第40話 別視点:双子のきょうだい
ある日の王宮にて。
オリバーは王宮の奥にある部屋へ、侍女を一人だけ連れて向かっていた。
その侍女が部屋の扉をノックすると、中にいた侍女がすっと扉を開けた。
「二人は下がれ」
オリバーが命じると、侍女二人は一礼して部屋を出ていった。
それを見届け、彼は部屋の中心にあるベッドへと近づく。
「……調子はどうだ?」
ベッドに横たわっていたのはオリバーとよく似た顔の子供だった。
コホッコホッと咳をしながら、その子は力なく微笑んだ。
「うん。今日は良い方だよ」
その子が咳をする度、オリバーと同じ色の長い髪が揺れる。
肌は青白く、胸の前で組まれている腕は異様なほど細かった。
ほんの少しでもベッドから動かせば、この子は死んでしまうのではないか。
そう思わせるほど、この子には生気がなかった。
「調子が良いからといって無理はするなよ」
「ふふっ。毎日無茶してる君に言われたくはないかな」
「べ、別に無茶は……」
「嘘ついてもダメ。侍女に教えてもらってるんだから、君のこと」
「……全く、敵わないな」
その時、ふとオリバーはベッドの横に置かれていたものに目が止まった。
近づいて手に取ると、それは作りかけの刺繍だった。
「これは君が?」
「ああ、うん。本を読むのにも飽きたから、何か他にできそうなことを侍女に聞いたら刺繍はどうかと言われてね。少し前から始めたんだ」
「そうか。上手なものだな」
オリバーは刺繍をしげしげと眺めた。
作りかけだが、葉と特徴的な実をつけていたため、何の植物かはすぐにわかった。
「オリーブ、か」
「侍女が君に渡すハンカチのモチーフを縫うのはどうかと言ったものだから。他にも色々縫ったのだけど、オリーブのモチーフを縫うのは難しくてまだ完成していないんだ」
「……そうか」
オリバーはハンカチを持つ小さな手に力を込めた。
「……本当は、これを持つべきなのは君なのに」
ベッドの上の子供は目を見開き、不安そうに扉の方を見た。
「だ、ダメだよ。まだ人がいるかもしれないのに」
「今、扉の前にいる兵士は私達の事情を知っている。彼が見張っている限りは大丈夫だ」
「でも、気をつけないと。僕達の秘密に気づかれたら大変なことになる」
オリバーはハンカチを置き、その子の手をとった。
その子の手はあまりにも細く、オリバーの握力でもそっと触れなければ折ってしまいそうだった。
「本当は、私が呪われるべきだったんだ。君ではなく、女である私が!」
「……そんなこと、言ってはダメだよ」
「だけど、そうじゃないか! 本当は君がオリバーで、私がカルミアなんだ。君こそが殿下なのに……何故こんなことをしなければならないのだ」
「しょうがないよ。この国の王は男しかなれない。女の子は王位継承権を得られないんだから」
カルパーナ王国では王位継承権は男児のみにしか認められていない。
歴代の国王は側室を数多く抱えていたため、それでも問題はなく、法が変えられることはなかった。
今現在、法の改正を訴える声はわずかに上がっているようだが、オリバー殿下が生まれたことで下火になってきている。
オリバー殿下が健康であれば、ほぼ確実に王位を継げる。だから、改正する必要は無いと。
だが、それは本当にオリバー殿下が健康に生まれていた場合にのみ言えることだ。
「皆が待ち望んだ健康児だったから、私は君の立場を奪ってしまったのか?」
「違うよ。君が奪ったわけじゃない。待ち望んだ健康児が女の子で、その双子の弟が呪いの影響を受けていた。だから、性別を入れ替えた。それだけのことだよ」
「それだけのこと、じゃない。本当は君だって、身体を動かしたいのだろう?」
「……そうだね。でも、それは君もそうだろう? 君は体を動かすより、ゆっくり本を読んだり、刺繍をしたりする方が性に合ってるんじゃないの?」
ベッドの上の子供――本物のオリバーは、ニッコリと微笑んだ。
それを見たオリバー――否、カルミアは、所在なく視線を彷徨わせる。
「カルミア。僕の愛しい半身。君が幸せなら、僕も幸せなんだ。だから、そんな悲しそうな顔をしないで、笑っておくれ」
オリバーはとても小さく細い手をカルミアの手に重ねる。
「大人達も呪いを解こうとして頑張ってくれてる。君が無茶をしてまで強くなろうとする必要は無いんだよ?」
「オリバー……でも」
「君だけが頑張る必要なんてないんだ。君はもっと周囲の人を頼った方が……ゲホッゲホッ!」
「オリバー!?」
ベッドの上のオリバーが急に胸を押えて苦しそうに咳き込み出す。
「待ってろ、人を呼んでくるから!」
カルミアは外の兵士に頼むと、すぐさま部屋に医師が駆けつける。
医師の処置を受けながらもなお苦しむオリバーの姿に、カルミアは両手を強く握りしめる。
「私にもっと力があれば……」
慌ただしい室内で、カルミアは侍女に呼ばれるまで自身の無力さを呪ったのだった。
◇◇◇
カルミアや医師が立ち去った後、静かになった部屋の中で、オリバーが眠っている。
その部屋の前にいた兵士は、その様子を確認して笑った。
「元気になって良かったね」
「……そうですね」
彼の隣には、オリバー付きの侍女が立っていた。
普段はにこやかにベッドの上のオリバーと接している彼女だが、今は無表情だった。
「もっと嬉しそうにしなよ。せっかく持ち直してくれたんだからさ」
「……『あの方』は、いつまでこれを続けろとおっしゃるのでしょう?」
「んー? 飽きるまでじゃない?」
兵士のいい加減な返答に、侍女が彼を睨みつける。
「あはは、冗談だって。俺も『あの方』の崇高なお考えは知らないよ。でもさ、こんな重大な秘密を抱えた子が次期国王なんて、面白くない?」
兵士が笑みを浮かべる。
それはまるで、水に溺れる虫をただジッと見つめる、無邪気な子供のようだった。
「……職務中は絶対にふざけないでくださいね」
「流石にそれくらいはわかってるって」
「それなら良いのですが」
「君も変な気を起こして余計なことしないように気をつけなよ?」
「貴方ではないのでそんなことはしません」
「どうかなぁ? 人間は信用ならないから」
侍女の片眉がピクリと動く。
「……確かに、我が身には半分忌むべき血が流れております。しかしながら、私の心は全て『あの方』に捧げております」
「そっか。それならいいんだけど」
兵士の男がニヤニヤと笑う。
その金色の前髪から覗く青い目は、侍女を値踏みするかのように睨めつけていた。
「全ては『あの方』のため。我らが悲願のため。もちろん、わかってるよね?」
「……はい」
侍女は濃紺色の瞳を閉じて、ゆっくりと頷いた。
「「全ては、『森の解放』のために」」
同時にそう口にすると、二人は何事も無かったように別れた。
彼らのやり取りを見ていた者はいない。
身近にある脅威に気づかぬまま、王宮内はいつも通りの日常を送っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます