第42話 別視点:フェルディナンド・リーリエ・カルパーナ②

 まだお祈りはしていないとのことだったので、一緒にお祈りすることにした。

 ルカ君の顔色が優れないことにかこつけて、オリバーが帰ろうとしていたのには思わず苦笑してしまった。

 一悶着あったものの、私はオリバーとルカ君に挟まれるような形で立ち、皆揃って祈りを捧げた。


 ――兄様、怒りをお鎮めください。どうかお許しください。

 この国の未来を……この子達の未来を奪わないでください。

 かつて、私の将来を案じ、騎士となって私を助けると力強く宣言してくださった兄様はどこに行ってしまわれたのですか?

 私の笑顔を奪った「森の解放」を絶対許さないと、私以上に怒ってくださった貴方は、私が見た夢だったのでしょうか。

 ……ああ、でも、私は信じたい。

 兄様は最期、正気に戻られたのだと。

 あの最期の表情は、私の知る兄様だった。

 私の自慢の、敬愛する兄様だった。

 だから、この呪いは他の誰かがかけているのだと、そう思いたい。

 もし。もしも、本当にそうであるなら。


「……助けて」


 こんなこと、兄様を殺した私が頼むのは間違っている。

 そう思っても、私はこの想いを止められそうにない。

 私に宣言してくださった通り、兄様は「森の解放」を壊滅させ、私を救ってくださった。

 噂に疎い兄様はご存知無かったかもしれませんが、「森の解放」が壊滅した当時は貴方は民衆に“英雄”と称されていたのですよ。

 組織の壊滅だけでなく、それまでの功績も含めて貴方は讃えられていたのです。

 呪いが広まり、貴方の騎士時代の功績が隠されるようになってしまった今となっては、そんなことを覚えているのは一部の人々だけでしょう。

 しかし、私にとって、貴方は今でも“英雄”です。

 だから、縋ってしまう。

 この苦しい状況を、兄様ならば何とかしてくれる。

 そう思ってしまうんだ。


「助けて……ガイウス兄様」


 私は、本当に愚かだ。

 この状況を作りあげたのは自分なのに、今は亡き兄様に縋ろうとしてしまうなんて。

 兄様に恥じぬよう、私がこの国を引っ張っていかなくてはいけないのに。

 私が祈りを終えて立ち上がると、まだ隣でルカ君が祈っていた。

 カインに声をかけられるまで祈っていたのを見て、この子は兄様を嫌っていないのだとホッとした。


「随分熱心にお祈りしていたね。兄様も……ガイウス様もきっと喜んで下さったと思うよ」


 そう声をかける。未だ緊張しているのか、ルカ君は固まって動かなかった。

 このまま話している時間はないので、私はカインに挨拶をして立ち去ろうとした。


「……陛下」


 甲高い子供の声で、そう呼ばれた。

 オリバーのもので無いのはわかっていたから、必然的にルカ君の声だろう。

 立ち止まって振り返ると、予想通りルカ君がこちらに視線を向けていた。


「私はまだ非力な子供です。今の私が何かを成そうとしても、陛下にご迷惑をお掛けしてしまうでしょう」


 突然何の話だろうか?

