第24話 元悪徳貴族、甥っ子に会う

「私の名はオリバー・リーリエ・カルパーナ。ルカ殿のご両親の弟弟子に当たる者だ」


 俺も遂に伯父さんになったのか……。

 俺にとって「おじさん」という響きは最悪だが、甥っ子ができていたというのは感慨深いものがある。

 実際にはこの体に血縁関係は無いが、気持ち的には弟の子だ。そう思うと可愛くないわけがない。

 しかも、幼い頃の弟に似ているとなれば、思わず頭を撫で回したくなる衝動に駆られる。

 いや、でも、今の俺はこの子と同い年くらいだ。

 それで頭を撫でだしたら、ハルシャ以上の変人だと思われるかもしれない。


「……ルカ殿? 私の顔に何かついているのか?」


 ――しまった。また、自分の思考に没頭してしまっていた。

 甥っ子とはいえ、相手は第一王子様だ。それに今の身体に彼との血縁関係は無い。

 礼を欠いては不敬にあたる。


「大変失礼致しました。私はルカ・スターチスと申します。確かに両親はハルシャさんやエレーナさんの弟子ですが、私は違います。故に、殿下が私のような者に敬意を払う必要はございません」


 騎士の礼をとり、殿下の言葉を待つ。

 しかし、いくら待ってもお声が掛かることは無い。

 お声が掛かる前に顔を上げるのは礼を欠く行為なので、目だけを前に向ける。

 そこにはポカンとした3人の顔があった。

 え、何だその顔。


「……とりあえず、面を上げてくれないか?」

「はっ」


 俺が顔を上げると、殿下は困ったように笑っていた。


「まさか騎士の礼をとるなんてね。マーラは自分の子を騎士にするつもりは無いと言っていた気がするけど」

「ルカ君って騎士になりたかったの? てっきりカインみたいな研究者になるのかと思ってたよー」


 エレーナはニヤニヤし、ハルシャは心底驚いたと言わんばかりに目を見開いている。


「騎士以外にそのような敬礼をとられたのは初めてだよ」


 殿下には苦笑しながらそう言われて、一瞬だけ首を傾げ、気づく。

 ――5歳児が騎士の礼をとるわけないだろ!

 そもそも、王族相手に敬語を使えるかどうかも怪しいぞ!


「えっと……お母さんから王族の方に会う時はこうやるのだと聞いていたのですが」

「その礼をやるのは騎士だけさ。もしかしてマーラは詳しいことを教えていなかったのかい?」


 エレーナは盛大にため息をつき、「会ったら説教だね」と呟く。

 ……すまない、母さん。


「しかし、見事だった。本物の騎士と比べてもルカ殿の方がより洗練された美しい礼をしていた」

「お、お褒めに預かり光栄です」


 やってしまった以上、変に誤魔化すと疑いの目を向けられる可能性がある。

 しかも、この場にはガイウスを知る人物が2人もいる。

 5歳児らしく振る舞うのはもう難しそうだから、せめてちょっと頭のいい子供に見えるように振る舞おう。


「まあ、ルカ君が騎士になるかどうかはおいといて。いつまでも立ち話するのはなんだから移動しようか」

「あんたにしちゃ気の利いた提案だね。子供が2人もいるんだ、さっさと案内しな」


「偉そうな客だなぁ」とボヤきながら、ハルシャはこの間も入った応接室に俺達を案内した。


「――ルカ君登場のせいで話が途中になったけど、それで結局、殿下はどうなさいますか?」


 しばらくして、運ばれてきた紅茶に砂糖をドバドバ入れながら、ハルシャが尋ねる。


「……やはり、今日は通常の魔術の稽古のみをお願いしたい。強くなりたいという気持ちは変わらないが、焦っても強くなれるわけではない」

「ようやく気づいたのかい。全く、最初からそれに気づけてりゃ、私がこいつの所まで来る必要なんてなかったのに」


 ハルシャを白い目で見ながら、エレーナは吐き捨てるように言った。

 仲が悪いと聞いていたが、エレーナが一方的にハルシャを嫌っているだけのようだ。


「申し訳ない。お詫びとして我が王家の馬車でご自宅まで送ろう」

「あ、ルカ君も今日は帰ってもいいよ。せっかく来てもらったのに申し訳ないけど、これから殿下に稽古をつけて、その後で君と話し込んじゃうと帰るのが遅くなるからね」


 確かに、待っているにしてもこの屋敷の使用人に迷惑がかかるだろうし、遅くなると父さんに心配をかける。

 俺が立ち上がり、別れの挨拶を口にしようとした時だった。


「待ちな、ルカ。あんたに用がある」


 エレーナに引き留められた。

 嫌な予感がして恐る恐る彼女の方を向くと、案の定、悪い笑顔を浮かべている。


「ハルシャ。あんた今日はどこで稽古するつもりだい?」

「え? 今日は屋内でも問題ない魔術を教えるつもりだから、稽古場でやるよ」

「そうかい。じゃあ、裏庭を借りるよ」

「……エレーナちゃん、何をするつもりなのかな?」


 エレーナは、それはそれは愉しそうに笑っていた。

 何の事情も知らない他人が見れば聖女の微笑みと見まごうほど美しい笑みだが、俺からすれば悪魔の笑みの方が可愛く思えるくらい恐ろしい。

 こいつがこんな顔をする時は、大抵ロクなことにならない。


「あ……でも、僕もう帰らないと」

「おや、ハルシャに会いに来たんだから他に用事は無いだろう?」

「で、でも、あんまり帰るのが遅くなるとお父さんが心配するから」

「別にそんなに長く拘束するつもりは無いさ。そうだね、殿下の稽古が終わるくらいには終わらせるよ」


 あ、ダメだこれ逃げられない。

 それでも一縷の望みをかけてハルシャへ視線を向けるが、奴は両手でデカいバッテンを作り、首をブンブンと横に振っていた。

 殿下に至ってはちらりとこちらを向かれて「……頑張ってくれ」と言うと、そのまま目を逸らされてしまった。

 殿下に関しては致し方ないが、ハルシャ、お前は許さないからな!

 ハルシャに恨みの目線を送りながら、俺はエレーナに引きずられていった。

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