第32話 別視点:エレーナ・オスマンサス②
試合当日。
会場となった闘技場には、性別も年齢も、人種までも異なる人々が多数集まっていた。
町中では滅多に見かけないエルフと思しき人々もいて、「森の解放」の件もあるのに大丈夫なのかと不安になった。
偏見かもしれないが、あの組織からスパイとして潜り込もうとしているエルフだっているだろう。その疑いがある以上、警戒するに越したことはないと思うのだが。
「そんなに睨まなくても大丈夫だぞ。あのエルフの人達は身元が保証されている」
私は慌てて後ろを振り返る。
そこには、青い騎士服を着た大男が立っていた。
胸にどの隊に所属しているかを示す刺繍が施されていないあたり、どこにもまだ所属していない「見習い」なのかもしれない。
「いつの間に後ろに……」
「そう怖い顔をするな。今から気を張っていると試合途中で疲れるぞ」
妙に馴れ馴れしい上に、ヘラヘラと笑っていて私はイラッとした。
女だから舐められて見下されているのだと、そう思った。
「まあ、強い警戒心を持っているのが悪いというわけではないが。むしろ、それくらい強い方が騎士に向いてるだろう」
そう言って笑う男からは悪意を感じられない。悪気はないということだろう。
それが私のイライラを倍増させた。
この男を今この場でぶちのめしてやりたくなってくる。
「おーい、ガイウス!」
「おお、今行く! ……急に話しかけてすまない。お互いがんばろうな」
「ガイウス」と呼ばれた男は足早に去っていった。
何故私に話しかけたのかはわからないが、音もなく近づいてきたところを見ると中々の実力を持っているらしい。
だからといって、舐められて良い気分はしない。
もし試合で当たったら容赦はしないと、私は固く心に誓った。
「まもなく、開会式が始まります」
アナウンスが聞こえ、私は人で溢れる場内へと入場する。
開会式では、この国の第一王子が開式の言葉を述べた。
どうやら、この試合形式での隊員募集は第一王子が発案したらしい。
なんでも、身分や性別などにこだわらない強い奴だけを集めた部隊を作りたかったとか。
そして、自分もその部隊と一緒に魔物討伐をしたいと話されていた。
第一王子が魔物討伐するのはどうなんだと思ったが、第一王子は剣の腕前も魔術の腕前もトップクラスだと噂で聞いたことがあるので、周囲も渋々同意したと思われる。
恐らく、第一王子は自分が魔獣相手に好き勝手に暴れられるような部隊を作りたかったのだろう。今回の隊員募集も強引に押し切ったに違いない。
その証拠に、お話されている王子の後ろで補佐官と思しき男性が王子が何か言う度、眉間にシワを寄せていた。
声に出しては絶対に言えないが、この人が王子で大丈夫なのだろうか……。
「――では、各々持ち場についてくれ。健闘を祈る」
第一王子の長い話が終わり、ようやく大会が始まった。
この闘技場だけで試合を行っていると決まるまでに一月以上かかってしまいそうだが、ここだけでなく騎士団の稽古場の一部なども借りて試合を行うらしい。
私の初戦会場は、入学を断られた騎士育成学校の稽古場だった。
なんだか皮肉めいたそれに、私は苦笑いする。
ついでに「ガイウス」と呼ばれていた男の名前も探してみたが、今日の試合は同じ会場ではないようだ。
彼と当たるのはもう少し先か。これは絶対に勝ち進まなくては。
元より、誰にも負けるつもりなどないが。
そうして数日間に渡る試合を勝ち上がり、私は遂に決勝の日を迎えた。
正直、ここまでは楽な相手ばかりだった。
準決勝戦の相手は少し腕が立ったが、それでも骨のある奴だとは思えなかった。
しかしながら、ここに来るまでに「ガイウス」には当たらなかった。
どこかで敗退したのか、それとも……。
「間もなく、決勝戦を行います。両者、準備をお願いします」
アナウンスに従い、私は決勝戦を行う闘技場へと足を踏み入れる。
私が入ると同時に、試合相手も会場入りした。
「……やっぱり、貴方だったのね」
現れたのは「ガイウス」だった。
初めて会った時と同じように青い騎士服を着ていたが、特徴的だったのは背中に背負った彼の身の丈程はある大剣だった。
彼自身の背もかなり高いため、その大剣の大きさは私の身長を優に超えていた。
「決勝戦の相手は君か。やはり、優れた剣士だったようだな」
彼は出会った時と変わらぬ笑顔を浮かべていた。
「やはり、とは?」
「いや、一目見たときから強いと思っていたからな。だが、君も『やっぱり』と言ったということは、それなりに強いとは思ってもらえていたみたいだな」
何故か嬉しそうに笑う彼にイラッとした。どうも、この男はいけ好かない。
「……今まで戦った相手よりはマシだと思っただけ」
「つまり、今までの相手は弱すぎて話にならなかったと?」
「ええ。これだけ大規模な大会なら、もう少し強い相手と戦えると思っていたのだけど」
「ははっ。それ、大会参加者の誰かに聞かれたら恨みを買うぞ」
イライラしている私とは対称的に、この男はとても楽しそうだった。
まるで子供のように彼は笑っている。
元々緊張しないタイプなのか、完全に舐められているのか。
……まあ、どちらにしろ叩きのめすことに変わりはない。
「恨まれても構わないわ。また打ち負かしてやるだけだから」
「強気だな。そういう奴は嫌いじゃないぞ」
「私は嫌いよ、貴方のこと」
「……随分はっきり言うな。まあ、構わないが」
その時、審判員から声が掛かった。
どうやら試合開始時刻らしい。
互いに立ち位置につき、一礼する。
いよいよ、この男をぶちのめす時が来た。
「それでは、始め!」
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