第26話 元悪徳貴族、甥っ子と手合わせする①
翌日。
指定された時間にハルシャの家を訪れると、既に殿下とエレーナが来ていた。
「……ルカ殿。ようやく来たか」
心なしか、殿下に睨まれているような気がする。
俺はチラリとエレーナを見た。
「ルカが王子よりもずっと強いと言ったら、あっさり予定を入れてくれたよ」
案の定、エレーナは悪い笑みを浮かべていた。
「ほとんど剣を握ったことはないらしいが、実力は騎士団にいてもおかしくないレベルだろう。しかも、まだ全力を出していないようだとも付け加えたら、俄然やる気を出してね」
「ちょっ、なんてこと言ってくれてるんですか!?」
道理で睨まれているわけだ。
俺は殿下から、いわゆるライバル視をされている状態なのだろう。
強くなりたいと思っている時に、同世代で強い奴がいると知ったらそうなるよなぁ。
そういえば、俺もガキの頃はそうだったな。
剣術でも魔術でも、俺より強い奴がいると知ったら戦いを申し込みに行っていた。
年上だろうと構わず突撃していったから、大体コテンパンに打ちのめされたが。
同じくらいの年の子達にはめっちゃ嫌そうな顔をされたな。噂が広まっていたのか、剣術や魔術を習っていた奴は俺の顔を見るだけで青ざめたり、嫌そうな顔をしたりされた。
……あれ、学生時代の俺に友人がいなかったのって、そのせいでは?
「ルカ殿。貴方の強さがどれほどなのか、是非とも知りたい。遠慮なく本気でかかってきて欲しい」
殿下はキラキラ、というかギラギラした目で俺を見つめてくる。
良い笑顔なのがまた何とも言えない。
「本気は出せませんよ。殿下に怪我をさせてしまったら、私は罰せられてしまいます」
「ほう? つまり、ルカ殿は私に怪我を負わせられるだけの強さがある、と」
あ、まずい。
今の俺の言葉で、殿下を更にやる気にさせてしまったらしい。
「で、殿下。何もそこまでは言っておりません」
「謙遜するな。あのエレーナ師匠に強いと言わしめたのだ。実際、私が怪我をする可能性は充分高い。だが、それを気にして本気を出さないのであれば、王族を侮辱したとして不敬罪に問うぞ?」
「なんて殺生な!」
そうまでして俺とやりたいのか……。
何とかして殿下との手合わせを避けようとしていたが、こうなったら腹を括るしかなさそうだ。
「さて、無理に予定を入れたからあまり時間が無い。ルカ殿の準備ができ次第、早速始めたいのだが?」
「……わかりました」
きっと、今の俺は苦虫を噛み潰したような顔をしているだろう。
先導するエレーナに殿下と共について行くと、他から隔離された場所にある広くて何も無い部屋にやってきた。
そこは足元が砂地になっており、天井が高い。
「屋外ではなく、この稽古場を使うのですね」
「屋内の稽古場だから、誰かに見られることもなく好き勝手できるだろ?」
どうやら、ここが昨日殿下が稽古していた場所らしい。
昨日はどのような魔術を稽古していたのかわからないが、本当に使っていたのかと思うくらい綺麗に整備されていた。
「ハルシャに頼んで整備させたからね」
「……で、その肝心のハルシャさんが見当たりませんが」
「あいつなら『終わった後に食べる用のお菓子作ってくるね!』って言って逃げたよ」
逃げたって……あいつ、俺が殿下に何かするとでも思っているのか?
「どちらかが怪我をした場合はどうする? エレーナ師匠は魔術を使えないのではなかったか?」
「小さい怪我なら終わった後に呼べばいいだろ。命に関わるような怪我をしたら、私があいつを担いで連れてくるさ」
老女が見た目は若い男を担いで連れてくるのか。
いや、エレーナの力を考えれば担ぐのはどうってことないし、なんだったら担がれてきた方が到着は早いだろう。
だけど、絵面が凄そうだ。ハルシャは半泣きになってそうだしな。
「ま、そんな状況にならないよう気をつけておくれよ。あいつを担ぐだなんて、死んでもゴメンだからね」
冗談まじりにエレーナは言ったが、そもそもそんな状況を作った時点で俺の首が飛ぶ。
やっぱり、手加減してやらねば。
「ルカ殿。手加減は無用だからな」
殿下が念を押すように言った。
どうやら、手加減しようとしていたのがバレていたらしい。
また顔にでも出ていたか?
昔はそんなことはなかったはずだが、幼くなって顔に出やすくなってしまったのだろうか?
「ぜ、善処します」
「ふふっ。擦り傷程度ならば罪に問われることもないから安心して欲しい」
それ以上の怪我を負わせそうだから困るんだよ。俺、全力出すと手加減できないし。
「さ、無駄話はそのくらいにして、さっさと始めるよ」
エレーナが俺と殿下に昨日使ったような木剣を渡してくる。
「じゃ、向かい合って剣を構えな」
殿下と俺はほぼ同時に剣を構えた。
殿下の構えはお手本通りだが、全身に無駄な力が入っている。
緊張しているのか、それとも気合が入りすぎているのかはわからないが、あまりよろしくない状態だ。
力が分散してしまって剣に勢いがなくなるし、全身を強ばらせているので怪我もしやすい。
俺は殿下に力を抜くよう言おうとしたが、ふと気づいた。
明らかに力んでいる殿下の様子にエレーナが気づかないわけがない。それなのに、何も言わないのは何故だ?
チラリとエレーナを見たが、こちらを真剣に見つめている顔からは考えが読めなかった。
「双方準備はいいかい?」
やはりエレーナは何も言わず、手合わせを始めようとしている。
もしかして、殿下に実戦で学んで欲しいのか?
いや、でも、あの構え方は普通の手合わせなら十中八九怪我するぞ。
俺なら何とか怪我させずに済むかもしれないが……まさか、彼女はそれを狙って?
「それじゃあ……始め!」
そうしているうちに、手合わせは始まった。
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