 そう思っていると、ルカ君は今まで緊張していたのが嘘のように、私を真っ直ぐに見つめてきた。


「ですが、私はこれから強くなります。ガイウス・リーリエよりも強くなります。そして、この国に広がる呪いの連鎖を断ち切ってみせましょう」


 そう言うと、ルカ君はニカッと歯を見せて笑った。

 その顔が、兄様と重なる。

 幼い頃の兄様と……死ぬ直前の兄様に。


「私が貴方様を助けます。ですから、何も心配しないで大丈夫ですよ」


 一瞬、兄様に言われたのかと錯覚してしまった。

 何度も私に大丈夫だと言ってくださった、あの笑顔と同じ顔をしているものだから。

 オリバーが声を発するまで、私は呆然とルカ君を見つめていた。

 オリバーはルカ君にとやかく言っていたけれど、結局は彼に協力するみたいだった。

 王族が個人に肩入れするのはよろしくないので程々にと言ったが、果たしてオリバーは聞いてくれるだろうか。

 この子は時々無茶をするから、この件でも無茶をしなければ良いのだが。

 ……無茶をする、という点では、オリバーは兄様似なのかもしれない。

 兄様も色々と無茶をして、色んな人に怒られたと言っていたから。

 まあ、こんなことをオリバーに言えば、激怒して嫌われてしまうかもしれないので言うつもりは無いけれど。


 ふと、ルカ君と視線がぶつかる。

 私の目を見つめ返してくる彼は、当たり前だが、見た目は兄様に全く似ていない。

 似ていないのに……どこか兄様に似ている。そんな気がしてしまう。


「……不思議な子だ。君を見ていると幼い頃を思い出すよ」


 幼い頃、私はいつも暗く沈んだ顔をしていた。

 そんな私に、兄様はいつだって「大丈夫だから、そんな顔するなって」と言い続けてくださった。

 眩しいほどの笑顔で、私のことを勇気づけてくださった。

 ……ああ、そうか。

 もしかして、兄様が最期に言っていたのは――。


「呪いを解くと宣言してくれたこと、嬉しく思うよ」


 私はカイン達に背を向け、オリバーを連れてその場を立ち去った。

 もっとあの子ルカ君と話してみたいと思ったけれど、これ以上話すのは良くない気がした。

 あの子に兄様の幻影を見てしまいそうだから。


「……父上?」

「うん? どうかしたかい、オリバー」

「いえ、何故だか父上が嬉しそうに見えたものですから」

「嬉しそう?」

「はい、何となくですが。気のせいであれば申し訳ございません」

「……いや、気のせいじゃないよ。多分、私は今、嬉しいのだろうね」


 長年の胸のつかえが取れて。

 そう続けようかと思ったけれど、止めた。

 この子にはまだ教えられない。

 兄様を仇だと思っているこの子には、今の私の考えは到底受け入れられるものではないだろう。


「何故疑問形なのかはわかりませんが、父上が嬉しいのであれば私も嬉しいです」

「おや、可愛いことを言ってくれるね」

「親を想う子として当然の気持ちです」


 照れくさそうに顔を逸らすオリバーに、私は思わず笑ってしまう。

 こんな穏やかな時間がいつまでも続けばと、そう願わずにはいられない。

 しかし、それを許してくれないのが呪いだ。

 兄様がかけたとされる、あの呪い。

 だが、私は今日、確信した。

 兄様は呪いなんてかけていない。

 兄様は最期、正気に戻られていたのだ。

 そうでなければ、私の顔を見て、あんなことは言わない。


「心配するな、大丈夫だから」


 死の間際、兄様はそう言って微笑んでいた。

 自分が死んでしまうというのに、私のことを心配してくださった。

 そんな兄様が私に呪いなんてかけるはずがない。

 今まで兄様を信じ切れなかった自分の、何と情けないことか。

 兄様に今すぐ謝りに行きたいところだが、それよりもまず先にやるべきことがある。


「この呪いを何とかしなければ……」


 兄様の名誉を傷つけ、泥を塗ったこの呪いを解くこと。

 それが私の贖罪だ。

 できることなら兄様がかけたものではないと証明したいが、民衆にもここまで広まってしまっていると、簡単には証明できない。

 それなら、まずは呪いを解くことを先に考えるべきだ。

 解呪できれば、呪いをかけた真犯人がわかるはず。

 そうなると、今まで以上に多くの人に協力を仰がなくてはならないな。

 もしかするとルカ君にも協力を頼むことになるかもしれない。

 ……いや、そんなことはないか。

 まだあんなに小さい子供に頼もうだなんて、どうかしている。

 しかし、あの子にはどういうわけか、頼りたくなってしまう。

 きっと私がまだ弱いからだろう。

 だが、これからはもっと強くならなければ。


 ――待っていてください、兄様。

 私が必ず、貴方の名誉を取り戻してみせます。

 そして、貴方が守ってくださったこの国を、今度は私が守ってみせます。

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