第2話 ルカ、秘密を知られていた

 俺がエルフ嫌い? そんなわけあるか。

 というか、何故ここでガイウスの名前が出てくるんだ?


「ミリム。ガイウス様ってガイウス・リーリエ様のことだよね?」

「うん」

「どうしてそこでガイウス様の名前が出てくるの?」


 まさか、ミリムはガイウス・リーリエのことが好きなのか……?

 いやいやいや、有り得ないだろう。

 この国に住むほぼ全ての人がガイウスの呪いに苦しめられているのに、彼女がガイウスのことを好きになるわけがない。


「……私ね、知ってるの」

「知ってるって、何を?」

「ルカ君が隠していること」


 ……まさか、知られていたのか?

 俺がガイウスだってことを。


「隠しているって、一体何のこと?」


 今更とぼけても無駄だとは思う。

 しかし、ミリムの口からはっきりと言われるまでは認めるわけにはいかない。


「そうだよね。そんな簡単に言ってくれることじゃないよね」

「だから、何の話?」

「私、聞いちゃったんだ。ルカ君のお父さんが、ルカ君を『ガイウス様』って呼んでいたのを」


 ミリムの話によれば、先日、この家の前を通った時に偶然耳にしたらしい。

 確かあの日は出かける父さんを見送っていて、その時にふざけて「ガイウス様」呼びをされた気がする。

 それを彼女に聞かれてしまうとは……家の前だったとはいえ警戒心が無さすぎたな。


「ルカ君はガイウス様なんだよね……?」


 ミリムが俺を真っ直ぐに見つめてくる。

 ……彼女に本当のことを話して良いのだろうか。

 しかし、本当のことを話せば彼女を危険な目に遭わせてしまうかもしれない。


「ルカ君。本当のことを言って」


 ミリムは今にも泣き出しそうな顔をしている。

 うっ、そんな顔をされると、俺が悪者みたいに思えてくるじゃないか。

 いや、まあ、この国でガイウスは悪者なのだが。


「……君を危険に晒したくはないのだけど、それでも返事を聞きたい?」


 ミリムは黙って、こくりと頷いた。

 彼女も危険を承知で聞いてきているということか。

 ……その覚悟を無駄にはできないな。


「ミリムの質問に対する答えは『はい』だ。俺には、ガイウス・リーリエとしての記憶がある」

「記憶?」

「正確に言えば、ルカ・スターチスの前世がガイウスなんだ。前世の記憶が蘇って、ルカとしての記憶が薄れたと言うべきかな」


 ミリムは明らかにショックを受けていた。

 当たり前か。ルカだと思って接していた相手が、実は別人でしたと言われたようなものだからな。

 しかも、その別人が悪名高いガイウス・リーリエなのだから、彼女のショックは計り知れないだろう。


「……そっか。じゃあ、やっぱり私なんかと一緒にいるの嫌だよね」

「え?」

「ガイウス様はエルフが嫌いなんでしょう? 私はエルフだから、私のことも嫌いなんだよね……?」


 遂に、ミリムの目から大粒の涙がこぼれ落ちる。


「いや、えっと、俺は別にミリムのことは嫌いじゃないぞ?」

「でも、エルフは嫌いなんでしょ?」

「待て、そもそもガイウスがエルフ嫌いなんて噂があるのか?」

「ガイウス様のことを紹介している本にそう書いてあったよ。ガイウス様は国王様と同じエルフの血が混じった人やエルフが嫌いなんだって」


 そんな本があったのか。

 ちょっと読んでみたい気もするが、多分ほとんど俺に対する罵詈雑言みたいな内容なんだろうな。

 しかし、その本で随分と酷いデマをでっち上げられたもんだ。


「あのな、ミリム。俺はエルフだからという理由で人を嫌いになったりしないぞ。ガイウスはエルフを傷つける集団を倒したことがあるし、なんだったら謂れのない誹謗中傷を受けたエルフを庇ったこともある。そんな人間がエルフ嫌いなわけないだろう」

