第30話 別視点:ハルシャ・クリサンス③
ガイウスの死を知ったその日のうちに、僕は王立魔術師を辞めた。
当初は王都の片隅でひっそり暮らそうとしたけど、手元のお金が心許なくて、子供に魔術を教える教師のようなことを始めた。
僕が最後まで教え切った子は少ない。僕の教え方が独特すぎて、ついていけない子が大半だった。
でも、ついてきてくれた子は、とても優秀に育ってくれた。
カイン・スターチスはそのうちの一人だ。
元々の素質も高かった彼は人一倍努力して、王立魔術師になれば間違いなくトップに立てるだろう実力を持っている。
だけど、彼は“ガイウス・リーリエの呪い”を研究すると言って、研究者になった。
僕達から聞いた話と一般的に語られているガイウス・リーリエの人物像が全く異なることに疑問を抱き、自分で調べようと思った結果らしい。
そんな彼は幼馴染の女の子と結婚して王都を離れていったのでしばらく疎遠になっていたが、つい先日突然連絡があった。
5年前に子供が生まれたという報告を受けてからは一切連絡がなかったのに。
しかも、その時は手紙だったのに、今回はわざわざ「念話機」という遠くにいる者に声を伝える魔道具を使ってまで連絡してきた。
「突然ご連絡してしまい申し訳ございません」
「いや、別に大丈夫だよ。むしろ、寂しいからもっと連絡が欲しいくらい」
「……早速ですが、ご相談があります」
一瞬呆れたようなため息が魔道具の向こうから聞こえた気がする。
カインが僕の言葉に呆れ、華麗にスルーするのはいつものことなのでもう慣れっこである。
「相談? それ、僕で大丈夫なの?」
「ええ。むしろ、師匠以外の方には相談しにくい内容なのです」
彼は自身の息子が誰に教わるでもなく魔術を使っていたことを話した。
「え、君の息子は魔力が“1”しかないんじゃなかった?」
生まれたばかりの時にもらった手紙には、そう書いてあったはずだ。
「はい。普通、魔術を使おうとすれば発動せずに魔力枯渇で死に至るでしょう。しかし、息子――ルカは死ななかったばかりか魔術を発動させました。気になって魔力量を計ってみたところ、魔力量は一介の魔術師並にまで上昇していました」
「何故そんなことが?」
「わかりません。魔術は私が隠した魔術関連の本を見つけて覚えたのかもしれませんが、魔力量が増えた理由については不明です」
理由はわからなくとも、魔力量が増え、魔術を発動させたのは事実。
魔力量が“1”だったことは周囲に隠していたため問題ないが、魔術を独学で発動できたことは大問題だ。
誰に教わるでもなく魔術を使うには、天性の才能がある人でなければ無理だ。まして5歳児が独学で魔術を使えたとなれば、あらゆるところからしつこく「お誘い」がくるに違いない。
そこで、短期間でも僕に習うことで、その「お誘い」を少しでも減らしたいらしい。
可愛い元教え子の頼みだ。断る理由もない。
それに、カインとマーラの息子に一度会ってみたかったのだ。
僕は二つ返事で了承した。
予定よりも1日早く彼らはやって来た。
運悪く、出会い頭に弟子に逃げられるところを目撃されてしまったけど、カインやその息子であるルカ君が動じることは無かった。
カインは見慣れているからだろうけど、ルカ君が動じなかったのはちょっと驚いた。
それどころか、ルカ君は不思議な表情をしていた。
例えるなら、「あー、そういえばコイツはこんな奴だったな」みたいな。
まるで、僕のことを昔から知っているかのような反応だった。
今日は顔合わせだけのはずだったけど、ルカ君のことが気になった僕は、彼の実力を測ることにした。
カインは荷物を置きに借家へ行ってしまったので、必然的にルカ君と2人きりになる。
「さぁて、まずはルカ君がどんな魔術を使えるのか見せてもらってもいいかい?」
「え?」
「カインが言っていたよ。君が魔術を使えるようになっていたって」
ルカ君は自分の父親がそこまで僕に話していたとは知らなかったようだ。
「彼もマーラも教えていないみたいだし、独学かな? だとしたら素晴らしいね!」
「あ、ありがとうございます」
何か隠しているような気がするけど、言及はしない。確証もなしに言及することでルカ君の気分を害したくないし、それ以上に良くないことが起きても困るからね。
その後、ルカ君は「ファイヤーボール」を僕の前で披露してくれた。
初心者らしい不格好な火球だった。
僕は問題点を指摘し、ルカ君はそれを真剣に聞いてくれた。
でも、やっぱり違和感がある。
違和感の正体を突き止めるべく、僕はルカ君にイタズラ魔術を教えてみることにした。
何故だか
ルカ君は虫を降らせる魔術で、僕の上からカラフルな蝶を降らせてみせた。
さっき一度見ていたとはいえ、覚えたての魔術を一発で成功させるだけでなく、アレンジまで加えてくるとは。
僕としてはもっと面白いアレンジをしてくれたら嬉しかったんだけど、これでも充分凄い。
どんどんイタズラ魔術を教えていったけど、ルカ君は全て一発で発動に成功した。
実は、今教えたイタズラ魔術を全部知っていたのでは?
