第3話 ルカ、村を出る

 それから一週間後の朝。

 俺は大荷物を持って玄関先にいた。


「忘れ物はない? お財布とか着替えとか、ちゃんと確認した?」

「大丈夫だよ、母さん。母さんに何度もそう言われて、もう何回も確認したじゃないか」

「親なんだから、子供を一人で旅に出させるなんて心配して当然でしょう」


 そう、俺は今から旅に出ようとしている。

 目的は呪いを広めた真犯人を探しだし、広まり続ける呪いを解くことだ。


「いや、一人ではないだろう。父さんが馬車と護衛をわざわざ用意してくれたのだから」


 長旅になるだろうからと、馬車を用意してくれたのはいい。

 だが、護衛を雇ったのは、いくら心配だからとはいえどうかと思う。

 その護衛に俺がガイウスだとバレたら面倒なことになるだろうに。


「なんだか不満そうだね」

「俺は護衛はいらないと言ったのに、前日になって雇ったと言われたら不満も抱く」

「それは謝っただろう。こうでもしないとルカは本当に一人で旅立ちそうだったから」

「元々一人で旅をするつもりだったのだが」

「そんな危ないことを10歳の子供にさせられるわけないじゃないか」


 父さんは呆れたようにため息をつくと、急に真面目な顔になった。


「それに、これは表向きは王太子殿下の勅命で――本当は国王陛下の勅命だ。無理するなと言ってもルカは張り切りそうだからね」

「……そうかもしれない」


 元々この旅自体は5年前、王都での出来事があってからずっと計画していたものだ。

 しかし、本来は旅に出るのはもっと先になる予定だった。

 金銭的な問題もあるし、学校を出ているとはいえ10歳なんてまだ子供扱いだ。

 だから、15歳を超えるくらいで旅に出ようと考えていた。

 その旨を殿下にお話したところ、「ぜひ援助させて欲しい」と申し出をされた。

 その時は15歳に旅に出るつもりで準備を進めていたのだが、この5年間でそうのんびりとはしていられない事態が起きた。

 今までカルパーナ王国内に留まっていた呪いの影響が、遂に隣国にも出てしまったのだ。

 その隣国――フォルスト共和国は、長い間支援を続けてくれていた国だった。

 それは呪いの影響が自国にまで及ばないようにするのも兼ねていたのだろう。

 だが、急に凶暴になった魔獣がフォルスト共和国内に現れ、それ以降国内の魔獣被害が激増する事態になった。

 もちろん支援は断ち切られ、共和国内では「カルパーナ王国との国交を断絶しろ!」と騒ぐ者達が出てきていた。

 このままでは本当に国交断絶になりかねない上に、別の国にも呪いが広まる恐れがある。

 それを危惧したフェル――国王陛下が、俺に白羽の矢を立てたのだ。


「しかし、何故俺なんだ? こんな子供に頼るより、もっと頼りになる人物はいたと思うのだが」

「それは陛下も殿下も、ルカのことを信頼しているからだよ」

「本当にそうなら嬉しいが、俺には猫の手も借りたいと言っているように感じるぞ」


 正直、隣国との仲を心配できるほどの余裕はこの国に無い。

 フォルスト共和国からの支援が無くなった今、この国は更に困窮している。

 魔獣被害のせいでまともに商売ができなくなった商人達がほとんど他国へ行ってしまい、国全体に品物が行き渡らなくなってきていた。

 それを何とかするために国で配給を行っているが、王都から離れた場所へは騎士団を小隊の人数以上連れていかなくてはたどり着けなくなってしまっている。

 そのくらい強い魔獣が増えているのだ。


「ルカの言う通り、人材不足で猫の手も借りたい状態だろうね。国直属の機関だけでなく、民間企業なんかにも協力を要請しているみたいだし」

「まあ、そうだろうな」

「でも、ルカのことを信頼しているのは本当だよ。そうでないと陛下が私に直接頼んでくるなんて有り得ないだろう」

「そうだろうか?」

「まだ疑うなら、真意は陛下ご自身に聞くべきじゃないかな? 国を出る前に謁見する機会があるだろうから、その時にでも聞くといいよ」

「……そうしよう」


