第39話 元悪徳貴族、目標を定める

「……それで、伝え損ねたというのは何だ?」


 夕食後、俺はそう切り出した。


「俺にガイウス・リーリエとしての記憶があると父さんが知った時に、色々教えてもらったはずだが」

「ああ。でも、まだ不確定な情報だけど、ルカにも知っておいて欲しいことがあってね。あの時は遅くまで話し込んじゃってルカが眠そうにしてたから、話すのを止めたんだ」


 そういえば、そんなこともあったな。


「あの時、何の話をしていたか覚えてるかい?」

「ああ。確か『森の解放』のあの男が生きているかもしれないという話をしていたな。その男がフェルに呪いをかけたのではないかと」

「そうだね。リーリエ家を恨んでかけた呪いじゃないかっていう話だった」

「それがどうかしたのか?」


 父さんが少し言いづらそうに口ごもる。

 彼は短い深呼吸をして、意を決したように口を開いた。


「呪いをかけられたのは、フェルディナンド様だけじゃないかもしれないんだ」

「……なんだって?」

「フェルディナンド様のお父上……つまり、ガイウス様のお父上も呪われていた可能性がある」


 そして、父さんはこう続けた。


「それに、ガイウス様も」

「な……俺も?」


 父さんが静かに頷く。

 ……にわかには信じられない話だ。

 俺は体調不良とは無縁だったし、呪われているなんて思いもしなかった。

 父上だってもう年だったから体調を崩しただけで、呪いのせいでそうなっていたとは限らないのでは?


「あくまでこれは仮説に過ぎないよ。私だって、確信を持って言っているわけじゃない」

「だが、父さんがそう思うことがあったからそんな仮説ができたのだろう?」

「……まあ、ね」


 そう言うと、父さんは書斎に向かい、小さな箱のようなものを持ってきた。

 鍵がかけられたそれを開けると、中には様々な書類と手紙が入っていた。


「ルカ。この手紙に見覚えはある?」

「これは……ハルシャからの手紙か? いや、読んだことも見たこともないな」

「じゃあ、こっちの手紙は?」

「第一部隊の隊員達から? 貰った覚えはないが……」

「そうだと思ったよ。だって、これらの手紙はガイウス様のところにはんだから」

「え?」

「師匠やエレーナさん、それにかつての第一部隊の隊員の皆さんにも話を聞いたんだ。そしたら、ガイウス様に手紙を出したのに返事がこなかったという証言が多かった。だから、私は色々と調べて回ったんだよ」


 険しい顔の父さんは全ての手紙を取り出した。

 それらには出したことを示す消印が押されていたが、封を開けられた様子はなかった。


「これらは全て、フェルディナンド様が生家から持ち出された書類の中に紛れていたんだ」

「うん? じゃあ、屋敷の侍女が間違えたんじゃないのか?」

「そう思うよね。でも、このガイウス様宛の手紙は発見当時、全てまとめられて紛れ込んでいたんだよ」

「……つまり、誰かが意図的に紛れ込ませたということか」

「しかも、そうだとわかるようにわざとまとめていたんだろうね」


 俺は手紙を手に取り、しげしげと眺めた。

 別に何の変哲もないただの手紙だ。個人的に送られてきた手紙なのだから、内容も特に重要なことは書かれてないだろう。


「仮に誰かが俺宛の手紙を隠したのだとして、その目的はなんだ?」

「恐らく、ガイウス様を外に出さないためだろう」

「外出されると何か問題があるのか?」

「誰かに会って呪いをかけられているとバレるのを避けたかった。あるいは、呪いをかけ続けるために家から離れさせたくなかったのではないかな」

「成程な。それが父さんが俺や父上に呪いがかけられていると思った理由か」

「ああ。私がそうだと疑うようになったのは、それに気づいてからだよ」


 父さんは手紙と一緒に入っていた書類を取り出した。


「でも、それだけで疑ったわけじゃない。ガイウス様や、そのお父上であるローレンツ様の行動の不自然さがその疑いを一層強めたんだ」

「不自然さ、だと?」

「おかしいとは思わなかった?」

「何がだ?」

「何故、ガイウス様が公爵位を継がれたのか」

「? それは俺が――」


 長男だからだ。

 そう言おうとして、ハッとする。

 別に、この国に長男が必ず家督を継がなければならないという法律は無い。昔はあったようだが、俺が生まれた頃には既に無くなっていた。

 誰に家督を譲るかは、現当主の判断に委ねられている。

 だからこそ、俺は騎士になることができたんだ。


「当時のリーリエ家と関わりがあった方々も信じられないと言っていた。ローレンツ様はフェルディナンド様に家督を譲られるつもりではなかったのか、と」


 何故、今まで疑問に思わなかったのか。

 幼い頃、父上に言われたじゃないか。

 『お前に家督は継がせない』と。

 俺が勉強そっちのけで剣術や魔術の訓練に没頭してたから、『お前は身体を動かす方が性に合うのだろう』と言って、父上は当主になるために必要な教養を俺に身につけさせるのを早々に諦めていたじゃないか。

