第27話 元悪徳貴族、甥っ子と手合わせする②
「てやぁあああああ!」
開始の合図と同時に、殿下が勢いよく切りかかってくる。
大きく振りかぶった木剣を難なく躱すと、殿下が体勢を崩し、よろめいた。
「くっ、やるな!」
殿下の言葉に、俺は苦笑する。
殿下の動きは見切りやすい。
大してスピードがあるわけでもなく、かといってパワーもテクニックも無い。
もしかすると、年齢が同じならまだ稽古を受け始めたばかりなのかもしれない。
それなら仕方ない……か?
「よ、避けてばかりいないでルカ殿も攻撃しろ!」
俺がちょっと自分の思考にふけっている間にも殿下は攻撃してきていた。
だが、その攻撃はどれも単調で避けるのは簡単だった。
これ……手合わせにならなくないか?
思った以上に実力差がありすぎる。
エレーナは何故手合わせさせようとしたんだ?
未だ向かってくる殿下を軽くいなしながら、エレーナの方へ目を向ける。
「一発ガツンとやっとくれ」
彼女は口パクでそう伝えてきた。
そういや、実力の差を見せつけてやって欲しいって言われたな。
だからって、こんなに実力差があると一発ガツンとがやりにくいのだが……。
「余所見をするな!」
そう言いながら突撃してくる殿下をひょいと躱す。
しかし、あんまり躱してばかりだと殿下の機嫌を損ねそうだ。
再び向かってくる殿下の剣を、今度は自分の剣で受け止める。
殿下は一瞬目を見開いたが、直ぐにニヤリと笑った。
殿下は離れることなく、剣を押し込んできた。どうやら、そのまま押し倒すつもりらしい。
必然的に、俺は殿下と鍔競り合いになる。
体格差はほぼないが、それは力の差がないことも意味する。
いや、前世を思い出す前までは鍛えてきていないから、俺の方が若干力負けしているかもしれない。
殿下は力いっぱい押してきており、気を抜くと本当に押し倒されかねない。
殿下は体力が多い方なのだろう。あれだけ打ち込んできたのにまだ息が切れていない。
俺の身体はまだ体力が少ないから、このまま続けていると体力の限界を先に迎えてしまいそうだ。
……大人気ないが、アレをやるか。
「……殿下。覚悟はよろしいですか?」
「は? 一体何を言って……」
俺は殿下に向かって魔術を放った。
次の瞬間、殿下の頭の上からカラフルな芋虫が降り注いだ。
「うわああああ!?」
「隙あり!」
俺は剣の腹で殿下の頭を軽く殴る。
ペシンッという良い音が鳴り響いた。
「いったぁ………」
殿下はうずくまり、頭をさすっている。
ちなみに魔術で降らせた芋虫は既に消えている。
魔力をもっと込めれば実体化するが、驚かせて隙を作るためにやったのでそこまではしていない。
「私の勝ちですね、殿下」
「ううぅ、卑怯だぞ!」
殿下は顔を上げ、キッと涙目で睨みつけてくる。可愛いなぁ。
「別に卑怯ではありませんよ。魔術の使用は禁止されていませんよね?」
「うっ……だ、だが、魔術を使えるなんて聞いてない!」
「確かに言ってませんが、ハルシャさんに会いに来ている時点で予想できたはずです。それに戦う前に聞いてくだされば、魔術を使えるということを教えましたよ?」
俺の言い方が癇に障ったのだろう。殿下の頬がだんだん膨らんでいく。
不敬だが、小動物が頬を膨らましているみたいに見える。可愛い。
「……ルカ殿。さっきから私を馬鹿にしていないか?」
「いえ、そのようなことは決してございません。ただ、可愛らしいなと思っていただけです」
「なっ!? ……そ、それが馬鹿にしているというのだ!」
顔を真っ赤にして怒る殿下は大変可愛らしい。
ふと、フェルも「森の解放」の事件がなければこんなふうに表情豊かに幼少期を過ごせたのかもしれない、と思ってしまった。
そう思ったところで、過去は変わらないのに。
「エレーナ師匠も何か言ってくれ!」
殿下が怒りで涙目になりながらそう言った。
エレーナを見れば、何故か肩を震わせて口元を手で押さえている。
「エレーナ師匠……?」
「ふふ……あっはっはっはっは!」
突然、彼女は堰が切れたように大声で笑い始めた。
いつも仏頂面の彼女がここまで大笑いするのは珍しい。
俺はもちろん、殿下も目を丸くしていた。
「エ、エレーナ師匠。笑ってないで何か言って欲しいのだが……」
「ハハ、ああ、無様な負け様だったね。お疲れさん」
「えええ!?」
「あれは油断してるあんたが悪い。敵の情報が無い中で戦うのなんて当たり前なんだから、相手の予期せぬ動きにも対応できるようにならなきゃダメだよ」
エレーナの言葉に殿下は悔しそうに唇を噛んだ。
「だが、まあ、あんなふうにハルシャの魔術を使う奴は久しぶりに見たよ」
笑いが治まったらしいエレーナは、呆れたような笑みを俺に向けた。
「ルカは隊長と同じくらい変わってるねぇ」
思わず、ビクッと肩を揺らしてしまった。
俺がガイウスだと気づかれたのではないかと、身を固くする。
「……隊長、というのは、ガイウス・リーリエのことか?」
硬直していた俺の横から、急に冷ややかな声が聞こえた。
