第35話 別視点:エレーナ・オスマンサス⑤
彼がいなくなり、私が隊長となってからは色々と大変だった。
隊員達の協力もあって何とか隊全体が元のように機能し始めた頃、こんな噂を耳にするようになった。
「ガイウス・リーリエが領主となってから、かの領地は荒れているらしい」
その噂に私だけでなく、退院達も首を傾げた。
そもそも私を含む隊員の誰一人として彼が領主になっていたことすら知らなかったし、彼は確か領主は弟が継ぐと言っていた気がする。
何故、彼が領主になっているのか。
気にはなったけれど、あんな別れ方をしておいて今更手紙を書いたり、ましてや直接会いに行ったりなんてできない。
私がそう思って躊躇っているうちに、私同様に噂について気になった隊員達がそれぞれ彼に手紙を書いていた。
しかし、その手紙を出した直後に王都から遠く離れた土地で大規模な魔獣被害が発生し、私達は返事を待たずに遠征することを余儀なくされた。
その遠征から戻ってくるやいなや、また遠くで魔獣の大量発生が確認され、私達は返信の有無を確認する暇すらなく再び駆り出されてしまった。
その日以降、遠征に次ぐ遠征で、私達は王都に帰ることすらできなくなっていった。
ようやく王都に帰ってきた頃には、手紙を出してから半年以上経過していた。
隊員達が自らに届いていた手紙や荷物を確認したが、彼からの手紙が来ている者は誰もいなかった。
彼は筆まめな人ではなかったが、流石に受け取ってから半年以上も経った手紙に返事を書かないような人ではない。
これにはまた、隊員全員が首を傾げた。
そして、皆、嫌な予感がしていた。
「……ガイウス隊長に会いに行こう」
誰からともなく、そんな声が上がる。
今まで忙しかったのもあるが、彼の迷惑にならないよう隊員達は直接会いに行くのを避けていた。
元々同じ騎士だったとはいえ、ほとんどが平民である隊員達が貴族である彼に会いに行くのは世間体的によろしくないと考えたからだ。
だけど、誰一人として彼に会うことは叶わなかった。
その前に、彼の訃報が届いたから。
彼は領民達と弟の裏切りにあって殺されたらしい。
葬儀は行われることなく、遺体は見るも無惨な姿であったために土葬ではなく火葬されて埋葬されたと、訃報を伝えた手紙には書かれていた。
その手紙を読んだ後、私はすぐさま長期休暇を貰った。
ここのところ遠征続きだったためか、許可はすんなり降りた。
隊のことは今の副隊長に任せ、私はリーリエ公爵領へと向かった。
リーリエ家のお屋敷は流石公爵家というだけあって、オスマンサス男爵家の屋敷が2つ入ってもまだ余裕がありそうなほど大きなお屋敷だった。
事前に訪問する旨を伝えるのをすっかり忘れてしまっていたが、入れてもらえるだろうか……。
「どちら様でしょうか?」
大きな扉をノックすると、出てきたのは若い侍女だった。
「王立騎士団第一部隊隊長のエレーナ・オスマンサスと申します。この度はガイウス様の訃報を受け、こうして訪問させていただいた次第です」
「……少々お待ちください」
侍女はそう言って、奥に引っ込んでいった。
隊長の名前を出した途端、彼女はあからさまに嫌そうな顔をしていた。
どうやら屋敷の者にまで彼は嫌われていたらしい。
「お待たせ致しました」
侍女が後ろに誰かを連れて戻ってくる。
着ている服装から、その人物が貴族であることはわかった。
金髪碧眼が特徴的な若い男性だった。
「初めまして。私はフェルディナンド・リーリエと申します。兄様が生前お世話になりました」
私は驚きのあまり目を見開いた。
腹違いの弟で似ていないとは聞いていたが、半分も血が繋がっているのかすら怪しいと思ってしまうほど似ていない。
単純に髪や目の色が違うだけでなく、顔のつくりや体格も違う。
隊長が「赤熊」なら、彼の弟は「物語の王子様」と呼ぶに相応しい見た目をしている。
