第22話 元悪徳貴族、魔術に魅せられる
嬉しそうに提案してくるハルシャに、思わず顔を
「……それって、さっきの虫が降ってくる魔術ですか?」
「あ、それが使いたい? じゃあ教えてあげるよ!」
誰もそんなこと言ってねえよ!
しかしそんなツッコミを入れる暇も無く、ハルシャは矢継ぎ早に話し出す。
「この魔術は相手の頭の上に魔力を一塊になるようにギュッと集めて、それがパンッてはじけて虫になるようなイメージで使うと成功するよ! 虫はどんな虫をイメージしても構わないから、僕に向かって使ってごらん!」
おお、思ったよりまともな教え方だ。
昔、同じ魔術を教えられた時は「ギュッて魔力を集めてパンッてやったら虫が降ってくるよ!」とほぼ擬音しかない説明をされたが、今は一応言っていることは理解出来る。
……まあ、教えられた方がそれをちゃんとイメージできるかどうかは別だが。
しかし、俺は前世で既に教えてもらった魔術だからできないことは無い。
俺は指示された通り、ハルシャの上から虫が降ってくるように魔術を使った。
次の瞬間、ハルシャの頭上から突如、大量の蝶が現れる。
「おお、これまた綺麗なもんだねぇ。他の子達は芋虫とか蜘蛛とかだったのに、蝶を降らせたのは君が初めてだよ」
芋虫を降らせるのは前やったしな。どうせやるなら他の虫も出せるのか試してみようと蝶を出してみたんだが、上手くいって良かった。
大して魔力を込めていないので直ぐに消えてしまったが、エルフの周りを飛び回る色とりどりの蝶達というのはなかなか幻想的な光景だった。
「せっかく悲鳴を上げる準備をしてたのに」
……蝶に囲まれているエルフがこいつじゃなければ、もっと良かったかもな。
何故か不満そうなハルシャだったが、直ぐに気を取り直して俺に様々な魔術を教え始めた。
教えられたのは、“相手の耳に風を吹き込む魔術”、“相手の皮膚の上に虫が這っているかのように感じさせる魔術”など、どれもハルシャが考えた通称「イタズラ魔術」と呼ばれるものだ。
イタズラにしか使い道が無い魔術に需要なんてあるわけが無く、ハルシャ以外にこの魔術を開発するものはいない。
「……凄いねぇ。いくら簡単な魔術とはいえ、全部一発で形になってるなんて。もう教えられるような魔術が無いよ」
形になってて当然だ。ハルシャが教えてきた魔術は、全部前世で教えられたものだったからな。
むしろ、知らない魔術が1つもなかったことに驚いた。
昔のこいつは3日に1個のペースで新しいイタズラ魔術を考えついていたから、知らないものを教えられると思っていた。
しばらくウンウン唸っていたハルシャは、不意に何か思いついたようにポンと手を打った。
「そうだ! 昨日思いついたばかりの新作を教えてあげよう!」
「新作、ですか?」
「そう! まあ、ぶっちゃけ僕も上手く使えないんだけどね!」
自分も使えないような魔術を教えようとするなよ。
内心失敗した時のことを心配してハラハラしていると、ハルシャが俺の目の前に握り拳を突き出してきた。
「一瞬だからよーく見ててね」
言われた通り、ハルシャの手をじっと見る。
ハルシャが手を開く。そこから小さな火が浮かび上がったかと思うと、
――パァーン!
耳を劈く音と共に、目の前に光の華が色鮮やかに咲いた。
「ハハハ! どう、驚いた?」
その華は一瞬にして火の粉を散らして消えてしまった。
しかし、その散り際は本物の華が散るよりも儚く、美しかった。
「おーい、ルカ君? 大丈夫?」
「……凄い」
俺は目の前で振られていたハルシャの手をガシッと掴んだ。
「こんなに綺麗な魔術は初めてだ! きっと暗い所で見たらもっと美しいだろう。あ、夜空に浮かび上がったら素敵なんじゃないか!? 祭りの最後にこれをもっと大きくしたものを浮かび上がらせたら、最後に相応しい素晴らしい演出になるな!」
ハルシャの魔術はしょうもないものが多いが、たまにこういう驚くようなものがあるから面白い。
それに、しょうもない魔術だって、戦闘中相手の意識を削ぐ時や相手を混乱させる時には効果的だ。
こいつの考える魔術は他の奴らからの評価は低いが、俺はかなり有用だと思っている。
「……あ」
ハルシャが目を丸くしているのを見て、俺は自分がやらかしたことに気づく。
興奮しすぎて口調が砕けてしまっていた。
しかも、前世でこいつと話していた時と同じ調子で話してしまった。
慌ててハルシャの手を離したが、背中から嫌な汗が噴き出してくる。
「……ハハハッ!」
しばらく沈黙が流れたが、それを破ったのはハルシャの笑い声だった。
「僕の魔術を見てそんなことを言ってきたのは君で2人目だよ。他の人達は皆、僕の魔術を見ても興奮するどころか冷めた目で見てくるからね」
「2人目?」
「そ。君の他にもいたよ、君みたいにキラキラした目で僕の魔術を見てくる人が」
ハルシャが遠い目をする。昔のことを思い出しているのだろうか。
そうしていると見た目は20代後半なのに、雰囲気は高齢の御老人のようだった。
「あれからもう50年経つのか。新しい魔術を思いついたのは随分久しぶりだったんだな」
呟くようにそう言うと、ハルシャは俺に向かって微笑んだ。
先程までのイタズラっ子のような笑みではなく、年長者が幼い子を見るような慈愛に満ちた笑みだった。
同性でも、流石はエルフと言うべきか。その微笑みのあまりの美しさに、思わず惚けてしまう。
ハルシャは手を伸ばすと、ぼうっとしている俺の頭の上に乗せた。
そして――勢いよく、俺の頭を撫で回し始めた。
「うわあ!? 何しやがる……んですか!」
「いやぁ、なんだか嬉しくなっちゃって。もういっそ僕の弟子にならない?」
「それは全力でお断りします」
さっきまでのしんみりとした雰囲気はどこへやら。
すっかりいつもの調子に戻ったハルシャに内心でため息をつく。
「残念だなぁ。じゃあ、せめて王都にいる間は毎日会いに来てくれると嬉しいな」
「元々そのつもりでしたよ」
「あれ、そうなの? てっきり『エレーナ』にも会いに行くのかと思ってたんだけど」
俺の動きが止まる。
……こいつが言う『エレーナ』とは、彼女のことだろうか。
そうだとすれば、やはりハルシャは俺がガイウスだと気づいているのか?
「あ、もしかしてエレーナが誰なのか知らない? 君のお母さんに剣術を教えていた人なんだけど、ご両親から聞いてないかな?」
「い、いえ……」
「そっかぁ、じゃあ会わせるつもりはないのかな?」
気づいているわけではない……のか?
エレーナと言うときだけ強調して聞こえたような気がしたが、気のせいだったのかもしれない。
「まあ、ここに毎日来てくれるならもしかすると会う時が来るかもしれないし、その時に紹介するね」
その言い方だと、まるで彼女がここに来るときがあるみたいだな。
父さんの話を聞く限り、仲が悪いんじゃなかったか?
前世では2人が会っているところを見たことがないので、本当に仲が悪いのかどうかわからない。
「さて、ルカ君には喜んでもらえたし、僕の創作意欲も50年ぶりに湧いてきたから、ここで稽古は終わりにしようか」
「わかりました。今日はありがとうございました!」
タイミング良く、父さんのお迎えも来た。
手を振り「またね」と言うハルシャと別れ、俺は借家へと向かった。
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