「でも、今の国王様に裏切られてエルフ嫌いになったから、エルフが多く住む村や集落は呪いの影響を強く受けてるんじゃないの?」

「それはエルフの住んでいるところが森の近くだったり、森の中だったりするからだろう。だから、単純に魔獣との遭遇率が高いだけだ」

「でも……」

「ミリム」


 俺は彼女に顔を近づける。

 そして、その青い目を見つめた。


「俺は嫌いな奴には嫌いだとハッキリ伝えるタイプだぞ。俺はミリムに嫌いだと言ったことがあったか?」

「う、ううん。ないよ」

「そうだろうな。俺はミリムのこと、好きだからな」

「へっ!?」


 素っ頓狂な声を上げるミリムの手を、俺は両手で包み込む。


「俺がエルフ嫌いなんて大嘘だ。根も葉もない噂だよ。ミリムは俺の言葉より、噂の方を信じるのか?」


 ミリムは口をパクパクさせたまま微動だにしない。


「俺はさっき、ミリムの見た目を褒めただろう。あれは本心だ。もしも俺のことを信じられないなら、何度だって言ってやる。だから、そんな悲しそうに泣かないでくれ」


 ミリムの顔は真っ赤になっていた。

 涙目でプルプルと小刻みに震えているのは、俺が怖がらせてしまったからだろうか。


「怖がらせてしまったのなら申し訳ない。だが、俺は本当にミリムのことが大好きだからな!」


 これ以上怖がらせないよう、俺は笑った。

 しかし、それを見た彼女は更に顔を紅潮させて――。


「~〜~〜っ!?」


 声にならない悲鳴を上げて、彼女はそのまま意識を失った。


「ミリム!?」


 倒れそうになる彼女の身体を抱きとめる。

 そういえば、昔にもこんなことがあったな。

 村がレッドベアーに襲われた時も倒れていた。

 彼女はそんなに身体が強くないのかもしれない。

 それなのに寒空の下、こんなストレスが溜まる会話をしてしまったせいで、体調が悪くなったのかもしれない。


「父さんと母さん、黙って見てないで手を貸してくれ」


 俺は先程から玄関先で俺達を見守っていた両親に声をかけた。

 彼らはおずおずと、物陰から顔を出す。


「……やだ、気づいてたの?」

「当たり前だ。心配で見守ってくれていたのは有難いが、今は手を貸して欲しい」

「気づいてるには気づいてるけど、肝心なところは鈍感だね」

「俺が鈍感だとかは今はどうでもいいだろう。何故ニヤニヤしてるのか知らないが、彼女を送り届けるのを手伝ってくれないか?」


 本当に何でニヤニヤしているんだ、この二人。


「あら、ルカ一人でもミリムちゃんをお姫様抱っこして運べるでしょう? 毎日鍛えているんだから、女の子一人くらい余裕で抱えられるわよね?」


 確かに、鍛えているからミリムを抱きかかえることはできる。

 しかし、体格がそこまで変わらないため、彼女を運んでいる時にバランスを崩してしまうかもしれない。

 今世では鍛えていたにも関わらず、大して筋肉量が増えなかったし、背もそこまで伸びていない。

 前世では鍛えるほどに筋肉がついて、でかくなっていたというのに……血筋の問題だろうか。


「一人でも運べるが、もしもの事があるだろう」

「もしもの事? ルカはまさかミリムちゃんのこと襲っちゃうつもりなのかい?」

「襲っちゃう? 父さんは俺を暴力的な男だと思っているのか?」

「……多分、ルカが思っている“襲う”とは別の意味だよ」

「そういうからかい方は無駄よ、カイン。ルカはその手のことには疎いみたいだから」

「そうみたいだね。ああ、ルカが女の子を泣かせている姿が目に浮かぶよ」

「一体何の話をしているんだ? あと、手伝うつもりがないなら俺一人で運ぶが」

「その方が良いわよ。ミリムちゃんにとって良い思い出になるでしょうから」


 人前で倒れたことが良い思い出になるのだろうか?

 なんだか気になることを言われているが、聞いたところで教えてはもらえなさそうだ。

 考えてもわからないし、今はミリムを送り届けるのが先だ。

 多少不安になりながら、ミリムを抱きかかえる。

 しかし、彼女は思った以上に軽かった。

 線の細い子だから軽いだろうとは思っていたが、ここまでとは……ちゃんとご飯を食べているのだろうか?

 起きたら一度、問いただした方が良さそうだ。

 身体が弱いのは栄養不足が原因かもしれないし。


「……彼女に会うのは最後になるかもしれないから、言っておきたいことは言っておかないとな」


 ミリムの家はさほど遠くないため、あっという間に到着した。

 俺の不安が杞憂となったことに、内心ホッとする。

 出迎えてくれたミリムの母親に彼女を預けると、父さん母さんと同じようにニヤニヤされた。

 ミリムの母親にはただ「ありがとう」とだけ言われたが、俺は何か笑われるようなことをしてしまったのだろうか?

 まあ、これも考えてもしょうがないことなんだろう。

 とりあえず、俺は家に帰って準備を進めないと。

 まだ少し時間はあるが、念入りに準備しておかないと後が大変だからな。

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