第21話 元悪徳貴族、魔術を見せる
中に入るとすぐに応接室に通され、俺は出された紅茶とお菓子を食べていた。
香りも風味も良い高級な茶葉を使っていると思しき紅茶に、サクッとしてほのかな甘みを感じるクッキーはよくあった。
「ふふ、美味しそうに食べてくれて嬉しいよ」
ハルシャは紅茶の風味を損ないそうなくらい大量の砂糖を入れている。
そういや、こいつ甘党だったな……。
真っ白な砂糖はそれなりに高価なはずだが、それをティースプーンで10杯近く入れている。
もはや砂糖の味しかしないんじゃないか、その紅茶。
「そのクッキー、実は僕が作っていてね」
「ハルシャさんが?」
ハルシャは菓子作りが得意だったのか。
紅茶との相性が絶妙だったから、てっきりきちんとした菓子職人が作ったものかと思っていたのだが。
「本当に師匠の作るお菓子だけは素晴らしいと思います。砂糖もそれほど入っていなくて紅茶とよくあいます」
「ホントは砂糖もっと入れたいんだけどね。あんまり入れると料理長に怒られるんだー」
……良くやった、見知らぬ料理長さん。
「それで、今日こっちに来たのはその子に稽古をつけて欲しいからだったっけ?」
ようやく砂糖を入れ終わった紅茶を一口すすってから、ハルシャが口を開いた。
そうだ、俺は今からこいつに稽古をつけられるんだった。
「ええ。不本意ですが、ルカの魔力量を考えると師匠が適任だと思ったもので」
「不本意って酷くなぁい?」
俺もこいつに魔術を教えられるのは不本意だ。
前世ではこいつが作った魔術を半ば無理やり教えられたが、教え方が雑だった。
「この魔術はこう、ガッとやってシュバ!って放つと出来るよー」とか言われた時には「わかんねぇよ!」と俺がキレて取っ組み合いの喧嘩になりかけた。
「ルカ君もそんなに嫌そうな顔しないでー。これでも昔よりは教え方、上手になったからさぁ」
「っ!」
まさか、俺がガイウスだと気づいて……!?
「お父さんを教えた後にも何人か弟子を取ってるんだ。だから、お父さんに教えていた時よりも教え方は上手くなってるはずだよ」
……なんだ、そういうことか。
昔のことを思い出していたから、変に動揺してしまった。
「その弟弟子達も貴方の教え方は雑だったし、変な魔術ばかり教えられたと言っていたのですが?」
「ナナ、ナンダッテー。皆して酷くない? 弟子達の師匠に対する扱いの方が雑じゃない?」
半ば現実逃避するように「頬を膨らましていてもイケメンはイケメンなんだなぁ」などと思いつつ、俺は紅茶に口をつける。
その後は少しの間だけ、父さんとハルシャで互いに近況報告をした。
そして、今日は互いの紹介だけだと聞いていたのに俺の実力を知りたいというハルシャに連れられ、俺は再び屋敷裏手の芝生が広がる場所にやってきた。
ちなみに父さんは先に王都での拠点にしている借家に行っている。俺もそこに泊まる予定だったので、父さんは俺の分を含めた荷物を置きに行ってしまった。
ハルシャに教えさせるのは不本意だと言いながらも奴に俺を任せていくあたり、本当は信頼しているのだろう。
「さぁて、まずはルカ君がどんな魔術を使えるのか見せてもらってもいいかい?」
「え?」
「カインが言っていたよ。君が魔術を使えるようになっていたって」
父さんは魔力量のことだけを話していたのだと思っていたが、そこまで教えていたのか。
「彼もマーラも教えていないみたいだし、独学かな? だとしたら素晴らしいね!」
「あ、ありがとうございます」
本当は前世の知識があるからなのだが、そう解釈してくれたならそういうことにしておいた方が良いだろう。余計な詮索をされても困るからな。
「えっと、それじゃあ『ファイヤーボール』を……」
「お、基本的だけどその分実力が出やすい魔術を選ぶとは、なかなか良い目の付け所だね。じゃあ、あそこの的に向かって放ってごらん」
ハルシャの言う通り、「ファイヤーボール」は実力が出やすい。
作った火球の大きさやそれを放つスピード、当たった後の燃え方に至るまで使用者の実力によって差が出やすい。
「『ファイヤーボール』!」
魔術を使用する際に技名を言う必要は無いのだが、初心者は言うように推奨されている。なんでも、口に出した方がイメージを掴みやすいのだとか。
もちろん俺は言わなくてもしっかりした火球を打てるのだが、慣れていないように見せるために口に出した。
そして、その火球の方も初心者っぽくして放っている。
「……うーん、作った火球は良かったんだけど、安定性が低いのと放つスピードが速いのが原因で当たる前に消滅しちゃってるねぇ」
これは魔術を習いたての初心者がやりがちなミスだ。
初心者は火球の形成に精一杯で、放った後の空気による抵抗で火球が崩れることを考慮せずに放ってしまう。そうすると、火球の形が的に当たる前に崩れ、そのまま消滅してしまうのだ。
魔術はイメージによるコントロールが重要だ。過程も結果も、全てを正確にイメージしなければ成功しない。
……というようなことをハルシャにも言われた。
俺が魔術を誰かに習ったことが無いと思っているからではあるのだが、俺は前世の師匠に口酸っぱく言われていたため、危うくげんなりした顔をしそうになった。
「まあ、独学でやるには限界があるからね。それでも体内での魔力の流れは思ったより正確に掴めているようだし、これなら魔術のイメージを掴めるまで練習を繰り返した方が君の訓練になるかな」
「では、『ファイヤーボール』の練習をしたら良いのでしょうか?」
「いや、それだと練習できる場所が限られるし、何よりつまらないでしょ?」
つまらない、か。こいつらしいな。
ハルシャは普通の魔術があまり好きではなかった。
一応使えるには使えるのだが、それも知識として覚えている程度で、他の魔術師と比べると威力も精度も低かった。
そのかわり、やたらと変な魔術を使っていた。魔術師に限らず、多くの魔術を扱える人々が「使えない」と評価した魔術を何故かこいつは好んだ。
そして、そんな「使えない」魔術を、こいつ自身も作っていた。
「『ファイヤーボール』じゃなくて、僕が考えた魔術を練習に使ってみない?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます