第34話 別視点:エレーナ・オスマンサス④

 ガイウスが隊長であった間、第一部隊は目覚ましい活躍を遂げた。

 その最たるものが「森の解放」の全滅だろう。

 あの日、私達第一部隊は「森の解放」の最後の残党達に勝った。

 しかし、それと同時に失った物があった。


「隊長……怪我の具合はどうですか?」


 第一部隊ができてから、もうかなり経っている。

 流石の私も立場をわきまえて彼を「隊長」と呼び、敬語を使っていた。

 それでも鍛錬の時には毎回戦いを挑んでいたが。


「エレーナか。そうだな……正直、あまり良くはないな」

「そう、ですか」


 隊長は残党達のリーダー格と戦った時にできた傷がなかなか治らず、未だ入院治療中の身であった。

 私は彼のお見舞いにやって来たのだ。


「復帰はまだ難しいのですね」


 隊員達の、隊長に対する信頼は厚い。

 今は私が代理として働いているが、やはり隊長がいないと士気の高さが違う。

 早く復帰していただかないと隊が成り立たなくなるかもしれない。

 そんなことを考えていると、隊長が苦々しい顔になった。


「……その事なんだが、俺は騎士を辞めようと思っている」

「え?」


 あまりに突然で、思考が停止する。

 何も言えないまま立ちすくんでいると、隊長は更に言葉を続けた。


「医者に言われたんだ。怪我の治りがあまりにも遅いと。このままだと完治は厳しいらしい」

「そんな……し、しかし、完治できずとも剣は振るえるのでしょう? それならば騎士を辞めなくても良いのでは?」

「そういうわけにはいかない。第一部隊は常に危険な戦闘になる場所に送り出される。そんな場所では俺みたいな怪我人は足手まといにしかならない」


 彼の言うことはもっともだ。

 私達が赴く現場はいつも死と隣り合わせの危険な状況下に陥る。

 それは、第一部隊は強者達をより集めた部隊であるため、他の部隊では対処できない、あるいは対処しきれなかった事案によく駆り出されるせいである。

 そんな戦いの場において、一瞬の隙は命取りだ。

 痛みのせいで動きが鈍れば、隊長だけでなく他の隊員達にも危険が及ぶ。


「ですが、戦場に出なくとも、隊長としての書類仕事などはできますよね……?」

「そりゃできるが、それだけじゃ第一部隊の隊長は務まらないだろう。第一部隊は完全実力主義だ。上に立つ者がまともに戦えない奴では隊員達に示しがつかない」

「何をおっしゃいますか! 隊員達は皆、隊長を尊敬しています。貴方が戦えなくなったからといって、卑下するような者はおりませんよ!」


 思ったより大きな声が出てしまった。

 彼も一瞬驚いたように目を開いたが、すぐに表情が曇る。


「お前達の想いは嬉しい。だが、次第に俺に不満を抱く者も増えるだろう」

「そんな隊員はいません!」

「ああ、そうかもな。、な」


 そう悲しげに言った後、彼は私の目を見た。

 初めて会った時と何ら変わらない瞳。

 けれども、その目にかつての輝きは見られなかった。


「これから先、新しい隊員がどんどん入ってくる。実力主義であるはずの部隊に、戦場では全く役に立たない男が頂点にいたら、彼等は快く思わないだろう」

「隊長は優れた方だと、決して卑下してはいけないと我々がきつく言い聞かせます!」

「それでは彼等の反発を招きかねない。元々いる隊員達が俺という隊長を盲信しているのだと思われれば、彼等は反旗を翻して君達に盾突く可能性も考えられる。君だって、その可能性には気づいていただろう?」


 もちろん、気づいていた。

 今いる隊員達はよくても、新しい隊員達には彼が厄介者扱いされるかもしれないと。

 ――だけど、それでも。


「それでも、私は貴方に辞めて欲しくない。このならず者の寄せ集めのような部隊が隊としてちゃんと機能できていたのは、貴方がいたからよ。最初は問題ばかり起こしていたのに、決して見捨てず上に掛け合って存続をお願いしてくれた貴方がいたから、私達はこうして今ここに騎士として立っているの」


 無意識のうちに敬語ではなくなっていた。

 今の私は、自分でもよくわからない感情に突き動かされている。

 隊長のことは、今も昔も嫌いだ。隊長としては尊敬していても、個人としては嫌いだ。

 それは、彼に何度戦いを挑んでも、ちっとも勝てる気がしないから。

 それどころか、毎度私の戦い方の問題点を指摘をしてくる。

 それは強くなりたいという気持ちとしては有難いものだったが、それと同時にこの男にとって私はまだまだ弱者なのだと痛感させられた。

 そんな悔しい思いにさせてくる相手を、どうやったら好きになれるのか。

 ……でも、それなら、今私が抱いているこの感情は何?


