第33話 別視点:エレーナ・オスマンサス③

 審判員が開始の合図を言い切ると同時に、私は駆け出した。

 でも、相手には私が消えたように見えているだろう。

 女である以上、力で男に勝つには人並外れた努力と才能が必要だ。

 パワー勝負で男に勝てるほどの力は私には無い。だから、私は力ではなく、スピードに特化することにした。

 目にも止まらぬ速さで敵を突く。一撃目を防がれても二撃目、三撃目と容赦なく攻撃を繰り出す。相手は私の攻撃を防ぐのに手一杯になる。私はただ攻撃を繰り出すだけ。

 そして、相手の集中が切れた瞬間にトドメを刺す。

 それが私のスタイルだ。

 ただ、この大会では準決勝の相手以外、全員一撃目で打ちのめした。初撃を防いだ準決勝の相手も次の攻撃を防ぎきれず倒れた。

 目の前の男は多少強そうだが、すぐに沈むだろう。


「なっ」


 しかし、私のレイピアはあっさりと避けられてしまった。

 初撃を防がれたことはあっても、避けられたのは初めてだった。

 思わず動きが止まってしまう。


「速いな。油断していたらやられていた」


 そう言いながらも、彼の顔に焦りは見られない。

 むしろ、余裕綽々よゆうしゃくしゃくといったふうに彼は立っている。


「どうした? まだこんなもんじゃないだろ?」

「っ! その言葉、後悔しても知らないわよ」


 私は次々と攻撃を繰り出す。

 しかし、それが男に当たることは無かった。


「剣を抜かせてもくれないか。流石、ここまで勝ち上がってきただけはあるな」


 確かに彼はまだ剣を抜いていない。

 だけど、最小限の動作で彼は私の攻撃を避け続けている。

 どちらの方が先に体力が尽きるかなんて明白だ。


「なんで当たらないの!?」

「そりゃ避けてるからな」

「そういう意味じゃない! 何故避けられるのよ!?」


 次第にイライラと焦りが募っていく。

 ここまで一撃も当てられない相手なんて初めてだ。

 もちろん、剣を習い始めたときは師匠に攻撃を当てられなかったが、それだって三日も経たないうちに当てられるようになった。

 私のレイピアは最速だと思っていた。

 それなのに、彼は軽々と避けてみせる。

 この男の方が私よりも上だというの?


「……邪念が混じってるぞ」


 その声にハッとする。

 いつの間にか、彼は剣を抜いていた。

 そのまま振り下ろされる剣を咄嗟に避ける。

 ――速い。その上、地面が抉れてる。


「今のを避けるか。やっぱり凄いな」


 どこか嬉しそうな男に対し、私の背中に冷や汗が流れる。

 ――この男は、最初から私のことを舐めてかかってなんていなかった。

 彼は強い相手と戦うのを楽しんでいる。いわゆる、戦闘狂だ。


「……楽しそうね。こっちは必死だっていうのに」

「君のように強い相手と戦えるのに、楽しくないわけ無いだろう?」


 褒められているはずなのに複雑な気持ちになるのは、この男が自分より格上だと感じるからだろうか。

 まさか、こんな相手と戦うことになるなんて。


「さて、ここからは俺もいかせてもらうぞ。避けてばかりいては勝ち目が無いからな」


 男が剣を構える。

 ここにきて膝が震えてきた。でも、負けるわけにはいかない。

 こんな、いけ好かない男になんて負けたくない。


「いい顔だ。それでこそ戦いがいがある!」


 互いに足を踏み出し、相手に向かって駆け出す。

 自身の身の丈ほどもある大剣を手に持っているというのに、彼のスピードは私と同じ……いや、私以上に速かった。

 ここまでくれば、もう認めざるを得ない。

 この男は強い。私なんかより、ずっと。

 今の私では、到底敵わない。

 ……気がつけば、私の手にあったはずのレイピアが場外まで弾き飛ばされていた。

 この試合のルールで、武器を場外まで飛ばされた場合は負けになる。

 つまり、今この瞬間、私はこの男に負けたのだ。


「勝者、ガイウス・リーリエ!」


 その瞬間、静まりかえっていた会場中から歓声が上がる。

 私は悔しさから唇を噛み締めた。


「良い試合だった。ありがとう」


 試合終了後、互いの健闘を讃え合う握手をしようと、男が手を差し出す。

 私は一瞬その手を振り払おうとしたが――すぐに考え直し、その手を握った。

 ここで悔しさに身を任せて行動するなんて、騎士として恥ずべき行為だ。


「悔しいけど、私の完敗だわ。優勝おめでとう」


 彼が一瞬目を見開く。

 でも、すぐにその顔が綻んだ。


「どんなに悔しくても相手を讃える。俺が君ぐらいの時はそんなことはできなかったよ」


 かつての自分を思い出してか、彼は恥ずかしそうに頬を掻く。


「やはり君はすごいな。そんな君と共に戦えることを光栄に思う」

「え?」

「同じ第一部隊の仲間として、これからよろしく頼む」


 ……そうだった。

 彼に負けたせいで記憶から飛んでいたけれど、これは第一部隊の入隊試験。

 上位十数人は入隊できる決まりだから、彼はもちろん、私も入隊できる。

 彼と同じ部隊に入るということは、私はほぼ毎日彼と会うことになる。

 実戦だけでなく、日々の鍛錬も彼と共に行うことになるだろう。


「――なるほど。つまり、貴方に鍛錬と称して戦いを挑んでも良いということですね」

「いや、誰もそんなことは言ってないぞ?」

「いくら貴方が強いとはいえ、負けっ放しは悔しいですから。たとえ貴方が拒んでも、私は勝つまで挑み続けますよ」

「ず、随分と負けず嫌いなんだな」


 彼が苦笑する中、私は新たな目標ができたことに内心喜んでいた。

 正直、自分より強い相手なんていないと思っていたから、これ以上強くなれないと思っていた。

 でも、彼という強者がいるなら話は別だ。

 今回負けたのは悔しいけれど、実力差を考えれば当然の結果だ。

 だから、その当然を覆せられるよう、私は彼に挑み続ける。

 そんな決意を胸に、私は第一部隊へと入隊を果たした。

 大会で見事優勝した彼――ガイウス・リーリエは隊長となり、私は副隊長となった。

 そして、宣言通り、彼に鍛錬と称して戦いを挑む毎日が始まったのだった。

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