普通の女性なら見とれてしまうような美しい男性だ。
……でも、私は何故か残念な気持ちになった。
それが、自分が彼の弟に彼の面影を探してしまっていたからだと気づき、隊長と最後に会った時のように自分でもよくわからない感情が再び湧き上がってくる。
「わざわざお出迎えありがとうございます。今は貴方が領主なのでしょう? 前領主が亡くなったばかりでお忙しいのでは?」
「お気になさらず。私には貴女のように兄様を慕う方々に事の顛末を説明する義務がありますから。話せば長くなりますので、奥の部屋でお話しましょう」
奥の部屋に案内された私は、フェルディナンド様から隊を辞めた後のガイウス隊長の様子を教えられた。
元々領主はフェルディナンド様が継ぐ予定だったそうだが、彼等の父親である元領主が死の間際に突然、次の領主として隊長を指名した。
最初こそ弟であるフェルディナンド様と協力して領地経営を行っていたのだが、次第に自分勝手な行動を取るようになっていったそうだ。
それが原因で領地が荒れ始め、領民達のみならず屋敷で働く者にまで彼は恨まれるようになった。
フェルディナンド様は領民達の不満を何とか抑えていたが、爆発寸前だったらしい。
フェルディナンド様も、変わってしまった彼に絶望していた。
――もう兄を止める事は出来ない。
そう思っての裏切りだったそうだ。
「……結果として領民達は救われ、領地経営も安定し始めています。しかし、私は今でも考えてしまいます。あの時、兄様をこの手で殺したことが本当に正しかったのかと」
フェルディナンド様は全てを語り終えた後、そう零した。
それに答える言葉は、思いつかなかった。
もし私がフェルディナンド様と同じ立場にいたなら。
彼が変わってしまったこと、以前の彼に戻せないという現実に耐えきれず、同じように彼を殺す選択をしてしまうかもしれない。
長い沈黙の後、フェルディナンド様が力無く笑った。
「すみません。貴女にこんな話をしても仕方ないというのに」
「……いえ」
「少々時間を取り過ぎましたね。そろそろ兄様の墓まで案内します」
そう言って立ち上がったフェルディナンド様は、ふと思い出したように私へ申し訳なさそうな顔を向けた。
「予め言っておきます。本来であれば、領民達からの強い反発があって、兄様の墓は作られない予定だったのです。しかし、それはいくら何でも酷すぎると思い、私が皆に掛け合い、目立たない場所にひっそりと建てるならばという条件付きでようやく許可がおりました」
何とも悲しげな表情を浮かべながら、フェルディナンド様は頭を下げた。
「そのため、兄様の墓はリーリエ家の者が眠る墓地ではなく、この屋敷の裏手にある雑木林のすぐ側に貧相な墓を建てざるを得ませんでした。兄様を殺した挙句、死後にも酷いことをしてしまったこと、大変申し訳ございません」
「あ、頭を上げてください。公爵様が男爵家の令嬢にすぎない私に頭を下げるだなんて」
「いえ、例えこちらの身分が上であっても、今回の件は謝らなければなりません」
しばらく頭を下げ続けられたが、当の私はどうして頭を下げられるのかよくわかっていなかった。
家の墓に入れないというのは隊長がやったことを考えれば当然である。
むしろ、個人の墓を作ってもらえているのだから、まだマシな方では?
そんなことを考えているうちに、フェルディナンド様は私を屋敷の裏手の雑木林へと案内する。
雑木林と言っているがある程度人の手が入っているようで、綺麗に舗装された道があった。
しかし、フェルディナンド様は途中からその舗装された道をはずれ、歩く度に草木を押しのけねばならない獣道を歩き出す。
それからしばらくして、隊長の墓が私達の目の前に現れた。
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