そう思ってしまうほど、ルカ君はあっさりイタズラ魔術を発動させた。
「……凄いねぇ。いくら簡単な魔術とはいえ、全部一発で形になってるなんて。もう教えられるような魔術が無いよ」
僕は違和感の正体云々より教えることが楽しくなってきて、もっとルカ君に教えてみたいと思ってしまった。
何か、他に教えられるような面白い魔術なんてあったかな……。
「そうだ! 昨日思いついたばかりの新作を教えてあげよう!」
「新作、ですか?」
「そう! まあ、ぶっちゃけ僕も上手く使えないんだけどね!」
昨日の夜、突然思いついた魔術だ。
普段だったらじっくり考えたりせずにそのアイディアを捨てている。でも、昨日は思いがけずかなり細かいところまで考えてしまった。
『これをガイウスに見せたら喜んでくれそうだな』と思ったから。
もう、僕の魔術を褒めてくれた彼はいないのに。
「一瞬だからよーく見ててね」
流石に昨日だけで安定して発動できるところまでは完成できなかったけど、一度発動するだけなら大丈夫だろう。
どこか不安げなルカ君の目の前で、僕は光の華を咲かせた。
鮮烈な破裂音と光に、ルカ君が目を丸くしている。
「ハハハ! どう、驚いた?」
久しぶりに誰かを驚かせられて上機嫌になる僕だったけど、ルカ君が凍ったように動かなくなってしまって、ちょっと驚かせ過ぎたかなと不安になってきた。
「おーい、ルカ君? 大丈夫?」
目の前で手を振ってみる。
反応が無くて、段々と不安が増してきた時だった。
「……凄い」
そんな呟きが聞こえたかと思うと、ルカ君は急に僕の手を掴んだ。
「こんなに綺麗な魔術は初めてだ! きっと暗い所で見たらもっと美しいだろう。あ、夜空に浮かび上がったら素敵なんじゃないか!? 祭りの最後にこれをもっと大きくしたものを浮かび上がらせたら、最後に相応しい素晴らしい演出になるな!」
興奮したようにまくし立てられた感想。僕を見つめるキラキラした瞳。
――ガイウスそっくりだ。
僕が黙ったのを見て、ルカ君は「しまった」という顔で手を離した。
ガイウスも興奮すると早口で感想を伝えてきたけど、それが恥ずかしかったみたいで、ちょっと冷静になると今のルカ君みたいに「しまった」って顔をしていたっけ。
「……ハハハッ!」
気がつけば、僕は笑っていた。
「僕の魔術を見てそんなことを言ってきたのは君で2人目だよ。他の人達は皆、僕の魔術を見ても興奮するどころか冷めた目で見てくるからね」
「2人目?」
「そ。君の他にもいたよ、君みたいにキラキラした目で僕の魔術を見てくる人が」
ガイウスが死んでしまってから、彼のことをなるべく考えないようにしていた。
弟子達に彼との思い出を語ってはいるけど、その後の虚しさはいつまで経っても慣れなくて、僕は何もかもから目を逸らしたんだ。
彼の呪いが広まっていると聞いても、僕は何もしなかった。世間が彼のことをどんなに悪く言っても、それをどうにかしようとは思わなかった。
彼がそんなことするはずがないと思っていても、誰かに思い出の中の彼が貶められるのが怖くて逃げてきたんだ。
でも、僕はやっぱりガイウスが好きだ。
50年経った今でも、彼と過ごした日々は忘れられない。
「あれからもう50年経つのか。新しい魔術を思いついたのは随分久しぶりだったんだな」
僕はルカ君に微笑みかける。
ガイウスとは全く似ていないこの可愛らしい少年は、しかしながら彼と全く同じ反応を示した。
もしかすると、この子は――。
そんな考えが頭に浮かんだけど、すぐさま追い払う。
その考えが正しかったとしても、ガイウスが戻ってくるわけじゃない。
この子は「ルカ・スターチス」君であって、「ガイウス・リーリエ」ではない。
この子に彼の代わりを求めるのは、どちらにも失礼だろう。
でも、それなら、この子とどう接していけば良いだろう?
――答えは簡単に出た。
僕は惚けているルカ君の頭に手を乗せ、思いっ切り撫で回す。
「うわあ!? 何しやがる……んですか!」
「いやぁ、なんだか嬉しくなっちゃって。もういっそ僕の弟子にならない?」
「それは全力でお断りします」
ルカ君と仲良くなって友人として接する。ただそれだけで良い。
もしルカ君が困っているなら、僕は今度こそ助けてあげたい。
もう二度と、大切な友達を失わないように。
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