第41話 別視点:フェルディナンド・リーリエ・カルパーナ①

 幼い頃の私は、随分と内気な子供だった。

 当時は「森の解放」のせいで、ハーフエルフである私が気軽に外を出歩けるような状況下ではなかった。

 そのせいで屋敷に軟禁状態だったのが原因なのは確かだ。

 しかし、私自身は私の元来の性質がそうだったのではないかと思っている。

 わがままを言うでもなく、その状況を黙って受け入れてしまっていた。

 私の両親や兄様を含めて屋敷の誰もが優しかったが、私はその優しさに甘えることをしなかった。

 誰かと遊びたい、外に出たいという思いに蓋をして、部屋で一人遊ぶ私は子供らしくない子供だったことだろう。

 そんな私を気遣い、兄様は暇を見つけては遊んでくださった。

 ……気遣ってくださった、というと兄様に怒られそうだ。

 彼はいつだって、私と遊びたいからここにいるのだと言っていた。

 兄様は同年代の子達よりも大柄で目付きが鋭く、一見すると怖いと思ってしまうような見た目をしていた。

 しかし、兄様は暗く内気な私とは違い、明るく快活で、どこまでも優しい人だった。

 そして、非常に努力家で、剣術にも魔術にも秀でていた。

 勉学の方はからっきし、などと謙遜していたが、そちらの方でも優秀といっても過言ではない成績を収めていた。

 唯一の弱点(?)は、ずっと座っているのが苦手というところだろうか。

 それ故に勉学は剣術や魔術よりも努力している様子は見られなかったのだが、それでも優秀だったのは凄いと思う。

 ……なんて、兄様自慢をしすぎたな。

 だが、本当に私は兄様を敬愛していた。

 いや、今だって、私は兄様を尊敬し、愛している。


 しかし、私はそんな愛する兄様を殺した。

 兄様が暖かい手で握ってくださったこの手を、兄様の温かな血で染めた。

 その時の感触を、私は決して忘れられないだろう。

 何度も謝り、何度も許しを乞うた。

 それでも、兄様は私を許してはくれなかった。

 当然だ。今まで可愛がってもらったというのに、それを裏切ったのだから。

 でも、見ていられなかったのだ。

 尊敬する兄様が、私腹を肥やすだけの愚かな領主となっていくのが。

 愛する兄様が、領民達だけでなく屋敷の者にまで嫌われていくのが。

 まるで幼い頃の兄様は夢幻ゆめまぼろしになっていってしまうようで、怖かった。

 だから、私は領民達や屋敷の者に声をかけ、兄様を殺す計画を立てた。

 私が殺した。

 仕方の無いことだった? そんなことはない。

 きっと、考えればもっと良い方法があったはずだ。

 どんな方法をとっても屋敷を追われることにはなっていたかもしれないが、少なくとも兄様は死なずに済んだはずだ。

 それなのに殺したのは私のエゴだ。

 私が無力だったから、兄様を救えなかった。

 私がもっと上手くできていれば、兄様はあんな性格にならずに済んだかもしれない。


 私が殺さなければ、この国は今も平和だったというのに。

 そう考える度に胸が締め付けられ、呼吸が上手くできなくなる。

 私のエゴが愛する者を奪い、愛する者の愛する者を奪い、そのまた愛する者を……。

 そんな呪いの連鎖が、兄様を殺したことによって起こっている。

 いっそ私が死ねば……などと思ったけれど、私がいなくなった元領地も呪いによって焼け野原に変えられた。

 王都から遠く離れた土地で魔獣が大量発生したり、温厚な魔獣が人を襲ったりし始めた。

 もしかすると兄様はこの国そのものを、いや、この世界を恨んでいるのかもしれない。

 そうでなければ、こんなに呪いは広まらないだろう。

 ――だがしかし、この呪いについて、私は思うところがある。

 兄様は生前、呪いに詳しくなかったはずなのだ。

 私の知らないところで調べていたとしても、屋敷にほぼ缶詰状態だった兄様がどうやって呪いをかけたのか。

 そんな疑わしい点がいくつかある。

 本当に、兄様が呪いをかけたのだろうか?


「陛下。オリバー様の準備が整いました」

「……わかった。今行こう」


 予定より少し早く書類仕事が終わり一息ついていたのだが、一人でいるとどうも良くない考えをしてしまう。

 兄様が呪いをかけたという証拠はいくつも上がっている。

 兄様が呪いをかけたというのは、国民達の中で疑いようのない事実になっているのだ。

 それなのに国王がそれを否定してしまえば、国が荒れる原因になりかねない。

 それよりも、今は解呪できるまで呪いによる被害を少しでも小さくしていかないといけない。

 そのための業務は惜しまないし、私に休む暇など無いのはわかっている。

 だが、今日は少しばかり自分の時間を取らせてもらった。

 オリバーと共に、兄様の墓参りへ行こうと考えていたのだ。




 王宮の裏にある庭園。

 そこはかつて、茶会がよく開かれていた場所だ。

 今ではもう、茶会を開く王妃はいない。

 オリバーとカルミアの実母であった彼女は、彼らを産んですぐに亡くなった。

 それより以前の王妃達も、皆子供を産むと死んでいった。

 これも呪いのせいだと言われていた。


「父上、本当に行かねばならないのですか?」


 オリバーは不服そうな顔をしている。

 この子は兄様のことが嫌いだ。

 理由はわかっている。

 だからこそ、私はこの子をなかなかここに連れてこられないでいた。


「ああ。たまには顔を見せに行かないと、兄様が拗ねてしまうかもしれないからね」

「あれが拗ねる? ご冗談を。むしろ我々が顔を見せた方が怒り狂うのではありませんか?」

「今まで墓参りに行った後で呪いが強まったなんてことはなかったから、大丈夫だよ」

「ちっ」

「こら。舌打ちしない」


 全く、どこでそんなことを覚えてきたんだか。

 墓が近づくにつれて、オリバーの顔が不満げに歪んでいく。

 そんな時、ふと墓の方角から話し声が聞こえてきた。


「む? 今の声は……」


 そう呟くと、オリバーは突然走り出した。

 私はその後を慌てて追いかける。


「オリバー。あまり急いでいくと怪我をするよ」


 墓参りをしたくないと駄々をこねるオリバーを諌めていると、先に人がいたことに今更ながら気づいた。


「ああ、先客がいたのか。気づくのが遅れてすまない」


 男性一人と子供が一人。

 子供がここに来るのは珍しいから、男性に連れてこられたのだろう。


「カイン・スターチスか。ここに現れるのは随分久しぶりだな」


 男性は時折王宮を訪れる呪いの研究者だった。

 特別親しいわけではないが、王宮で研究報告を行う時は私も参加しているため顔ぐらいは知っていた。


「お久しゅうございます、陛下」

「面をあげよ。……隣にいるのは君の子か?」

「はい。私の息子である、ルカ・スターチスです」


 カインがその子に挨拶を促すと、頭を下げていたその子はゆっくりと顔を上げた。


「……ルカ・スターチスと申します。お初にお目にかかり光栄です、陛下」


 その子は随分と緊張しているのか、私と目を合わそうとしなかった。

 年齢はオリバーと同じくらいだろうか。

 その時はただ、オリバーと随分親しいのだな、と思っただけだった。

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