 だから、弟のフェルが俺に変わって厳しい教育を受けて、父上の側で仕事を学んでいたんだ。


「だけど、ローレンツ様はガイウス様を選んだ。わざわざ亡くなる直前に遺書まで書き換えてね」

「……まさか、それも呪いが関与しているとでも言うのか?」

「あるいは、近くにいた何者かにそそのかされたか」

「そそのかされたって……もしかして手紙を隠した人物にか?」

「それはなんとも言えない。だけど、一番怪しいのはその人物だろうね」


 まさか、身近なところに呪いに関わっていた人物がいたかもしれないとは……。


「その人物に目星はついているのか?」

「いや。だけど、手がかりは掴めているよ」

「手がかりだと?」

「フェルディナンド様は王位についた際に、屋敷の使用人達を王宮の使用人として再雇用しているんだ」

「まさか、その中にいたかもしれないのか?」


 父さんが頷く。


「数名ほど辞めた人達がいるようだけど、大半の人は王宮にあがったらしい。だから、その中にその怪しい人物がいたとしてもおかしくはない」

「フェルにそのことは……伝えられるわけもないか。そもそも、あいつはまだ俺が呪いをかけていると思っているはずだしな」

「フェルディナンド様に伝えたいのは山々だけど、その前にそれが真実であると他の研究者達に証明しなくてはいけない」

「……ままならないもんだな」


 俺はため息をついた。

 その人物が何者なのかがわかれば、俺達に呪いをかけた存在についてもわかるはずだ。

 そうすれば、呪いを解く方法もわかりそうなものだが。


「フェルディナンド様が即位された当時の王宮の使用人達は、皆もう退職して王宮を去っている。でも、呪いがかけ続けられていることを考えると、その人物の後継者が今の王宮に潜んでいる可能性がある」

「じゃあ、フェルがその人物にそそのかされている可能性もあるのか?」

「今のところは目立った動きはないから何とも。だけど、これからそういったことが起こらないとは限らない」

「……そうか」


 フェルがそそのかされて何かをするなんてことがあったら、俺がやってしまったことの比ではないほど酷い被害が出るだろう。

 何故まだそそのかしていないのかはわからないが、身近なところにそんな人物がいるとなると、いつ何があるかわからない。

 もしかすると、殿下にも害が及ぶかも……。


「ルカ。君はオリバー殿下が陛下の何番目の子供か知っているかい?」

「ず、随分唐突な質問だな。一番最初の子じゃないのか?」

「即位なさってからもう50年近く経つんだ。そんなわけないだろう?」

「では、他に年の離れた兄弟でもいらっしゃるのか?」

「ああ。いらっしゃったよ」

「いらっしゃっ“た”?」

「……殿下より前にお生まれになった方々は、学校に通われることなくお亡くなりになられたんだ」

「なっ……まさか、それは王宮に潜んでいる奴がやったのか?」

「それも、あくまで推測だよ」


 そんな……もう既にフェルの子供達にも被害が及んでいただなんて。


「それに、カルミア姫も呪いの被害を受けている中で、オリバー殿下だけが何の影響も受けていないのはおかしいとは思っている」

「カルミア姫?」

「うん? 殿下から何も聞いていないのかい?」

「ああ、何も」

「そうなのか。てっきりお話になられていると思ったのだけど。カルミア姫というのは、オリバー殿下の双子の妹君だよ」


 ……妹、か。

 そうか。だから、殿下はあんなにも焦っていらっしゃったのか。

 やはり、殿下と俺は似ているらしい。


「……それなら、ますます呪いを解いてやらないとな」


 幼い頃の俺は弟を守るため、時には無茶をしてまで強くなろうとした。

 全ての元凶である「森の解放」を壊滅させるだけの力が早く欲しかったから。

 そして、殿下も妹君のため、ガイウスの呪いを解きたいのだろう。

 あの方はそのための力が欲しいのだ。

 そう考えると、俺に協力すると言ったのも頷ける。


「でも、呪いを解こうとして無茶をするのはダメだよ。ルカはまだ子供なんだから」

「わかっているさ。何も今すぐどうこうするつもりはない。前世の俺でも壊滅できなかったのだから、それ以上の力をつけないと」


 俺は小さくなった自分の手を見つめる。

 もしかすると、あまり時間はないのかもしれない。

 しかし、ルカの身体は無理をすれば壊れてしまうほど脆い。

 今は、前世の自分の全力を出せるまでに身体を鍛えることを第一目標にしよう。


「ルカが大きくなるまでの間は私が呪いを抑えておくよ。何だったら、解呪しておいてあげようか?」

「ははっ、そうしてくれるのが一番有難いが……現状では難しいのだろう?」

「……解呪までは厳しいけど、被害を抑えることはできると思っている」

「それでも充分だ。王宮内だけでなく、国全体に広まっている可能性のある残党共を相手に一人で戦うのは難しいだろう」

「完全に一人ってわけじゃないから平気さ。それに、今はルカがいるからね」


 父さんが俺の目をじっと見つめた。

 俺も、真っ直ぐ父さんを見つめ返す。


「……頼りにしてるよ、ルカ」

「任せてくれ。こっちも父さんのこと、頼りにしているからな」


 父さんは頼もしい笑みを浮かべ、しっかりと頷いた。

 かくして、俺の王都滞在は終了した。

 得られたものは多く、王都に来て良かったと思う。

 まずは、自分の体力不足を何とかしないとな。

 ここ数日でかなり体力がついてきたと思うが、前世と比べればまだまだだ。

 正直、焦っていないわけではない。

 だが、焦ったところで強くなれるわけじゃないのは前世で身に染みている。

 ――俺は前世よりも強くなる。

 そして、今度こそ、俺の大切な人達を苦しめる「森の解放」を壊滅させてやる!

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