第28話 別視点:ハルシャ・クリサンス①
その日、僕は王立魔術師専用の研究所の中をうろついていた。
理由は至極単純で、研究所にいる誰かにイタズラしたかったからだ。
でも、その時は各地で魔獣やらなんやらとの戦闘によって魔術師達が駆り出されていて、研究所にはほとんど人がいなかった。
「暇だなぁ……魔術師長さんに会いにいくしかないかなぁ?」
他の人達は研究室で実験中だろうから、イタズラするなら書類仕事をしてるであろう魔術師長さんしかいない。
この研究所では新しい魔術やポーションの開発が行われていて、結構危険な実験をやることも多い。
失敗すると命に関わるから絶対にイタズラするなと先輩方に口酸っぱく言われているので、流石の僕もやらないようにしている。
魔術師長さんにイタズラするとお説教が長いから嫌なんだけど、仕方ないか。
魔術師長さんに会うべく部屋へ向かうと、誰かが中から出てくるところだった。
鎧を着た、とても大きな人だ。鎧の紋章から察するに、王立騎士団の人かな?
その人は、僕が来た方向とは反対の通路へと歩いていった。
「……そうだ! あの人にイタズラしよう」
魔術師長さんに会っていた客人さんだから身分高そうだけど、そんなの関係ない。
むしろ、お偉いさんが驚くところが見られる絶好の機会だ。
僕はこっそりその人の後をつけて、ゆっくり近づいた。
そして、僕が考えた魔術を放つ。
「必殺! 蜘蛛降らし!」
「うおっ!?」
鎧の人の上に、突然小さな蜘蛛が大量に降り注ぐ。
これは僕が作った魔術の中で一番お気に入りの魔術だ。想像しだいでどんな虫でも降らせられるし、その虫をまるで生きているみたいに動かすこともできる。
何より、皆の反応がとても良い。
この鎧の人も、良い声で驚いてくれた。
「ハッハッハ! びっくりした?」
魔術で出した蜘蛛達を消して、鎧の人に近づいた。
この人は次にどんな反応をするんだろう?
大体の人は怒るんだけど、それが面白いんだよね。
でも、最近は研究所の人達にやると「またか」って呆れられちゃうんだ。
イタズラしすぎて慣れちゃったみたい。つまんないの。
ゆっくりこっちを振り向いた鎧の人はつり目つり眉の強面で、背も体格も大きくて、何だか熊みたいな人だった。
その人は、真面目な顔で僕を見つめてくる。
怒っているのかと思ったけどそういった感じでもないし、かといって呆れられているわけでもなさそうだ。
「……今の魔術は君が考えたのか?」
「へ? う、うん。そうだけど……」
その人はつかつかと僕に歩み寄り、ガシッと両手を掴んだ。
鬼気迫るほど真剣な眼差しに、僕は思わず息を呑む。
しばらく僕の目を見つめていた彼が、意を決した様に口を開いた。
「今の魔術、教えてくれないか?」
「……え」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
教えて欲しい? 僕の魔術を?
「……こんな戦闘はおろか、イタズラ以外には何にも使えない魔術を教えて欲しいなんて初めて言われたよ」
「そうなのか? しかし、戦闘でも普通に使えると思うが」
「ええ? どうやって使うのさ」
「鍔迫り合いになった時、相手の意識を削ぐのに使えるだろう?」
剣で戦ってる時に強化系以外の魔術を打つのは難しいって聞いたけど、この人はできるのかな?
「別に教えてもいいけど……1つ質問していい?」
「なんだ?」
「どうして僕の魔術を教えて欲しいの? 戦闘に使えるかもしれないとはいえ、別にこんなの知らなくてもいいでしょ?」
さっき彼が言った相手の気を逸らすのだって、他の魔術を使うなり、別の方法をとるなりすればいい。
作った僕が言うのもあれだけど、こんな魔術を覚えるより、もっと凄い魔術を覚えた方がいいんじゃないかなぁ?
「……そうだな。戦闘で使うのなら、君の魔術でなくても良い」
「それなら、何で?」
彼はニヤリと笑った。
「面白そうだから、だ」
「は?」
「ちょっと見ただけだが、さっきの魔術はどんな虫でも降らせられるんだろ? とても面白そうじゃないか」
そう言って、彼は子供のような無邪気な笑顔を浮かべた。
「そ、そんな理由で教わりたいの?」
「君があんまり楽しそうに使うから気になってな。ダメだろうか?」
……言葉を失うって、こういうことなんだなぁ。
突然のことに頭の処理が追いつかない。
何か言おうと必死に頭を捻り、絞り出した言葉は。
「……君って、変わってるね」
自分でも何言ってるんだろうと思った。
ていうか、人のこと言えないし。
「ハハッ、君がそれを言うか」
「僕も変わってる自覚あるけど、君はまた別の方向に変わってるよね」
「変わってるのにも方向性があるのか?」
彼の笑い方はやっぱり子供っぽい。
僕より背が高くて強面なのに、ちょっと可愛いと思ってしまった。
「で、教えてくれるのか?」
今ここで断ったら、彼には二度と会えないかもしれない。
うーん、それは面白くないなぁ。
「――いいよ。なんだったら、僕が今まで考えた魔術も教えてあげる」
「それはありがたい。できれば今から教えてもらいたいのだが」
「むしろ、こっちからお願いしたいくらい有難い申し出だね。ちょうど暇してたから」
こうして僕達は出会い、彼がこの研究所に度々現れるようになった。
僕は知らなかったけど、当時の彼はまだ見習い騎士だったにもかかわらず、騎士団内のみならず王立の機関に所属する人達の中でも知られているほどの有名人だった。
――公爵家の嫡子として生まれながらも家督を継ぐのではなく騎士となった変わり者だが、その強さは隊長クラスに匹敵する。
そんな話が広まっていたらしい。
彼がそんな人物だとは梅雨知らず、僕は彼に魔術を教えた。
誰に見せても呆れたような、あるいは馬鹿にしたような反応しかされなかった僕の魔術を、彼だけは面白いと言ってくれた。
僕の教え方が下手くそだとか、くだらない魔術だなとか、色々文句も言ってきたけど、それでもちゃんと覚えてくれた。
くだらないと言った魔術でも覚えてくれたのは「くだらないところが面白いから」だと知った時は、彼は僕以上の変人かもしれないと思った。
そんな彼の反応が見たくて、僕は今まで以上に魔術を作った。
3日に1個は作ってて彼にドン引きされたけど、それを全部覚えた彼もどうかと思うんだ……やっぱり僕以上の変人かも。
そんな彼との付き合いは彼が第一部隊の隊長になってからも続き、これからもずっと続くと思っていた。
でも、そんな日々は、あの日突然終わりを告げた。
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