「それは買い被り過ぎだ」

「いいえ。貴方は凄い人よ。貴方の強さもそう。いつまで経っても、私は貴方に勝てる気がしないもの」

「エレーナはすぐに俺を超えると思うがな」

「貴方にそう言われ続けて2年経っているのよ。それでもちっとも勝てる気がしないわ」

「そうだったか?」


 彼が苦笑する。

 その顔も覇気がなくて、私の胸がチクリと痛む。


「そうよ。でも、貴方がそう言うならきっといつかは超えられるのでしょう? だったら、その時までここに残ってなさい」

「だから、それはできないと……」

「隊長としてじゃなくてもいいわ。貴方に勝てるまで……貴方が私に無様に負けるまで、ここにいなさいよ!」


 視界が段々と滲んでくる。

 それでも、目の前の彼が慌てふためいているのがわかった。


「エレーナ、俺が悪かった。お前や他の隊員達に何も告げずに辞めようとしたのは謝る」

「じゃあ、辞めないで残ってくれるのかしら?」


 溢れ出る涙を堪えるように、私は彼を睨む。

 彼はビクリと肩を震わせ、バツが悪そうに視線を逸らした。

 その様子だけはいつもと変わらなくて、内心ホッとしている自分がいた。


「いや、それはその……できない、というか、もう無理というか」

「もう無理? それはどういう意味?」


 グイッと顔を近づけると、彼の顔が引き攣った。


「そんな怖い顔して近づかないでくれ。心臓に悪い」

「そんなことより、私の質問に答えなさいよ。何故無理なの?」

「……もう辞表は出してあるんだ」


 その瞬間、私は彼に掴みかかっていた。


「何故そんな大事なことを誰にも言わず勝手に決めてしまうのよ!」

「それは謝っただろう」

「今更謝ったって遅いじゃない!」


 そう、もう遅い。

 いつ出したのかは知らないが、恐らくもう上に受理されていることだろう。

 ここは騎士専用の病院だから、怪我がある程度治ったら彼はここから去っていってしまう。


「せめて、私にだけでも相談してくれたって良かったじゃない。どうして事後報告なのよ!」

「事前にいえば止めるだろう?」

「当たり前よ。辞表なんて破り捨ててたわ!」


 感情的になる私とは対照的に、彼は冷静だった。


「だからさ。エレーナもそうだが、今いる隊員達は感情に流されやすい。先のことを考えるなら、俺はいない方がいい」

「だから、そんなことは」

「あるだろう。さっき言ったこともそうだが、今第一部隊は注目の的だ。良い意味でも悪い意味でもな。怪我で剣を振るえない奴が上にいれば、そこが弱味になる。手柄を取られたと思っている他部隊の奴らが何か仕掛けてくるかもしれない」

「そんな奴らは締めてしまえば良いじゃない!」

「そんなことをすれば『彼等は騎士に相応しくない』と言われて、隊を解散させられるぞ」


「解散」という言葉に、思わず動きが止まる。

 彼はその隙を見逃さず、畳み掛けるように言葉を続けた。


「俺は自分が騎士を続けられないことよりも、この部隊が無くなってしまう方が嫌だ。エレーナだってそうだろう?」

「それは、そうだけど……私は貴方にいなくなられるのも嫌よ。私一人じゃ、この隊をまとめられないわ」


 私がそんな不安を口にすれば、彼は笑顔を作って見せた。


「大丈夫だ。君はいつも俺の横で業務を見ていたし、隊員達の中に君の言うことを聞かない命知らずはいないだろう」

「今まさに目の前にいるようだけれど?」

「じょ、冗談だ。とにかく、君が隊長になっても大きな問題は起こらないと思うぞ。負担が大きいと思うなら誰か別の奴を隊長にしてもいいだろう」


 彼の話を聞いているうちに、彼が隊長として戻ってくるつもりがもうないことを痛感する。

 ……この胸の痛みは何?

 彼がいなくなり、自分が新たな隊長となった時を想像すると不安だから?

 結局彼に一度も勝つことが出来なかったのが悔しいから?

 それとも――彼がいなくなるのを、寂しく思うから?


「……エレーナ?」


 急に俯いて黙り込んだ私を心配してか、彼が顔を覗き込んでくる。

 私はそれを避けるように、彼に背を向けた。


「お、おい、エレーナ?」

「……貴方の意思はわかったわ。つまり、貴方は私に負けたくないから、ここから逃げるのね」

「え、いや、そういうわけでは……」

「確かにその怪我が完治しないようなら、私の方が強くなってしまうものね。でも、貴方がそんな人だなんて思わなかったわ。色々それっぽいことを言っていたけれど、結局は負けるのが悔しくて、私の前から逃げ出すために辞表を出したんでしょう?」


 背後から彼が慌てふためいているような気配を感じる。

 私は半身だけ振り返り、彼を見た。


「勝ち逃げするのは許してあげる。でも、貴方の顔なんてもう見たくもないわ。さっさとご実家に帰って鍛錬なんかもせずに怠けていればいいのよ」


 彼は驚きのあまりか、目を見開いたまま固まっている。

 きっと、頭の中では私の態度の変化に困惑していることだろう。

 ちょっとだけ、いい気味だった。

 そのまま踵を返し、私は病室を後にした。


 ――それ以降、私が彼の病室に行くことはなかった。

 しばらくして彼は退院すると、やはり私と顔を合わせることなく生家に帰って行った。

 結局、私が直接彼の顔を見たのはそれが最後になってしまった。

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