第37話 元悪徳貴族、邂逅する

 今日は村に戻る前の日だ。

 今に至るまでずっとエレーナに稽古づけられたからか、多少は力がついたような気がする。

 本当は今日もエレーナやハルシャに会う予定だったのだが、父さんに連れて行きたい場所があると言われ、彼らに会う前にその場所へ向かうことになった。


「どこに行くんだ?」

「もうそろそろつくよ……ほら、見えた」


 父さんが指さしたのは、王都の丁度ど真ん中にある巨大な建物――王宮だった。

 まだかなり距離はあるが、それでもハッキリ視認できるくらいにはデカい。

 記憶の中の王宮と何ら変わらないが、久しぶりに見ると圧巻だった。


「え、まさかあの中に入るのか?」

「その通り……と言いたいところだけど、流石にルカを連れて王宮には入れないよ。そもそも、私だって呼ばれない限り王宮に入ることを許されていないのだから」


 どうやら冗談だったらしい。

 俺があからさまに狼狽えたのを見てニヤついた父さんは中々に性格が悪い。

 見た目は好青年なのに、内面は実の息子をいじめて喜ぶ変た……何故だか父さんが身の毛のよだつ恐ろしい笑顔を向けてくるので、これ以上考えるのはよそう。


「今から行くのは王宮の裏手だよ」

「王宮の裏手? 確か、庭園があるだけだったと記憶しているが」


 今俺達がいるのは正門側。

 その反対側には裏門と呼ばれる正門よりも小さな門があり、その先には色とりどりの花々が咲き誇る庭園が広がっていた。

 ガイウスの生きていた頃は、そこで王妃様が上級貴族の御婦人方を集めて茶会をよく開いていた。

 第一部隊に入る前はその警護に当たることもあったので、庭園には何度か足を踏み入れたことがある。

 だが、特別な何かがあったという記憶は無い。

 父さんは目的を説明することなく、黙って俺の手を引いた。

 しばらくして王宮の裏門に着くと、門の前には警備の騎士がいた。

 彼はこちらに気づくと、父さんに向かって一礼する。


「おはようございます、スターチス様。今日も墓参りですか?」


 墓参り?

 庭園内に墓なんてあっただろうか?


「はい。この子も一緒に連れて行きたいのですが、よろしいでしょうか?」

「もちろん構いませんよ。さあ、どうぞ」


 騎士は裏門を開け、俺達に中へ入るよう促す。

 庭園内には国外から輸入された花や希少な実がなる木など、数多くの草花が咲いていた。

 それらには目もくれず、父さんは無言のまま俺をどこかへ連れていこうとする。

 裏門からかなり離れたところまで来た時、木々の間に巨大な石――文字が書かれている石版のようだった――が見えた。


「あれは……?」


 あんなもの、俺が警護に当たっていた時にはなかった。

 近づくにつれて、石に書かれている文字がはっきりと見えるようになる。

 そこには、俺の名前――「ガイウス・リーリエ」の文字があった。


「……俺の墓、か」

「ああ。王都に来たのだから、見せておいた方が良いかと思って」


 墓石の前まで来ると、そのデカさが際立った。

 父さんの身長の2倍以上はありそうな墓石は、最早何かの記念碑のように見えた。


「なんでこんなところに俺の墓が?」


 フェルがここに作るよう命じたからだとしても、わざわざ庭園にこんな目立つように墓を立てたりするだろうか?


「ここに墓が立っているのは、ガイウス様の怒りを鎮めるためだよ」

「俺の怒り?」

「死者によってかけられた呪いは、その死者の怒りでその効果が増すと言われていてね。元々別の場所に墓はあったんだけど、あまりにも貧相だったからガイウス様が怒ったのではという意見が出て、ここに作り直したらしい」


 成程、そういう意図があったのか。


「だが、何故この庭園に?」

「他の墓と同じようにするより、目立つように墓を作って特別感を出した方が怒りが鎮まると思ったんじゃないかな? こんな大きな墓は王都ではここにしか立てられないから」


 特別感ねぇ……。

 俺としてはこんなデカい墓を作られても目立ち過ぎて恥ずかしいだけなんだが。


「複雑そうだね」

「まさか自分の墓を見ることになるとは思ってなかったからな」

「そんな経験をしたのはルカだけだろうね」


 父さんはいたずらっ子のような笑みを浮かべている。

 なんでこんなに嬉しそうなんだこの人……。


「で? 俺をここに連れてきた本当の目的はなんだ?」


 父さんのことだ。ただ墓を見せたいがために、俺をここへ連れてきたわけじゃないだろう。


「……実は、ここに来たのはもしかしたら会えるかもしれない方がいらっしゃったからなんだ」


 ――会えるかもしれない“方”が“いらっしゃった”、ねぇ。

 父さんが会わせたかったのが誰のことかわかってしまって、眉間にシワを寄せた。

 別に会いたくないのではない。

 ただ、会った時にどんな顔をして会えばいいのかわからないだけだ。

 そんな考えが顔にも出ていたのか、父さんはさっきとは違う、ちょっと困ったような笑顔になった。


「でも、いらっしゃらないようだし、お祈りして帰ろうか」

「自分の墓に祈るのか……」

「振りだよ、振り」

「別に誰も見ていないのだから、やらなくても良いだろう?」


 そう言って、ため息をついた時だった。


「……その声、もしやルカ殿か?」


 背後から声をかけられ、条件反射で勢いよく振り返った。


「ああ、やはりルカ殿であったか。何故このような場所に?」

「殿下こそ、何故ここに……」

「私は父上に連れられてここにやってきたのだ」


 そう言って、殿下はご自分の背後を振り返る。

 自然と、俺の目はその先を追う。


「オリバー。あまり急いでいくと怪我をするよ」


 殿下を優しく諌める声がした。

 死の直前まで、よく聞いていた声。

 けれども、死の直前はこんなに優しい声音ではなかった。


「しかし、私はあの男の墓参りなどしたくありません」

「そう言わずに。お前を連れてくるのは赤子の時以来だからね。兄様に大きくなった姿を見せて差し上げなさい」


 殿下に向かって微笑む顔は、記憶に残る顔と変わらなくて。

 エルフの血を引く美しい顔立ちも、体質なのか目立たないようにできる目の下の隈も、何も変わっちゃいない。


「ああ、先客がいたのか。気づくのが遅れてすまない」


 いかん。反応が遅れてしまった。

 父さんが頭を下げているのを見て、俺も慌てて頭を下げた。


「カイン・スターチスか。ここに現れるのは随分久しぶりだな」

「お久しゅうございます、陛下」

「面をあげよ。隣にいるのは君の子か?」

「はい。私の息子である、ルカ・スターチスです」


 父さんが俺に挨拶するよう促す。

 俺は、ゆっくりと顔を上げた。


「……ルカ・スターチスと申します。お初にお目にかかり光栄です、陛下」


 ああ、上手く顔が見れない。

 ハーフエルフだから、容姿がほとんど変わらないのは当たり前だ。

 だけど、こんなにも変わらないお前を見ると、自分は今でもガイウスなのだと思ってしまう。

 今の俺はルカ・スターチスという、全くの他人だというのに。

 陛下――フェルのことを、こんなにも愛おしく感じてしまう。

 だが、死の直前まで俺は愚鈍な男だった。

 だから、てっきりフェルに嫌われてしまったと思っていた。

 それなのに何故、お前はここに来ているんだ?

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