全くなかった。
元々辺境にあるから人通りは少なかったが、ここ最近は1ヶ月に1回、人が通れば良い方だ。
だが、この状況は今の俺にとっては都合が良かった。
「カインさんと俺の関係?」
スミスは馬車馬の手綱を握りながら、横目で隣に座る俺を見る。
馬車の運転はスミスに任せている。
今世では馬車の運転はしたことが無いので、俺が運転できるのを不思議に思われないためだ。
「はい。お父さんがスミスさんに『いつもお世話になっているというのに』と言っていたので、気になって」
「ああ、あの会話聞いてたのか」
スミスは平然と答えた。
「俺、カインさんに情報渡してたんだ」
「情報って?」
「傭兵の他に情報屋みたいなこともしててな。カインさんはお得意様だったんだ」
「何の情報を渡してたんですか?」
「何のって、呪いに関する情報に決まってるだろ?」
そうか、父さんが村で暮らしているのはスミスから情報を得られるからだったのか。
「あれ。だったらなんで、お父さんは僕にスミスさんを付けたんですか?」
俺のためとはいえ、貴重な情報源を失うようなことをして良かったのだろうか。
「情報屋の仕事は引き継ぎしてきたから大丈夫だと思うけどな。俺は一人で情報屋みたいなことやってた訳じゃなくて、傭兵団の他の仲間とやってたからさ」
「そうなんですね」
「あと、ボウズの護衛依頼は俺宛だったわけじゃなくて、傭兵団の方に依頼されたやつを俺が引き受けたんだ」
「え?」
てっきり父さんが直接スミスに頼んだのだと思っていたんだが。
「カインさんもできれば俺に頼みたかったらしくてな。結構トントン拍子に決まったぜ」
「……あの、スミスさん。どうして僕の護衛を引き受けたんですか?」
父さんに頼まれて仕方なく引き受けたのかと思ったが、そういう訳ではないらしい。
つまり、スミスは自分の意思で俺の護衛を引き受けたことになる。
しかし、いつ終わるかわからない旅に俺みたいな子供の護衛として着いてくるなんて、一体何を考えてるんだ?
「おっ、何か疑ってるな?」
「だって、僕は子供のくせにこんな旅に出るような人間ですよ? そんな子供に付き合う人なんて、そうそういないと思うんです」
「自分で言うのか、それ」
スミスは呆れたように笑うと「そうだな」と呟いた。
「強いて言うなら、俺の勘がボウズに着いていくべきだと言っていたからかな」
「勘、ですか」
「そ。俺はその勘に従って行動したまでよ」
……本当だろうか。
嘘をついているようには見えないが、スミスの話し方のせいか、どうにも嘘臭い。
「その顔は信じてないな? 言っておくが、俺の勘は結構当たるんだぜ?」
スミスが自身の手袋をはめている右手に触れる。
彼は初めて出会った時から、両手に手袋をはめていた。
騎士団の中でも日常生活で怪我を見せないように手袋で隠している人は多かったから、恐らく彼もその類だろう。
「だから、別に何か目的があってボウズの護衛を引き受けたわけじゃねぇよ。誤解を招くようなことして悪かった」
「……いえ。こちらこそ疑ってしまってすみません」
スミスはもっと理知的な人間だと思っていたが、勘で動くようなところがあるのか。
まあ、そういう面もないと傭兵としてやっていけなかったのかもしれない。
「あ、ところでよ」
「何ですか?」
「俺、ボウズのことなんて呼んだらいい? これから一緒に行動するのにずっとボウズ呼びっていうのもあれだからな」
「僕は気にしませんが……スミスさんが気になるなら、『ルカ』と呼んでください」
俺がそう言うと、スミスは驚いたように目を丸くした。
「ん? その呼び方でいいのか?」
「え? 別に呼び捨てで構いませんけど……」
「ああ、そうじゃなくてさ」
では、どういう意味なのだろうと、俺は首を傾げる。
「『ルカ』って呼ばれ慣れてなさそうなのに、その名前で呼んでもいいのかって聞いてるんだ」
……は?
「よ、呼ばれ慣れてないって、自分の名前なのにそんなわけないじゃないですか」
「5年前に比べりゃそうかもな。でも、未だに違和感あるんじゃねぇの?」
俺はスミスを見た。
彼はただ前を見ながら馬を操っている。
その顔は微笑んでいるものの、何を考えているかわからない。
「……違和感なんてありませんよ。あるわけないじゃないですか」
スミスは父さんから、俺がガイウスだということを聞いたのだろうか?
いや、それにしては質問の仕方がおかしい気がする。
もし彼が俺をガイウスだと知っていてからかうつもりなら、俺のことを「ガイウス」と呼んできそうなものだ。
それなのに、彼は「呼ばれ慣れてなさそう」なんて回りくどい言い方をしてきた。
本当に呼ばれ慣れていない気がしたから、そう言ったのか?
勘が鋭いようだから有り得ない話ではない。
しかし、何か企んでいるのかもしれない。
俺の正体を知って何かするつもりだという可能性がある以上、迂闊にバラすわけにはいかない。
「僕は『ルカ・スターチス』なんですから」
スミスが横目で俺を見る。
彼の黒い瞳に見つめられると、全てを見透かされているような錯覚に陥る。
「……ああ、わかったよ。変なこと言って悪かったな」
スミスはそれだけ言うと、再び前を向いた。
その表情がどこか悲しげに見えたのは、俺の気のせいだろうか。
その後、特に会話もなく俺達は道を進んだ。
何とも言えない沈黙が2人の間に流れ続けている。
これは参ったな。
まずは王都に向かうことになっているのだが、たどり着くまで最短でも3日はかかる。
魔獣が増えていることを考えると、もっとかかるだろう。
これから共に行動していく仲間になのに、いきなり関係をこじらせてどうする。
だが、相手が何を考えているかわからないのに俺のことを話すわけには……。
そんなことを考えていた時、急に馬車が動きを止めた。
スミスが馬を歩かせるのを止めたのだ。
「どうし――」
理由を聞こうとしたが、不意に聞こえてきた物音に口を噤んだ。
近くの茂みから、ほんのわずかにガサガサと音が鳴っている。
耳をすませば、それは道の両脇から聞こえてきているようだった。
「……囲まれてるな」
「……みたいですね」
向こうも、俺達に察されたことに気づいたらしい。
奴らは俺達を囲むようにして茂みから飛び出してくる。
「ブラックウルフですか」
「数は十数頭ってところだな。統率が取れてるところを見るとデカい群れみたいだ」
「数なんてどうでもいいでしょう。殺らないと殺されますよ!」
俺は腰に下げていた鉄剣を抜く。
馬を庇うように前に出ると、ブラックウルフが俺の方ににじり寄ってくる。
「お前、血の気多いな! ライアン隊長そっくりだぜ」
そう言いつつも、スミスも剣を抜いた。
彼も馬を守る形で剣を構えている。
ブラックウルフは生きた獲物を襲う。
故に、荷台に生き物がいなければ馬や俺達を狙って襲いかかってくるはずだ。
「いきますよ、スミスさん!」
「わーってるよ!」
そして、俺達とブラックウルフ達の戦闘が始まった。
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