それが殿下の声だと気づくのに、一瞬時間がかかってしまった。
「ああ、そうだよ。他に誰がいるって言うんだい?」
「エレーナ師匠は、あの男のことを尊敬しているのか?」
どうやら俺は、殿下に嫌われているらしい。
理由はやはり呪いのせいだろうな。
「随分と嫌っているみたいだね。仮にもあんたの伯父だよ?」
「私はあの男を伯父だとは思っていない。領主としての責務を怠ったばかりか、逆恨みして父上に呪いをかけたのだ。しかも、今やその呪いは国全体に広がっている。そんな奴のことを嫌いにならないわけがないだろう?」
……そこまではっきり言われると、予想していたとはいえショックだな。
呪いをかけたのは俺じゃないと主張したくなったが、グッと堪えた。
今の俺が言ったところで、何の意味もない。
殿下の中で、
「そうかい。まあ、あんたにとってはそうかもね。だけど、私は隊長のこと尊敬しているよ」
突然の発言に驚いて、俺はエレーナを見る。
尊敬しているなんて、前世を含めても初めて言われたぞ。
彼女が俺をライバル視しているのはわかっていたが、てっきり嫌われているのだと思っていた。
引き留めてきたのも、全力を出せる相手がいなくなるからだとばかり……。
「何であんたが驚いてるんだい、ルカ」
「いえ、てっきりエレーナさんも嫌っているのだとばかり思っていたので……」
「そうだねぇ……まあ、好きか嫌いかでいえば嫌いだよ」
「「えっ」」
俺と殿下は同時に声を上げた。
尊敬しているのに嫌いなのか?
「隊長に1度も勝てなかったのが唯一の心残りなもんでね。隊長が勝ち逃げしていったみたいで悔しくてしょうがないんだよ」
エレーナは眉間にシワを寄せて深々とため息をつく。
しかし、すぐに頬を緩めた。
「だけど、あの人の強さは尊敬している。私には無い強さを、隊長は持っていたから」
エレーナが懐かしそうに目を細める。
そうすると顔のシワが目立ち、彼女が年を取ったのだと実感させられた。
「エレーナ師匠にも無い強さ、ですか?」
「そうさ。まあ、あんたもいずれわかるようになるだろうね」
こちらを向いたエレーナと目が合う。
年を取っていても、目の輝きは昔のままだな。
「ルカ、今回はあんたの作戦勝ちだ。だけど、誰にでもさっきの手が使えるわけじゃない。体力が少ないからああいう手を使ったんだろうけど、体力の少なさは大きなハンデになるんだから、これからも体力作りを怠るんじゃないよ」
「はい!」
「……全く、あんな手を使う奴は後にも先にもあの人だけだと思ってたのにねぇ」
「? 何か言いました?」
エレーナが何か呟いたようだったが、よく聞こえなかった。
思わず聞き返したが、彼女は「何でもない」と首を振った。
「……あの男のことはともかく。今回の試合の評価についてはわかった。当たり前のことだが、私は圧倒的に経験が足りない。より上を目指すなら実戦を取り入れなくては」
「あんたは実戦になると基礎を忘れるみたいだからね。普通にやればそれなりにできてるんだから、実戦でも落ち着いて使えるようにならないと」
「ああ。だから、実戦形式で戦ってくれる相手が欲しい」
殿下が俺の顔を見る。
い、嫌な予感が……。
「ルカ殿。是非、私の稽古相手になって欲しい」
「私じゃこいつに怪我させちまうからね。どうせハルシャの家に毎日来るんだろ? 私らもここに来るから、バカ王子の相手になってやっとくれ」
畳み掛けるように、エレーナからもお願いされてしまった。
エレーナに稽古をつけてもらえるのはありがたいが、殿下と手合わせするのは骨が折れそうだ。主に手加減をするのに。
「……わかりました。お引き受けします」
だが、エレーナと王族からの頼みを断れるわけもなく。
ため息が出そうになるのを堪えて、なんとか了承の言葉を発した。
「ルカなら引き受けてくれると思ったよ」
「感謝する、ルカ殿。それでは、これからよろしく頼む」
2人は良い笑顔でそう言った。
――かくして、俺の王都での予定はほぼハルシャとの魔術訓練(もとい、お喋り)と、エレーナおよび殿下との剣術稽古で埋め尽くされてしまった。
しかし、わかったこともある。
1つは、ハルシャもエレーナもそれなりに裕福な生活を送れているらしいということ。
聞けば、エレーナもこの大きな屋敷の並ぶ場所に家を持っているらしい。ただ、ハルシャの家からは離れているのでここまで来てくれている。
そして、もう1つは、
これは嬉しい反面、申し訳ない気持ちにもなった。
怪我を理由に辞めた後、王都を去って領主を継いだが、悪い評判を流されるようなことをして最期はああやって殺された。
俺があの時、王都に残っていたら運命は変わっていたのかもしれない。
俺を慕ってくれる人に囲まれて、穏やかに過ごせたのかもしれない。
しかし、もはや過ぎた話だ。
彼らが平穏な日々を送っているようなら、何も心配はないだろう。
俺はルカとして、彼らに接していこう。
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