第29話 別視点:ハルシャ・クリサンス②
「……生家に帰る?」
久しぶりに会ったガイウスは、右肩から右肘にかけて包帯を巻いていた。
彼が怪我をするのも珍しいのに、よりにもよって利き腕を怪我している。
何だか、嫌な予感がした。
「父上の容態が悪化して、もう余命幾ばくもないらしい。亡くなる前に顔を見せようと思ってな」
「なんだ、そういうことか。じゃあ、顔を見せたら王都に戻ってくるんだよね?」
てっきり彼がこのまま王都を去るのかと思った僕はホッとした。
しかし、僕の言葉に彼が悲しそうな顔をする。
「……悪いが、もう戻ってくることは無いだろう」
「ど、どうして!?」
「利き腕の怪我が酷くてな。剣を振るうと激痛が走るんだ」
彼が包帯が巻かれているところを
そんな深い怪我をするほど激しい戦いだったんだ……。
「でも、治癒魔術をかけてもらったり、回復ポーションを使えば治るでしょ?」
「それがな、効かなかったんだ。その上治りも遅くて、未だに無理をすると傷口が開くんだ」
「何それ……なんでそんな怪我したの?」
声が震えた。
気を抜くと目から涙が出そうで、僕は唇を噛んで堪える。
そんな僕を見て、彼は困ったように微笑んだ。
「『森の解放』の残党達との戦いだったのだが、リーダー格がなかなか強くてな。痛み分けのような形で一撃もらってしまった」
……そういえば、この間「森の解放」が完全に壊滅したと研究所の同僚に教えられた。
彼が率いる第一部隊が中心となって残党の討伐に当たっていたのは知っていたけど、最後の残党達を倒したのは第一部隊なのかな。
「……もしかして、最後の残党達との戦いは第一部隊が?」
「ああ。これで、お前みたいな『森の解放』の奴らとは無関係なエルフが謂れのない誹謗中傷を受ける心配は無くなったぞ」
僕を心配させまいと、彼は明るく笑う。
「だから、そんな顔しないでくれ」
堪えきれずに溢れ出た涙が、僕の頬を伝った。
一番悔しいのは彼なのだ。
小さい頃から鍛錬を積んで、念願叶って騎士になったと言っていたのに。
「森の解放」の完全壊滅に貢献した彼には、騎士として輝かしい未来が待っていたはずなのに。
「おいおい、泣くなよ。男の涙なんて見せられても気持ち悪いだけだぞ」
「ガイウス……本当に戻ってくるつもりは無いの? 剣は振るえなくても君は魔術を使えるし、魔力量も多いから魔術師にだってなれるでしょ」
「誘われはしたが、俺は魔力消費が少なくて小回りの効く初級魔術と、お前から教えてもらった魔術くらいしかまともに使えないんだ。その程度で魔術師になったら、皆さんに迷惑がかかるだろう?」
――ああ、これはもう、何を言っても彼を引き留められはしないだろう。
彼は人の話をちゃんと聞いてくれるけど、一度こうと決めるとそれを曲げるようなことはしなかった。
「……誘われたってことは、騎士団ももう辞めてるんだね」
「ついさっき辞表を出してきた。その時に魔術師長さんに誘われたんだが、断ったよ」
「そっか……」
引き留められないのなら、せめて笑顔で送り出したい。
僕は涙を拭い、無理やり笑顔を作る。
「ガイウスがそう決めたなら、僕はもう何も言わないよ。でも、向こうに戻った後はどうするの?」
「弟の手伝いをするつもりだが、領地経営に関することは何もできないからな。幸い剣を振り回さなければ痛みは出ないから、資料整理とかの雑用係をしようと思ってる」
――ガイウスはそれで良いの?
思わず口から出そうになった言葉を飲み込む。
彼は優しいから「弟のためだからな」と笑って返してくれると思う。
でも、本心では良くないに決まっている。悔しいに決まっている。
それなら、ここにいた方がまだガイウスにとって苦しくないんじゃないの?
剣は使えなくても、魔術が使えて飲み込みも早い君なら、すぐに優秀な魔術師になれるはずだ。
それに……何より、僕がガイウスと離れるのは嫌なんだ。
そんな子供じみたワガママで、彼を引き留めたくなる。
彼は僕の唯一の友人だ。
――そして、ただ一人、僕を認めてくれた人だったのに。
「ハルシャ」
不意に彼に呼びかけられて、僕は再び涙を流していたことに気づく。
ゴシゴシとそれを拭い、彼の顔を見る。
彼は、優しい顔で笑っていた。
「今までありがとうな。別れるのは寂しいかもしれないが、今生の別れじゃないんだ。たまにこっちにも顔を出す」
「本当に?」
「ああ、約束する。帰ったばかりは忙しくてなかなか王都には来れないと思うが、必ず顔を見せに来る。だから、いい加減泣き止んでくれ」
子供をあやすような優しい口調に、僕の気持ちも段々と落ち着いてきた。
「全く、同い年のくせに子供みたいに泣くなよ」
「ぐすっ、全部ガイウスのせいだよ……」
「そうだな。急な話で悪かった」
彼は本当に優しい。
でも、その優しさに甘えてばかりではダメだ。
「……手紙、書いて送るよ」
「おう。楽しみにしてる」
「ちゃんと返事書いてね」
「余裕があったらな」
僕は「必ずだよ」と言って笑った。
まだぎこちない感じだったと思うけど、彼は笑って頷いてくれた。
これが、僕がガイウスと直接会った最後の日になった。
彼が王都を去って直ぐに、僕は手紙を送った。1日1通のペースで何枚も送った。
でも、一月、二月経っても、返事は返ってこなかった。
最初は忙しくて返事を書けないだけだと、自分を納得させた。
でも、全然返ってこないまま月日が経ち、僕も次第に手紙を書くのを止めた。
ガイウスは向こうにいってもっと親しい友達ができて僕のことなんか忘れてしまったんだと、我ながら実に子供っぽい理由で。
でも、手紙を出さなくなっても、彼のことを忘れるなんてできなかった。
それだけ彼との日々は充実して楽しかった。
誰も喜んでくれない魔術を考える気力も無くなって、僕はイタズラ魔術を考えなくなった。誰かにイタズラをすることも無くなった。
研究所の人達は僕の変化に驚き、ほとんどの人が喜んだけど、魔術師長さんをはじめとする先輩方にはとっても心配された。
その心配を余所に、僕は彼のことを忘れようと研究に没頭した。
色んな研究に参加して、成果を上げて、たくさんの人に褒められたけど、僕は何も思わなかった。何も感じなかった。
まだ褒められ足りないだけかもしれないと、より一層研究にのめり込んでいった。
だから、僕は、その時ガイウスがどんな状況にいるのかを知ることができなくて。
いや、違う。
知ろうとすれば簡単に知ることができたのに、意図的に知ろうとしなかった。
こちらに顔を出すことも、手紙に返事をしないことも、優しい彼にしては不自然すぎた。
その不自然さに気づいて行動していれば、彼を助けられたかもしれないのに。
僕は、我が身可愛さに、見て見ぬふりをしたんだ。
ガイウスにまで見捨てられた。そんな現実を見たくなかったから。
――ガイウスが死んだと知ったのは、彼が殺されてから1ヶ月以上経ってからだった。
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