第25話 元悪徳貴族、ため息をつく
裏庭に着くと、エレーナはどこから取り出したのか稽古用の木剣を俺へ投げ渡してきた。
「あんたの実力、見せてもらおうかね」
自らも木剣を構えたエレーナが、ニヤリと笑う。
「あの、僕、剣はほとんど握ったことが無いです」
「ほとんどってことは1回くらいはあるんだろう?」
エレーナがニヤリと笑う。
……母さんの時と状況が似ているな。
もしかして、勘づかれたか?
しかし、勘づかれるような行動をした覚えはないのだが。
「とりあえず、あの人形目がけて打ち込みしな」
彼女が指さした方向には、藁でできた人形が置かれていた。
「……一体どこから出したんですか?」
「ハルシャの家に元々あったものだよ」
「勝手に使って大丈夫なんですか?」
「文句言ってきたら吹っ飛ばすから平気さ」
それは平気とは言わないと思うぞ。
……ハルシャも苦労してるな。
「そんなことより、さっさと打ち込みしな。それとも、私に打ち込みするかい?」
「いえ、人形にやらせていただきます!」
エレーナに打ち込みするなんて、命が幾つあっても足りないぞ……。
エレーナから痛いほどの視線を感じながら、人形の前に立つ。
――さて、どうするかな。
あいつはめざとい。下手に誤魔化そうとすれば、あっさり見抜かれてより疑われる羽目になるだろう。
となると、本気を出すべきなのだろうが、ルカの身体で無茶はできない。
母さんとの一件で無理しない程度にストレッチや筋トレをこっそりやっているが、筋肉や体力がすぐつくわけも無く、例え今本気を出しても母さんと戦った時の二の舞だ。
俺はため息をつきたくなるのを堪え、剣を構える。
「……いきます」
結局、この身体でも出せる程度の力で打ち込みをすることにした。
前世に比べれば格段に遅い速度で、俺は剣を振るう。身体への負担を考えるとこれが精一杯なのだが、何とももどかしい気持ちになる。
どれほど時間が経ったかわからないが、感覚的には息が上がるのが早かった。やはり、ルカの体力は少ないな。
俺が肩で息をし始めた時、「終わりだよ」という声が聞こえた。
「……あんたの実力は知れたよ。あんたの、いや、ルカの実力はとても高いようだね」
エレーナは眉間にシワを寄せている。
その目は、どこか憐れむように俺を見ていた。
「だけど、その実力に身体がついていけてないね」
「っ!」
本気を出していないではなく、身体がついていけてない、か。
俺がガイウスだと見抜いたわけではなさそうだが、ただの子供じゃないとは思われているだろう。
「そんなに怯えなくてもいいよ。別に、ルカのことを取って食おうってつもりは無いんだから」
「す、すみません」
俺は思わずエレーナから視線を逸らす。
疑われているのは間違いない。
だが、正直、彼女に俺がガイウスだと打ち明けるのは気が重い。
彼女は俺が騎士を辞めると言った時、誰よりも強く引き留めようとしてきた。そんな彼女を振り払うように、俺は騎士団を抜けた。
その後、連絡を取り合うことはなかったが、領主となった俺の噂を彼女が聞いていないわけがない。
しかも、あんなふうに殺されたんだ、彼女は俺に失望しただろう。
「――ルカ、この後の予定は?」
長い沈黙の後、エレーナは唐突にそんなことを聞いてきた。
「え? お父さんの借家に帰るだけですけど……」
「そうじゃない。ルカは王都に暮らしてるわけじゃないだろ? 帰るまでの予定を聞いてるんだよ」
「は、ハルシャさんに毎日来て欲しいと言われているので、村に戻るまでここに通うつもりです」
「村に帰るのはいつだい?」
「5日後に王都を立つ予定です」
「そうかい」
俺が不思議に思いつつ答えると、エレーナは笑った。
「ルカ。私の稽古を受けないかい?」
悪意の無い彼女の笑顔は、とても美しかった。前世でも、こんなふうに笑いかけられたことはない。
「それは、何故ですか?」
「何故? そうだねぇ……ルカが心配だから、かもね」
「心配?」
「今は無理してないみたいだけど、なまじ実力がある分、いつか無茶なことをしそうに思えてね」
……確かに、それは否定できない。
もし、俺や周囲の人が命の危険にさらされるようなことがあれば、俺は迷いなく全力を出すだろう。
その後に何が起こるかなんて考えずに。
「まあ、後はあのバカ王子にちょっと灸を据えようかと思ってね」
「ば、バカ王子……」
だから、王族に向かってその言い方は止めろよ!
「あいつは私の弟子の中でも一番のアホだよ。無理したって強くなれるわけじゃ無いのに、無茶なことばかりするんだ」
エレーナは深々とため息をつく。
口調は厳しいが、どうやら殿下のことを心配しているようだ。
「だから、実力の差を見せつけてやれば、ちょっとは無茶しなくなるかと思ってね」
実力の差を見せつける?
なんだか嫌な予感がするんだが……。
「えっと……その実力の差を見せつけるって、具体的には何をするんですか?」
「ルカがバカ王子と手合わせするんだよ。同じくらいの年頃の奴に負ければ文句も言えないだろ?」
「いやいやいや、ダメですよ! うっかり怪我をさせてしまったら極刑間違いなしじゃないですか!」
俺はまだ死にたくないんだが!?
あと甥っ子相手に戦いたくないし!
「大丈夫だよ。殺さない限りは魔術で治療できるんだから」
「そういう問題では無いです!」
「相手が王族だからって怖じ気づいてんじゃないよ。ルカが手合わせしないなら、私が本気であの王子と手合わせすることになるけど、それでもいいのかい?」
「なっ!」
冗談なんかじゃ無い。エレーナの目は本気だ。
全力を出したエレーナと手合わせなんかしたら、瞬きの間に殿下が死んでしまうぞ……。
一体誰だよ、エレーナを殿下の師匠にしたやつ!
おかげで殿下の命がピンチなんだが!?
「で、どうするんだい?」
「……それって、僕に拒否権ほぼ無いですよね?」
「あるだろ。ルカが殿下の命を気にしないなら」
「やっぱり拒否権無いじゃないですか……」
まさか、こんなことになるとは。
こうなるんだったら、まだ俺がガイウスだと見抜かれた方がマシだったかもしれない。
「……わかりました。やります」
「そうかい。じゃあ明日にでもやろうじゃないか」
「急ですね。殿下の予定を確認しなくてもいいのですか?」
「予定なんかねじ込んでやるさ」
自分勝手なところは相変わらずだな……。
というか、まだ公務なんかはやってないだろうが、殿下は他にも学ぶべきことが多いからお忙しいはずだ。
いくらなんでも予定をねじ込めるわけが無いと思うが。
「ちょっと発破かけりゃ向こうから予定を空けるだろうよ。いやぁ、今からあの子がどんな反応するのか楽しみだねぇ」
「クククッ」と笑うエレーナは、物語に出てくる悪い魔女のようだった。
どんなことを殿下に言うつもりなんだ……。
俺はエレーナから解放されて家に帰った後も、明日のことを考えるたびにため息をついていた。
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