 そんな話をしているうちに、村の入口に馬車が来たのが見えた。


「あら、もう馬車が来たのね」

「護衛の方にも挨拶をしないといけないから、私達も行くよ」

「ああ、わかった」


 家を出ると、数人の村人が見送りに来てくれていた。

 5年前よりも随分と減ってしまった村人達を見て、俺は何とも言えない気分になる。

 辺境にあるこの村も、呪いの影響を強く受けている。

 定期的に来ていた商人の馬車はほとんど来なくなり、反対にレッドベアーを含む魔獣の襲撃は増えた。

 この村を出ていく人が現れるのは必然だった。

 出ていった人達の多くは、若者や子供のいる家族だった。

 俺がかつて読み書きを教えていたミリム以外の女の子達も、家族と共に去っていった。

 今村にいる子供は俺とミリムだけ。

 そんな中で俺まで村を出るのだから、ミリムには寂しい思いをさせてしまうだろう。

 ミリムには昨日、この旅のことを伝えて謝りに行った。

 あの時は冷静な対応をされたのだが……ここに来ていないところを見ると、彼女は怒っていたのかもしれないな。


「ルカ君、気をつけるんだよ」

「君が出ていくのは悲しいけど、皆応援しているからね」

「ありがとうございます」


 村の人達の声に応じながら、馬車へと近づく。

 馬車の近くには既に両親がいて、誰かと話していた。

 父さんが呼んだという護衛の人だろうか?


「すみません。いつもお世話になっているというのに」

「いいんですよ。カインさんに世話になってるのはこっちも一緒なんでね」


 相手の声に聞き覚えがあるような気がした。

 更に近づくと、その相手が俺に気づいた。


「よっ、久しぶりだなボウズ」

「スミスさん!?」


 見た目が全くと言っていいほど変わっていなかったので、すぐにわかった。

 俺を見てニヤニヤしているのは、5年前に王都まで護衛をしてくれた傭兵の男だ。

 しかし、何故彼がここに?


「カインさんから話聞いてないのか? 俺がボウズの護衛をやるんだぞ」

「スミスさんが、ですか?」


 いつまでかかるかわからない俺の旅に、傭兵団の一員である彼が着いてくるとは……。

 もしかして、ずっと旅に着いてくるわけではないのか?


「言っておくが、ボウズの旅に最後まで付き合うつもりだからな。傭兵団も抜けたし」

「ええっ!?」


 なんでスミスがそこまでして俺の旅に着いてこようとしてるんだ。

 というか、なんで俺が思っていた疑問に答えるようなことをさっきから言ってくるんだ?


「顔に出てるからに決まってるだろ」

「え」

「大きくなったと思ったが、顔に出るのは相変わらずだな」


 スミスがケラケラと笑う。

 そんなにわかりやすく顔に出ていたのか……これでも直す努力をしてきたのだが。


「ま、わかりにくい奴と行動するよか安心できるから、そんな気にするなよ」

「……自分の考えが筒抜けな相手がいるのに安心できると思いますか?」

「ハハハッ! ボウズにとっちゃそうかもな!」


 完全にからかわれてるな。

 護衛としての実力は申し分ないし、悪い人では無いのだろうが、仲良くやっていけるかどうか不安になってきた。


「スミスさん、あまりルカをからかわないでくださいね」

「心配しなくても仲良くやりますんで大丈夫ですよ」

「そうですか……ルカのこと、よろしくお願いします」

「任せといてください」

「ほら、ルカも挨拶を」

「……よろしくお願いします」

「おう、よろしくな」


 かくして、俺は村の人達に別れを告げ、スミスと共に村を出た。

 皆、今生の別れのように手を振ってくれているが、俺はこの村に戻ってくるつもりだ。

 この村の暮らしが気に入ってるし、何よりのんびり過ごせそうだからな。

 だが、のんびり過ごすには今のこの国は危険すぎる。

 呪いを解いたら、また戻ってこよう。

 それまで、しばしのお別れだ。

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